最終話 忘れない

 


 ウィリアム達が王都に帰った頃、自室のベッドの上でアルは手紙を読み返していた。時偶に咳き込み、苦しそうではあるが、近くに置いてある水を飲んで落ち着かせている。




 死に際になると、魔力量が格段に減る。


 魔法を使ってどうにかしていたアルだったが、そもそもの魔力が減少してしまうと補えなくなり、最近では部屋から出ることもままならなくなってきていた。






「はいるぞ、大丈夫か?」






 ノックをして入ってきた大柄の男は、言うまでもなくアルの上司のカルヴァスである。カルヴァスは顔色の悪いアルを一目見ると、アルの部屋の近くを通り過ぎた兵士に医者を手配するように言った。




 彼の額に手を置いて熱を有無を確認したカルヴァスは、ベッド脇の丸椅子に座る。キシと椅子がしなる音がする。




 すると急にカルヴァスは結界魔法を展開し、防壁をアルの部屋のみに張った。結界魔法に長けているカルヴァスは、魔法省から声がかかるほどの実力で、かなり異色な人物である。






「……ウィリアム殿下が、“白の騎士団”廃止案を陛下に出してくださっている」




「……?!」






 アルは衝撃の告白に目を丸くする。






「いずれ、ここは無くなるだろう」




「………一体、何故……」






 ――それを自分に言ったのか?




 アルの言い分は最もである。アルには、カルヴァスがその機密事項を漏らす理由わけが分からなかった。といっても、今はカルヴァスの張った結界があるので外には決して漏れることはないのだが。






「この騎士団は本来ならばもっと前に解散すべきものだった。だが、その時期を逃した。それを今遅れてやるだけだ」




「…………」






 カルヴァスはアルが何故“白の騎士団”に入団したかを知っている。つまりは、「本来ならお前はココには居ない」と、決して責める訳ではなく、心配の意味で言ったのだ。




 それを分かっているアルは薄らと笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いた。痩せこけた頬が痛々しく写る。






「……私は後悔なんかしていませんよ?」




「………」






 カルヴァスは黙って頷く。彼は魔法を解除し、「じゃあな、悪かったな」と何事も無かったかのように出ていった。




 ウィリアムがやろうとしていることは、簡単ではない。必ず茨の道になるに違いないのだ。もし自分自身がウィリアムだとしたら、“白の騎士団”は目を瞑って見過ごすだろう。しかし彼はそうしなかった。ウィリアムを案じる一方で、アルはウィリアムがその道を選んでくれた事にどこかほっとしていた。






「殿下とセレイラの人生に幸あれ………」






 そうしてアルは人生の幕を下ろしたのだった。


 片手にセレイラの手紙を持ちながら。






 ☆☆






 ――――――――――






 あれだけ沢山一緒に過ごしていた貴方に宛てて書く手紙をどう書けばいいのか、私は今も分かりません。




 なので、私が思った事をそのまま書きたいと思います。




 お父様とユーフォリア侯爵様が仲が良かったということもあって、私達は小さな頃から共に過ごしてきましたね。




 アルは小さい時は人見知りで、初対面の時にユーフォリア侯爵様の脚の裏に隠れていました。それがとても印象的です。




 打ち解けていくうちに、貴方がよくお喋りをしてくれるようになりました。




 私は、令嬢らしく人形で遊んだり絵本を読んだり、ということを幼少期はあまりしてこなかったのを覚えているかしら?




 当時は、剣のお稽古や外に出て魔法の訓練とかしてみたかったのよ。




 でもアルはそれに苦笑いしつつも、「しょうがないな、レイは」と付き合ってくれて、いつも一緒に怒られていましたね。




 あれは私にとってかけがえのない思い出の1つです。




 大きくなるに連れて、私より背の小さかった貴方はいつの間にか私を追い越していきました。




 互角に打てていた剣も完敗になり、食べる量も私の2倍になって。




 その時に、あぁ男の子なんだなと実感しました。




 学園では例のあの方に私が絡まれていた時にいつも助けてくれました。




 その時はとてもかっこよかったです。




 いつも私の隣にいて、いつも私を支えてくれていた貴方は、突然居なくなってしまいました。




 それは私の人生において、過去1番に悲しい出来事でした。




 何も言わずに居なくなってしまうのだもの。私は怒ったわ。




 病気の事だって話してくれなかったから随分落ち込んだの。




 暗くなっている私を、ウィリアム様はいつも気にかけて下さいました。




 最初はお互いに壁を作っていたけれど、いつの間にか打ち解けるようになりました。




 私は婚約当初は警戒していたのだけれど、今では彼の隣が1番素で居られるのよ。不思議ね。




 報告だけれど、私は学園を卒業後、ウィリアム殿下と結婚式をあげて王太子妃となります。




 知っているとは思うけど、どうしても私自身の口から貴方に報告したかったの。




 体調がとても悪いと聞きました。




 無理は決してしては駄目よ。




 お大事にしてください。










 この手紙が貴方の手元に行けば私は二度と貴方に私の言葉を伝えられない。




 それはとてももどかしく思います。




 ウィリアム様が婚約者になるまで、アルが私の人生を彩ってくれました。




 アルの思い出の中に私はいますか?




 私は貴方を絶対に忘れない。




 忘れられない。




 私の事も忘れないでとは言いません。




 貴方の思い出の中に小さく私が映り込んでいたらそれで十分。




 私は今とても幸せです。




 温かくて、甘くて、輝いています。




 辛い時も、楽しかった時を思い出して欲しいです。




 どうかアルも幸せになってね。




 大好きでした《愛していました》。




 アルの人生に幸あれ。






 ――――――私の大切な友人アル=ユーフォリア様へ




 ――――――貴方を忘れないセレイラ=エリザベートより






 ――――――――――






 《完》






*****



完結です!


読んで下さりありがとうございました!




こんな話がいい、こんな設定のやつがいい……etc……と、柊に番外編のネタ提供して下さる方がもしいらっしゃれば、コメントや私の近況ノートに寄せて頂ければと思います。

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