第2話 生徒との対面式
「はあ、緊張してきた」
「先生でも緊張されるんですね」
いったい水沢先生は俺の事をなんだと思っているのだろうか。
「俺だって人間ですよ。初めての事には緊張します」
「授業では、とてもはっきりと声が通ってるのでそんなのとは無縁かと思ってました。高城先生の授業は面白いと評判ですし」
「声が通っても生徒の身についてないと意味がないですけどね」
俺の担当教科は社会科である。ただ、授業が脱線しやすいと以前に注意を受けた。
水沢先生と雑談を交わしながら廊下を歩くと、すぐに2年1組の教室の前にまでたどり着いてしまった。
教室が魔王の城のような印象を受ける。
目の前の扉の向こうでは生徒たちが既に座っている。
中に入った瞬間に生徒たちの視線は俺に向けられるだろう。
扉に手をかけゆっくりと扉を開けると――
パン! パパン!!
クラッカーの火薬音が俺を迎えた。
「「「「「高城先生、退院おめでとうーー!!」」」」」
「へ?」
呆けた声を出してしまうが黒板にも大きな文字で『退院おめでとう』とデフォルメ化された俺らしきイラストがかわいらしく描かれている。
というより担任は教室に入るまでわからないはずなのだがこのことを知っているのは――
「やったー大成功~」
「ありがとーミズちゃ~ん」
生徒とともにはしゃぐのは水沢先生。
なるほどあなたもグルだったんですね。ちなみにミズちゃんとは水沢先生のあだ名である。本人はミズちゃんと呼ばれるのに抵抗はないようだ。
「いや~ほんと生きててよかったわ」
「そうそう、あの事故で巻き込まれた人がいるって聞いて、まさかそれが高城先生だとは思わなかったし」
クラスの生徒全員が笑顔で俺が帰ってきたことを迎えてくれた。
ヤバい、ちょっと泣きそうだ。
「あれ~先生泣いちゃう~?」
「ああ、ありがとな。ハイじゃあ席について」
サプライズが成功したことに生徒たちは喜びながら席へと戻っていく。
席順はまだ決まっていないためテストを行う時のように平仮名順で並んでいる。教壇に立つといつも授業を行っている教室が広く感じる。
「知っていると思うけれど今日から2年1組の担任を務めさせてもらうことになった
自己紹介すると生徒たちからは黄色い声が挙がる。良かった少なくとも落胆の声は聞こえてこない。
次に水沢先生に挨拶をしてもらう。
「副担任の
同じように黄色い声が挙がるが若干野太い声が耳によく響く。まあ美人が近くにいるのは嬉しいのはわかる。
今からは簡単なオリエンテーションの時間だ。
対面式――教師と生徒の親睦を深める時間。生徒たちの自己紹介を終え、担任として考えていた内容を話そうとするが
「せっかくもらった時間だ。聞きたくない話を一方的にされるより、俺や水沢先生に何か質問があるかな?」
だが俺の言葉を合図に硬直状態となる教室。
選択を間違えたかと思ったが、生徒たちを見ればどこか牽制するような躊躇いのような顔をしている。
なぜ人というものはこういう場でしゃべってもいいと言うと途端に黙ってしまうのだろうか。
すると一人の女子生徒がピンっとお手本のような挙手をする。
「お、じゃあ夏野さん」
綺麗な黒髪をポニーテイルにした大和撫子然とした少女だ。文武両道の絵に描いたような優等生だ。少々古風な所もあり弓道部に所属している。
「歩先生、まずは退院おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
発言にどこか違和感を感じるが退院を祝われたことはうれしい。
しかし、いつからこの子は俺の事を名前で呼ぶようになったんだろうか。確か去年まではみんなと同じように高城先生もしくは先生と呼んでいたと記憶しているが。
「もうお身体の方は本当によろしいのでしょうか?」
「身体は少しだるい感じはあるけど、休みボケみたいなものだからさ」
「よかった……」
いつも凛とした表情の彼女の顔がいつになく柔らかくなる。
他の生徒たちは全員俺の方を見ているためそのことに気が付かない。うん、レアなものを見た。
「「「「はい、はーい」」」」
そして、夏野さんの質問を皮切りに一斉に挙手が上がった。主に女子生徒、男子は俺に聞きたいことなんかないだろう。
「先生の身長はー?」
「好きな食べ物はなんですか?」
「眼鏡か非眼鏡、どっちが好みですか?」
「教育委員会に恐怖とか感じますか?」
「好きな女性のタイプは」
聞こえた最後の質問で女子生徒たちからきゃーっと黄色い声が挙がる。
教室の雰囲気が先ほどとはうって変わり騒がしくなる。俺は質問に応えるべく軽く咳払いをしてのどの調子を整える。
「身長は180cmくらい。好きな食べ物はカレーとかハンバーグかな。メガネがかけていようがいまいが関係なし。教育委員会に恐怖を感じない先生はいません。好きな女性のタイプは好きな人が好みのタイプです」
一通り質問に答える。
