月夜の口付け(Ⅰ)
時間軸は最終話が終わったくらいです。
セレイラ視点です。
微糖、くらい…?
*****
『やぁお姫様』
『あ、貴方は……?』
『私は、貴方を攫いに来た
ベッドから上半身を起こした状態の『私』に窓の縁にしゃがんで妖艶に微笑む『王子』。満月の柔らかで静寂な光が王子と窓とで出来た隙間から『私』の私室に差し込む。カーテンが夜の涼やかな風で揺れて、それに伴うように『王子』の髪や外套が靡いた。
☆☆
「カット!!」
ある男子生徒の合図によって私達は一気に息を吐く。
「ウィリアム殿下とセレイラ様、素敵だわ〜」
「お二人の姿絵を描かせていただけるかしら!」
女子生徒が群がり、きゃっきゃっと話に花を咲かせている時、私とウィリアムは男子生徒に恭しく世話をされながら、脇に置いてあるソファーに腰掛けた。その時にピッタリくっ付いているのは最早お決まりのようなもので、周りもそれを動じずに受け入れ始めている。
「………黒歴史になりそうですわ」
「………しょうがない。伝統だ」
シェナード学園では、毎年最高学年全員が演劇なり、合奏なりを卒業式翌日に全校生徒の前で発表する、という催しがあるのだが、只今それの練習真っ最中である。こうなる事は予想していたが、王族であるウィリアムと、その婚約者の私がメインになってしまったのだ。
「セレイラは違和感ないからな。問題は私の方だ。な、『お姫様』」
「揶揄うのは止めて下さいませ、『騎士』様」
「……悪かった」
いい笑顔の私を見て苦笑したウィリアムは私の髪を優しく梳く。それで私の機嫌は元通りなのだから、大分この人に毒されているのだろう。
「さぁ殿下、セレイラ様。次は第三幕の舞踏会のリハです!よろしくお願いします!」
監督を務める生徒に促され、第三幕舞台セットのそれぞれの立ち位置に立つ。かなり膨大な資金を使う事が出来るため、凝った装飾や設備を整えることが出来る。セットの明かりが、王城にあるシャンデリアと何処となく似ているのは、おそらくわざとであろう。
「3、2、1、はい!」
☆☆
本番当日。
鏡に映る私は私ではない。
私の髪は銀色ではなく桃色で、真っ直ぐな髪ではなく緩くウェーブがかかっている。瞳の色も黒では無く翡翠になり、いつもは着ないようなふんわりとした淡い色のドレスを身に纏った、セレイラと全く雰囲気の違う女がそこに立っていた。
「さっ!本番ですわ!応援しております!」
裏方の令嬢達が笑顔で私を送り出す。プロローグは私とウィリアムしか登場しない。まだ彼の方は準備が整っていないようで、演者は私しか居ないようだ。
いざ本番となると、いくら練習したとしても緊張するものは緊張する。ドクンドクンと激しく打つ鼓動が痛い。胸に手を当てて深呼吸をする私は、近づいてくる靴音に反応して後ろを振り返る。
そして嘗て無いほどに双眸を見開いた。
かき上げ、撫で付けるように整えられた髪は、深紅では無く漆黒の輝きを持ち、瞳は艶やかな金色だ。普段黒い装いが多いウィリアムだが、今は真っ白の礼服を着こなしていた。目鼻立ちや骨格はウィリアムそのものだが、放つ雰囲気がまるで違う。顔に熱が集まっているのが自分でもよく分かった。
「セレイラ………」
熱を孕んだウィリアムの視線が注がれる。伸ばされる骨張った細くしなやかな手や私の名を甘く呼ぶその声は、紛れもなくウィリアムのもので、私は目を細めながら頬を撫でる大きな掌に擦り寄った。
真の意味で結ばれたばかりの私達は直ぐに果実の蜂蜜漬けの砂糖まぶしのような雰囲気を作る。お互いの顔が近づき、顔をそれぞれ傾け、あと2cmという所で、監督が「そろそろ本番でーす」と顔を出したので、私達はざっと一気に距離を置く。
「あー………大変失礼致しました。セレイラ様、立ち位置にお願いします」
「は、はいっ」
3人で頬を火照らせ、その赤みも引かないままに私は舞台の真ん中に立った。緞帳越しに生徒達のざわめきが聴こえる。開演のブザーが鳴り、聴衆達も談笑を止め始め、そして舞台の照明も暗転した。
