もしも○○ ~シンデレラ~


IFシンデレラです。

そういえば最初の頃セレイラはウィリアムの事苦手だったなぁ、かなり毒吐いてたなぁ、と非常に懐かしく思いました。(笑)



*****






「誰だ、あの美しい令嬢は」






 礼服を身に纏った見た目麗しい王子――ウィリアムは、会場にひっそりと入ってきたある令嬢に目が釘付けになる。黒曜石のような黒い瞳と、シャンデリアを反射して煌めく銀糸、日焼けを知らない陶器のような白い肌に愛らしい唇。これまで何処の令嬢にも靡かなかった目の前の主人が、ただ1人の令嬢に興味を示しているという初めての展開に、隣に控えていた従者は目を見開いていた。






「あれは―――セレイラ嬢だと見受けられます。そう言えば彼女は殿下が出席される夜会には参加されていませんでしたから、殿下がお会いしたことは無いでしょう」






 そう従者が答えれば、口元に手を添えながら考える素振りを見せるウィリアム。だがその視線はずっとセレイラの方に向いているという事を彼は気がついているだろうか。






「………折角ですからダンスにお誘いしてみたら如何ですか」




「そうだな」






 ウィリアムは普段は全く踊らないので、この沈黙を誤魔化すための苦し紛れのこの提案に、別に期待はしていなかった。が、まさかのウィリアムがこれに乗った。従者は先程から驚きっぱなしである。




 外套を靡かせながら悠然と歩く赤髪の君。1人で移動し始めたウィリアムに、どの令嬢も期待の色の籠る視線をウィリアムに向ける。もしかしたら自分を見初めて、ダンスに誘ってくれると思っているからだ。




 そんな中、セレイラは早く帰りたいと、ひっそり端に寄って壁の花になっていた。といってもセレイラはとても目を引く容姿なので目立っている。令息達は夜会に出ているセレイラの物珍しさもあって彼女の気を引こうと(必死に)話し掛けている。




 ウィリアムはゆったりとセレイラを取り囲む令息集団の後ろで足を止める。それに気がついた令息らは、目をぎょっと見張り、王子に道を譲るために去ってゆく。




 皆がウィリアムとセレイラに注目をし、今は音楽がたおやかに流れるだけ。ウィリアムが彼女に近づく時にコトリと靴音が聞こえる程だ。




 セレイラは全く接点のなかった――寧ろ避けていたウィリアムから話し掛けてこられているこの状況に混乱していた。令嬢には興味が無く向こうからやって来ることは無いと両親に説得され、今回の夜会に渋々参加したのだ。




 セレイラはにっこりと仮面を貼り付ける。周りの令嬢達の射殺すような視線が痛い。どうやら令嬢らにはセレイラがとても嬉しそうに微笑んでいるように見えたようだ。とんだとばっちりだと実際は内心で毒づいている事は、絶対に彼女らには分からないだろう。それ程の完璧な笑みである。




 しかしウィリアムはそれに気がついていた。伊達に令嬢達を相手していない。ウィリアムにとってその反応は初で新鮮でもあったが、微かにズキリとした胸の痛みを感じた。




 ウィリアムの緩やかに弧を描く口元と優しく細められたルビーのような瞳に、周囲の令嬢達は頬を桃色に染め上げる。が、当の本人は全く動じていない。






「美しい人、私と踊って頂けませんか」




「………喜んで」






 ウィリアムは骨張った細くしなやかな手を差し出し、セレイラをダンスに誘う。王座で見ていた王と王妃は、息子の珍しい行動に驚きつつも歓喜に満ちていた。セレイラはその甘くも取れる台詞を胡散臭く感じつつも、断れる筈もなく。




 ゆったりとしたワルツを踊る2人。見た目麗しい2人が身体を寄せて綺麗に踊っている様子は、満場一致で「お似合いだ」となるほどだった。先程まで目をギラつかせていた令嬢らも、叶わないと身を引いている。






「お名前を私に教えて頂けませんか」




「………名前を申し上げるなどわたくしは恐れ多いですわ」






 のらりくらりと王子のジャブを躱すセレイラ。それにウィリアムは少々焦っていた。長くも短くも感じられたワルツが終わり、お互いにフロアの真ん中でお辞儀をする。それに会場はどっと湧き、割れんばかりの拍手が起こった。




 その時だった。




 ごーん……ごーん……ごーん………




 12時を知らせる鐘が鳴った。その瞬間セレイラは約束を思い出し、はっとした。それを不思議に思って問おうとしたウィリアムだったが1歩遅かった。






「申し訳ありません、わたくし約束がありますの。失礼致します」




「え」






 ウィリアムはこの後2人で話そうと思っていたので、逃げるように去っていったセレイラに豆鉄砲を喰らい、暫くフリーズしたが、直ぐに意識を取り戻すとセレイラを追いかけるように会場を飛び出して行った。






 ☆☆






 ドレスの端を持ち上げて小走りになるセレイラには、約束があった。




 この夜会の12時の鐘が鳴る時に迎えに来ると、ある人に言われていたのだ。




 息を切らして約束の場所に着いたが、誰もいない。勤務中の衛兵がきょろきょろと周りを見渡し焦っている様子のセレイラに戸惑っている。






「…………っ……アル……」






 どうして………?






