夜もすがら君想ふ (Ⅰ)


題名は古語にしてみました。

「一晩中、貴方を想う」です。


視点はあの人とあの人の息子くん。



*****

 




「ロゼッタ嬢、もっとこちらにおいでよ」




「いいえ殿下、わたくしはここで」




「そう………」






 私はルベルト=シェナード。シェナード王国の第1王子である。


 私には悩みがある。


 私の婚約者であるロゼッタ嬢が、いつもこんな風に頑なに私の隣を歩く事を拒否する、という事だ。庭園を歩いていても、回廊を歩いていても、いつも彼女は私の1歩後ろを歩くのである。




 婚約を結んでいるのに、よそよそしく接せられると、私はどう彼女と仲を深めるべきなのか分からなくなる。もしかしたら好ましく思っているのは私だけで、ロゼッタ嬢は寧ろ嫌がっているのかもしれないと。






 婚約者に会う為の時間は、特に進展も無いまま刻々と過ぎていった。彼女と別れた後は、自室で沈んでいる事が多い。どうしてこうも上手くいかないのだろう。




 私は気を紛らわせる為に執務に取り組む。従者が心配そうに声を掛けてくれるが、私は止める事は無かった。ロゼッタ嬢が望む男はこれくらいの事が出来て当たり前なんだろう。だから、こなして彼女のお眼鏡に合う男でいなければならないと、そう強く思ったのだ。




 出来上がった書類を纏め、父――国王の執務室へと向かう。




 こんこん






「陛下、ルベルトです」




「入れ」




「失礼致します」






 入れば机の上の大量の書類に目を向け、ペンを動かしたまま忙しくする父が出迎える。こんな時父に相談したくなるが、手を煩わせたくないので相談は出来ないのでぐっと堪える。






「陛下、例の件について報告書が上がりました」




「あぁ、そこに置いておいてくれないか。すまない」




「はい」




「………」




「………」




「………どうした、ルベルト」






 いつもなら言われた通りに置いた後は直ぐに退出するのに、今日は不思議と足が動かなかった。父はペンを走らすのをピタリと止めてこちらを仰ぎ見る。




 はっとして頭を下げて去ろうとするが、父に呼び止められた。目を合わせるのが怖いが為に俯き気味の私をソファーに座らせると、父は使用人らに執務室一時立ち入り禁止を命じて下がらせた。




 突然の父の行動に目を白黒させた私を、父が「父」として見ている。






「どうした、ルート」




「父上………」






 咎められると思っていたのだが、父の声色は随分と柔らかく、私は漸く頭を上げて目を見ることが出来た。父の赤く燃えるような瞳は、優しく細められていた。






「お時間頂戴して申し訳ありません」




「構わないよ。珍しいな、ルートが」




「…………はい」






 どう話を切り出せば良いか分からずに口を繰り返し開閉していると、父がふっと笑って言った。






「……ロゼッタ嬢の事か?」




「っ………?!………っはい……」






 図星を突かれて私は驚いて返事が吃ってしまった。






「………私はロゼッタ嬢の事を好ましく思っています。大事にしたいとも思います。ですが………彼女の方はそうは思っていないようで………」




「………」




「私は、父上と母上のように、仲睦まじい関係を築きたいのです。愛ある結婚がしたいです………立場的に難しいとは思いますが……」






 父と母は恋愛婚だと聞いている。それに両親は理想の夫婦像として貴族だけではなく平民達にも語られる程だ。それに憧れを抱かない訳がない。






「ルート」




「はい」




「私の昔話を聞いてくれるか?」




「………はい?………はい」






 一瞬理解に苦しんだが、私は頷いて父の次の言葉に耳を傾ける。






「実は………婚約を結んだ当初は、私はレイに嫌われていたんだよ」




「………え?」






 思いもよらぬ告白に言葉を失っている私を見て、頬杖をつく父は苦笑いを零す。






「私達は最初は恋愛婚でも何でもない、政略結婚、いや、政略結婚以下の契約結婚のようなものだったんだ」




「…………」




「私は無理に好きになって貰わなくてもいいから、嫌わないで欲しいと思ってどうにかこうにか努力した。ギスギスした生活なんて嫌だろう?」




「はい………」




「彼女は私に振り向いてくれた。私を想ってくれた。それでやっと私達は今の形が出来上がった」




「………そう、なの、ですか………」






 父は艶やかな深赤の髪をさらりと揺らしてにこやかに微笑む。私は膝に握り拳を作ったまま、父の言葉を待った。






「ルート、お前はそれをちゃんとロゼッタ嬢に伝えたか?」




「………へ?」




「お前のその想いを伝えたかい?」




「いいえ……」






 下唇を噛み締め俯く。


 そう言えば私は彼女に自分の気持ちを率直に伝えた事などあっただろうか、と考えた。一つや二つあるだろうと思っていたが、記憶に残る限りはそれは1度もない。






「顔を上げなさい、ルベルト」




「はい」






 父の真剣な眼差しが私の黒い瞳を射る。その瞳から目を離すことは許されない。目を離すことは出来ないと直感で理解する。背筋が自然と伸び、口元を引き結んだ。






「気持ちというものは言わなければ相手に伝わらない。きちんと言葉にすべきだ。お前には、それは分かるね?」




「はい」




「それが分かったならもうお前は大丈夫だ。……もう休みなさい、明日もロゼッタ嬢が来るのだろう?」




「はい。分かりました。ありがとうございました、父上」




「あぁ。では晩餐でな」




「はい。失礼致しました」






 不思議と今までの霧がかかったようにモヤモヤしていたものが晴れた様な気がした。明日、ロゼッタ嬢に何と言おう。花を贈ったら喜んでくれるだろうか。私の目には貴方しか映らない。月を見れば私はいつもロゼッタ嬢の金色の瞳を思い出す。




 彼女は私が「好きだ」と言ったら彼女はどんな反応をするだろう――?




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