それでもまだまだ手は上がるので端から順番に質問を受け付けることにした。
まずはこのクラスに10人しかいない男子生徒の1人でたずねた。
「0点のテストって、見たことがありますか?」
「あるよ。誰かは言わないけど」
テストは割と高得点なのに名前の記入忘れ、この答案用紙を見た時には教師内で有名になった。
「馬鹿ですねー」
「君だけどね。相沢君」
明るい笑い声が教室内で響き渡る。本人もウケを狙っていたのだろう。相沢は満足そうに自分の席に座った。
「じゃあ次の人」
「テスト問題は易しいほうから作る派ですか?それとも、難しいほうから作る派ですか?」
「それは答えられません」
別にテストがすべてではないのだが、これから受験を控える生徒からすればやはり貴重な情報なのだろう。
だがそれは答えることはできない。
にっこりと笑って回答を拒否する。尋ねた生徒はぶーっと頬を膨らませて座る。
「本はよく読むほうですか?」
次に文学少女を絵に描いたような女生徒が尋ねる。
「暇な時に読むくらいかな。でもここ一カ月することが特になかったから結構な本を読んだと思う。一番印象に残ったのは『
そのあとも家族の事や趣味などの質問が続き、ある女生徒にまで周ると
「生徒は恋愛対象に入りますか?」
うわぁ……一番困るタイプの質問が来た。しかも生徒からこの質問って……。
恋愛ごとに対しての質問は正直苦手だ。だって正解が無いから。
即答すべきだろうが、一瞬たじろぎ、一拍回答が遅れる。
「…安心してください、入りません」
「……そうですか」
この質問をしたのは
栗色の髪をクラウンハーフアップにまとめいて、育ちの良いお嬢様のようだ。
可愛らしい容姿にで性格も良いため、人目をひいて目立っており、よく男子生徒たちの噂話に挙がっている。
それに以前、校舎裏で男子生徒に交際を申し込まれているのを目撃したことがある。その時は断っていたみたいだけれど。
ちなみに俺がその場にいたのは休憩がてらに散歩をしていただけで、決してサボっていたわけではない。
「じゃあはいはい! 次アタシ!」
桜咲さんの後ろの席にいる男子生徒をすっ飛ばし女生徒は
緩くカールのかかった金色に近い茶髪にギャルメイクが特徴的だ。明るく能天気な性格で人脈が豊富だ。校内でも学年問わず友人は多い。
「ファーストキスは何歳?」
「おい……」
一度恋愛方面に進んだ話題を軌道修正できない。そもそも話題を出すのが生徒側であるので俺に話しの主導権を握ることは難しいのだが。
「………それ、、応えなきゃダメ?」
「ってことはしたことあるだぁ…へえ~」
しまった……誘導尋問だったか!
観月は満足俺の解答に満足したように着座する。
別に動揺すべき程のではないのだが、生徒から聞かれることとは思わなかった。
そして俺と水沢先生は質問に応えつつ、最初に俺の体調を気遣ってくれた夏野さんへと移行していく。さほど恋愛に興味の無さそうな真面目な彼女ならこの甘ったるい質問から解放してくれることを願う。
「………」
「えーっと夏野さん 何か無いかな?」
「先生は………今、好意を持っている方はいますか?」
君もこの話題に乗る!?
ほかの子達もこのことが意外なのか、驚いて夏野さんの方を注目している。だが彼女は照れた様子もなく淡々と俺を見ているだけだ。
「……今は、いません」
「わかりました。もう結構です」
すっと目を細め俺を見据える。あれ? 気のせいかな、表情がちょっと怖い。
どことなく機嫌の悪そうだ。
もしかしたら授業や学校生活とは全く関係のないことで時間を割かれるのが面倒なのだろうか。
生徒数半分以上の質問を終える。
「なら次はカレンだね」
「ハイ」
返事をして立ち上がるのはと教壇から見て目立つ銀髪の少女だ。彼女は髪色の事もあってか有名人であり学校で一度逢ったら印象に残るだろう。
美雪 カレン――両親が北欧出身らしいが既に亡くなっており遠縁の日本の親戚に引き取られ養子となった。日本語はまだ少し練習中な所もありすこし訛っているがそれが可愛らしい。
「好きな歴史の人物は誰ですカ」
やった! 話が逸れた!
内心ガッツポーズを作り美雪さんに感謝を告げる。彼女は日本の歴史に興味が強いようでよく授業でも俺に質問してきてくれた。
「ベタだけど坂本 龍馬かな。幕末の出来事が面白いね」
「私もスキです!」
カレンは嬉しそうに笑顔になる。
その後は平和(俺の精神的な)な質問が続き質問時間は終了となった。
「なら、質問時間は終わりにするよ」
ええーっと声が挙がるがこのままのペースでいけば放課後になってしまう。
「この後は学年集会があるからそれまでに第二講堂に集合してくれ。じゃあ、改めて1年間よろしくお願いします」
「「「「よろしくおねがいします」」」」
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