夜もすがら君想ふ (Ⅱ)

 


 父に助言を貰った翌日。


 私はロゼッタ嬢と庭園を歩いていた。


 父の言った通り、私はちゃんと彼女に自分の想いを伝えようと思ったのだが、いざロゼッタ嬢を目の前にすると上手く言葉が出てこない。




 昨日あれだけシュミレーションをしたじゃないか。


 自分のあまりのヘタレっぷりにこっそり落ち込んだ。




 そうしていつも通り、彼女は私の1歩後ろを、目線を下に下げて付いてくる。無言の時間が過ぎて、私が何か話せば当たり障りのない答えが返ってくるのみ。




 こういった日々が何日か過ぎたある麗らかな日の午後。


 母が1人中庭で侍女と紅茶を嗜んでいたので、私は挨拶をする為にそちらに寄る。私に気が付いた母は柔らかく華やぐような笑みを浮かべて手をちょいちょいと動かして招いた。こうして母を見ていると、流石は社交界の花と呼ばれた御方だと思う。






「母上」




「あらルート。公務は終わりかしら?」




「ええ。ひと段落着きました」




「そう。……ルート、母のお茶に付き合ってくれるかしら?」




「喜んで」






 母の目の前に腰掛けると侍女がすぐさまカップに紅茶を注ぐ。紅茶の華やかな香りと花々の芳しい香りが鼻を掠めた。


 母が口元に笑みを浮かべながら、何処かからかう様な音色を添わせ尋ねる。






「ルート、ロゼッタさんとは上手くやってるの?」




「……っふぐっ」






 いきなりの母の砲撃に紅茶を変な風に飲んでしまい、間抜けな声が飛び出る。誤魔化すように1つ咳払いをした私は少し瞼を伏せた。






「……上手くいっていない訳ではないと思います……ただ………どうすれば彼女に素直に想いを伝えられるのか分かりません」




「そう。………ルートはウィルから私達の馴れ初めは聞いたよね?」




「はい。かなり衝撃的で……」




「うふふっ、そうよね」






 口元に手を当てて可笑しそうに笑う様子は上品だが、茶目っ気もある。公務の時とまるで似つかない様子の母に私は苦笑してしまった。






「ウィルは言わなかっただろうけれど………実は、わたくしは当時別の殿方に想いを寄せていたのよ?」




「え……?」






 爆弾を投下した母は懐かしむように遠くを見る。私はその発言に目を白黒させて、母の言葉を飲み込むのに精一杯だった。






「でも、その方はとある事情で突然居なくなってしまって。傷ついたわ」






 母は頬に手を当てて眉を寄せる。そして、「でもね」と前置きをした後、にっこりとこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた。






「わたくしはその方と結ばれなかった事に後悔はこれっぽっちもしていないわ。寧ろ、ウィルと出会わせてくれた事に感謝しているもの。………ただ、1つ心残りなのは、彼に直接言えなかった事ね」






 唇は弧を描いているが、伏せられた睫毛が僅かに揺れている。「何を」言えなかったのかはハッキリ言わなかったが、それを察するには十分だった。






「相手に言葉で想いを伝えるのは大切なことだと思うわ。言葉じゃなくては分からないことだってある。けれどねルート、無理はしなくてはいいわ。ゆっくりと少しずつでも相手に伝えていければいいと思うの。面と向かって言えなかったら手紙でもいいんじゃないかしら。ゼロじゃ無ければいい。不器用でも下手でも自分の言葉で相手に真摯に伝えなさい」






 母の言葉は幼子に諭すような声色で、風に乗ったら直ぐに流れていきそうな程に普段の会話とさほど変わらないものだったが、その助言は確実に重いものであった。






「でも、意外よね。そつなく何でもやってきた貴方が色恋で躓くなんて。てっきりそちらも甘い言葉をスラスラと囁いていると思っていたわ?」






 母は時々、いや、7割ぐらいは毒舌気味だ。私は母の言葉に赤面して、そんな訳ないじゃないですかっ、と慌てて否定する。私が母をからかっても倍返しされるだけなので、目の前の落ち着き払った母を慌てさせる事は出来ない。それを出来るのは唯一、父だけだ。






「仕事を思い出しました。母上、失礼致します。ご馳走様でした」




「えぇ、ありがとう。楽しかったわ」






 私は苦し紛れの言い訳を言って、私はそそくさと自室に戻って言った。手紙なら書けるかもしれない、そう心に決めて。






「……本当に、そういう所ウィルにそっくりよ、ルート」






 去り際に、紅茶を片手に母がそう零したのを私は知らない。






 ☆☆






 羽根ペンを握り、所々に花々が散る若草色の女の子らしい便箋の前で私は睨めっこをしていた。何て始めれば良いか分からない。




 そうだ、本が好きだと言っていたから押し花の栞でも贈ろうか。彼女はこの花の花言葉を知っているだろうか。


 これでどうか伝わって欲しいと願う。




 口下手が直ったらどれだけいいだろうと、彼女を前にしていつも思ってきた。そんな私で申し訳ないとも思う。




 でもどうかこれで私を繋ぎ止めておいて欲しいんだ。


 自分勝手ですまない。


 いずれ、自分の言葉で貴方に愛の言葉を伝えたい。


 それまでの間―――。






 ――――――――――






 次、ロゼッタ嬢が来た時、何処に行きたいか考えておいて欲しい。




 次に会える日を楽しみにしている。




 P.S.栞を贈る。どうか受け取って欲しい。






 ――私の婚約者 ロゼッタ=グリフィス嬢へ


 ――貴方を忘れない ルベルト=シェナードより






 ――――――――――






 赤いアネモネで作られた栞と共に。






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