城下デート(Ⅱ)
前話の続きです。
*****
男の後ろをついて行くと、そこは繁華街から少し離れた路地裏だった。男は「おい」と一言後ろに呼びかけると、従者らしき人物らが4人現れる。ウィリアムと近衛達は一気に警戒のボルテージを上げた。
「その娘を俺に渡さなければどうなるか分かっているのか?庶民。早く渡せ」
「………渡さない。お前は誰だ」
「俺はアリア王国の貴族だ。所詮お前らみたいな奴らは普通なら関われない高位にいるんだよ。分かれば早くしろ!!」
目を釣りあげて剣の先をウィリアムに向けるその様子を黙って見ているのは、近衛にとって苦痛であった。出ていきたいのは山々だが、ウィリアムに「待て」を言われているため動けない。
セレイラは余計な口をきいて不況を買ってしまえばウィリアムを苦しめることになるので、黙っていることしか出来ない。動揺を見せまいとしているが、ウィリアムには全てお見通しであった。
ウィリアムは男が言った事に疑惑の念が膨らんでいた。
ジュリエッタの一件から、アリア王国の貴族、王族がシェナード王国に立ち入ることを全面禁止としているのだが、この男はアリア王国の貴族だという。
面倒事が増えると頭を抱えつつ、ウィリアムは話の中に罠を敷く。罠、というよりかは質疑応答になるが。頭が弱い人物だと踏んだ為に、いちいち腹の中を探るようなやり方は面倒で無駄だと判断した為だ。
「何故アリア王国の貴族が城下になんているんだ」
「はぁ?単純だ。俺の愛人探しだ。だから適当に見つけたそいつに声をかけてあげたんだよ。彼氏かなんだか知らないが、俺は貴族、お前は平民。な?お前らは拒否権なんてないんだよ。だったら早く従えよ!!おい、かっさらえ!!!この男も殺せ!!」
「「「はっ」」」
面白いくらいに喋ってくれて助かったよ、とウィリアムは不敵に微笑み、近衛達にGOサインを出す。己の主が散々に言われ、青筋を立てていた彼らは、直ぐに男達を捕らえた。膝をつけさせられ、喉元に剣先を当てられている男は、侮蔑の目で見下ろすウィリアムをギロリと睨み返す。
「おい!!!俺を誰だと思っている!!!俺は貴族だぞ!!!気安く触れるな!!!」
「牢に連れて行け」
「「「「「はっ」」」」」
俺は貴族だと唾を飛ばして叫ぶ男。ウィリアムはそれをセレイラに見せまいと彼女を抱き締める。セレイラは、震える体が、ウィリアムに包まれた事で、だんだんと落ち着くのを感じたのだった。
☆☆
冷え冷えとした暗く狭い牢に入れられた男達の前に、王族らしい煌びやかな衣服を身に纏ったウィリアムが現れた。かきあげられた艶やかな赤髪に赤目の王子。誰だと言う問は愚問であった。ウィリアムの吹雪でも吹きそうな程の有無を言わせぬ視線に、文句を言おうと口を開きかけた男達は一斉に口を噤む。
「私の妻をさらおうと考えてくれたものだな」
「は……?」
男達はポカンと口を半開きにして、なんの事かまだ理解をしていなかった。それに怒りを覚えたウィリアムの従者は静かに、感情を押し殺して言う。
「お前達が剣先を向けたのは王太子であられるウィリアム殿下であり、お前達がさらおうとしたの王太子妃であられるセレイラ殿下だ。それでいてよく無罪だと言えたものだ」
「「「「「……っ!!!??」」」」」
男らはウィリアムの顔を凝視し、そして大きく見開かれた双眸を更に開く。
ジュリエッタに対しウィリアムは温情など全く無しに切り捨てたと他国の貴族の間では広まっており、それが正解だと賞賛する者が多数を占める一方で、それに恐怖心を抱いている者も一定数いる。
赤黒い瞳が男達の瞳を捕らえると、直ぐにガタガタと震え土下座をしだした。
「もっ……申し訳ございませんっ……!!どうかどうか……」