☆☆
この演劇の話はこのようなものだ。
とある国では、絶対に破ってはいけない『月の戒律』というものがある。それは王族も、貴族も、平民も必ず守らなければならない………
さて、そんな国の令嬢リリーベルは貴族達からある時は笑いものにされ、ある時は睨まれて厄介者とされていた。
何故なら、彼女は『月の戒律』を破ったから。
………実際リリーベルは戒律を破ってはいないのだが、噂は脚色されて事実とは異なるものとして知られてしまったのである。
リリーベルを大切に思っている両親は、彼女を部屋の奥に閉じ込め、絶対に人目に付かないようにした。やがて彼女は貴族達に忘れ去られ、深窓の令嬢リリーベルは静かに美しい聡明な令嬢へと成長して行った……
この国の王太子ノアは、『月の申し子』と呼ばれ、国中から期待される実に優秀な者である。またその容姿も、闇夜に浮かぶ満月を彷彿させた。
そんなノアは、とある公爵家で開かれた仮面舞踏会にお忍びで髪色と瞳の色を変えて参加する事となる。婚約者を決める為だ。
別にめぼしい者はいない。
そう、思っていた。
ノアは、たった1人の令嬢を目にした瞬間心を奪われてしまう。
今まで出会ったことの無い令嬢。桃色の緩く巻かれた柔らかな髪と、キメの細かい雪肌、弧を描く口元は艶やかで、細く折れてしまいそうな儚げな女性の一つ一つの動きに目を奪われた。
ノアはその令嬢を口説きに口説く。
名前を教えて?
好きなものは?
君の顔が見たい。
しかし令嬢は靡かない。ひらりひらりと言葉巧みにノアを躱し、彼が他の令嬢に絡まれている間にひっそりと消えてしまうのだ。
………その令嬢はリリーベル。
塞ぎ込んでしまったリリーベルの気分転換の為、彼女の両親が参加させたのだ。仮面舞踏会ならバレることも無いだろうと踏んで。
しかし、彼女がリリーベルだというのは、密かに探し回ったノアにバレてしまう。
ノアはリリーベルの家に、彼女を想って変装して通い詰める。
あの時の男の正体が王太子のノアだと知ったリリーベルは大層驚き、しかも王太子妃に迎えたいと言う彼に絶句した。
色々な可愛らしい花やお菓子、素敵な贈り物を必ず持ってきて、楽しい話を沢山聞かせてくれるノアに、少しずつ少しずつリリーベルは惹かれて行った。
しかし―――リリーベルはノアの告白に決して首を縦に振らなかった。
自分は『月の戒律』を破った裏切り者だ。
本当は違うが、それを払拭しなくていい、どうせ無理なのだからと諦めたのは自分である。そんな私を王太子妃に据えてしまえば、『月の申し子』と名高いノアの地位を傷つけてしまう。
それを聞いてもノアは諦めなかった。
ノアは――リリーベルが『月の戒律』を破っていない事を知っていたのである。
リリーベルが『月の戒律』を破ったとされる時、彼女はとある男の子と共に池の周りで星を観察していた。リリーベルが領地に遊びに行っている時に、たまたま出会った男の子である。
『月の戒律』の一つに、月の出ていない日に魔法は使ってはいけない、というものがある。
しかし………池に落ちてしまい溺れる男の子を助けたいと思ったリリーベルは、無意識のうちに魔法を使ってしまった。そのお陰で男の子は助かったのだが、現場を見ていないものは濡れている男の子と無傷の女の子を見て、決めつけた。
またそれも間違いで、『月の精霊』が男の子を助けただけで、リリーベルは魔法を使っていない。リリーベルは『月の精霊』から愛される、『愛し子』だったのだ。
それをきちんと分かっていた男の子――ノアは、リリーベルの噂を払拭しようと計画を企てる。
そして、全ての悪意を消し、見事リリーベルと想いを通わせたノアは、彼女を王太子妃に迎え、民から愛される良き統治者となった。
………というのがシナリオだ。
そこに、ノアがリリーベルを迎えに行く場面があるのだが、そこで問題が発生してしまった。
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