 セレイラは自分が間違えてしまったのかとパニックだ。約束を破るような相手ではない。彼の名前を呼んでも返事は返って来ない。ただその声が空気の中に溶けるだけ。




 すると遠くの方から足音が聞こえてきた。期待をして後ろを振り向くが、走っているのはウィリアム。セレイラは急いで長い階段を降りるが途中で片方のヒールが脱げてしまった。




 しかしそんな事は気にしていられない。


 ウィリアムから逃げなくちゃ。


 流石に追ってくるのは怖い。






「セレイラ嬢!」






 令嬢らしく振舞ってきたセレイラだったが、ヒールが脱げてしまった為それは諦め、まだ履いているもう片方のヒールも脱いで手に持ち駆け下りた。






「お嬢様……?!!?」




「お願い!早く出して!」




「かっ、かしこまりましたっ!!!」




「待てっ………!!」






 予め呼んでおいた馬車に乗り込んだセレイラは、ウィリアムから振り切って逃げた事に申し訳なさを感じつつも、少し怖かったのでこれで良かったのだと心を落ち着かせた。






 ☆☆






 ウィリアムは息を整えながら額に手をやる。






(失敗したな……)






 己の行動を振り返って、得策では無かったことを思い出し後悔していた。また、そんな計画も無く行動するという柄にもない事をやってしまった自分に戸惑っていた。




 階段の中部まで降りて一足のヒールを拾う。精巧に作られたガラスの靴は何処も傷ついた様子は見られない。それにほっとしたウィリアムは、まるで愛しむ様に靴の表面を指先で撫でた。衛兵たちは何だかいけないものを見たような気がして目を逸らしている。




 すると会場の方から足音が聞こえ、ウィリアムは振り返る。




 黒にも見える濃紫の髪を束ねている紺色の礼服を着た男がそこには立っていた。


 男は薄らと笑みを浮かべ、一礼をする。






「ご機嫌麗しゅう、殿下。こちらまでどうされたのですか?」




「アル殿、貴殿こそ何用で?」




「私は――ただキューピットの役目を果たしに参りました」




「は……?」






 傍から聞けば頓珍漢な答えにウィリアムは思わず間抜けな声を出してしまった。アルは茶目っ気たっぷりに微笑んで、「殿下」と前置きしてから話し始める。






「―――まさに『サンドリヨン』ですね」




「……」




「姫と結ばれるのは、ガラスの靴を拾う王子様役です」






 それにウィリアムは眉を寄せて首を傾げた。セレイラという令嬢は自身の婚約者候補にも挙がっていたので、情報はよく掴んでいた。それが間違いでなければ、今最も彼女と近いのはアルの筈である。ウィリアムはてっきり牽制に来たのだと思っていたのだが、アルは違うという。あべこべなこの状況に理解が出来ないウィリアムだったが、それを見かねてか、アルは落ち着いた声で言葉を紡ぐ。






「私は婚約はしません」






 笑顔のアルだったが、ウィリアムにはそれが寂しそうに見えた。






「魔法使いの役目は、姫の幸せを願って誰にも知られぬまま消えること。私には……時間がありませんから」






 アルの意図がイマイチよく分からない。それじゃまるで――――。


 紫の双眸が哀愁を帯びたのは刹那の出来事で、直ぐにいつものアルになる。しかしその僅かな時間に彼が見せた表情はウィリアムの脳裏にこびりつき、ウィリアム自身に大きな衝撃を与える。






「私はかぼちゃの馬車のように儚いものですから。ここから物語は始まるんです」




「……貴殿が魔法使いとやらを熱演したのだったら、私も最高の王子をやらなければいけないな」






 真剣なアルの言葉にウィリアムはそう答えると、アルは至極満足そうに微笑んだ。


 ウィリアムは階段を上り会場に戻り、アルは出入口に向かう為に階段を降りる。




 階段を降り切ったアルは振り向き、会場へと歩くウィリアムの頼もしい背中を見上げた。






 ―――セレイラを頼みます、殿下。お幸せに。






 アルは闇夜に一人、静かに消えていった。










 後にウィリアムがセレイラに猛アタックをし、彼らが結ばれたのはこの物語の第二章のお話――――。






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