「妻が危険な目にあったんだ。それ相応の処罰は覚悟しておけ。良いな」
「そんな………」
バサリと男が倒れる音に背を向けて、外套を靡かせて去る様子は王者の風格であり様になっていた。コトリコトリと響く靴音が余韻として牢に響き渡り、泣きわめく声が、扉が閉まる直前にウィリアムの耳に届いた。
ウィリアムはこれからまた仕事が増えるであろうアリア王国の友人に思いを馳せ、同情してため息を吐くのだった。
☆☆
着替えて比較的ラフな格好になったウィリアムは直ぐにセレイラの元に駆けつけた。彼女はワンピースではなく普段のドレスに着替えている。侍女の煎れた紅茶を嗜み、青い顔が少し和らいだようだ。
セレイラの隣に腰掛け、本当に何も無かったか確かめる。傷一つなく収まりほっとしていると、セレイラが真っ赤になってそっぽを向いているのに気がついて目を見張る。
「……どうした?」
「……う…ウィル、ぺたぺたと触られるのは恥ずかしいっ……!」
「………っ!!!……すっすまない……」
夜の夫婦の嗜みはしているものの、セレイラは少しのスキンシップにも慣れないようで、ウィリアムもそれに中てられてほんのり耳を桃色に染める。いつの間にか侍女も退出していたので、2人の空間だ。
ウィリアムはセレイラを壊れ物を扱うかのように丁寧にふわりと抱き寄せる。セレイラの頭に自身の顎を乗せて一息吐いたそれは、安堵のニュアンスを含んでいる。
セレイラは速まる拍動を抑えようと深呼吸をするが、その度にウィリアムの甘い香りが鼻を掠めて益々速くなるという悪循環を繰り返す。しかし、その一方でポカポカと温かい気持ちにさせ、落ち着いていられたのは、紛れもなく彼の腕の中である。
セレイラは瞼を閉じて、ウィリアムの背中に腕を回す。その熱が、お互いにとって素晴らしく心地のいいものだった。
「本当に良かった……貴方に何かあったら私は……」
「大丈夫よ?私は大丈夫。ウィルがいてくれれば、私は大丈夫だって思えるの。ありがとうございます、ウィリアム様」
「レイ……それに応えられるように頑張るよ」
あの時の冷徹な表情が嘘のように、花開くような柔らかい微笑みを浮かべるウィリアム。ウィリアムはふと思い出したように声をあげて、ちょっと待ってて、とセレイラから身を離し、隣の私室に行ったかと思えば、1冊の本を手に取って帰ってきた。
プレゼントだと渡したその本は、城下の女性達や貴族女性に大流行中の恋愛小説。そのモデルはウィリアムとセレイラだというのは百も承知だ。
セレイラは恥ずかしいが、実はその本を読んでみたいとうずうずしていた。それを感じていたウィリアムはその本を贈ったのである。
面映ゆい思いをしつつも、嬉しそうに破顔するセレイラのその表情にウィリアムは目元を覆ってソファに沈んだ。
*****
牢を出たあとのウィリアムside
ウィリアム「……はぁ」
従者「ヒヤヒヤしましたよあの時。気をつけてください」
ウィリアム「すまない。検討しておく」
従者「……止めるという気は無いのですね」
ウィリアム「………」
従者「程々にして下さい」
ウィリアム「あぁ。……アイツで良かったよ」
従者「………どういう意味です?」
ウィリアム「あれは色々失敗している。私に斬りかかるのが遅すぎだ。あと自分の本心を見せすぎていて自分で足を引っ張っているようなもの。ましてや本音をさらさら零すなんて論外だ」
従者「………」
ウィリアム「本当に良かったと思うよ、彼で」
従者「………( ˙-˙ )」
結論:ウィリアム、二重人格説浮上
あれ、こんな筈じゃ……?
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