第44話 最後の笑顔(ウィリアム視点)
卒業前日。
朝早くに起きた私は出迎えたロビンに連れられ魔法省の第1部署を訪れた。研究室に籠ることも多い魔法省では廊下の人通りは少なめである。
何故今魔法省にいるかといえば、アルに手紙を届ける為。
当初、セレイラの書いたアル宛の手紙を、早速馬に乗って直接届けようとしたのだが、流石に卒業前日、立太子や結婚式も近いので、馬で“白の騎士団”を訪問するのは、母である王妃から猛反対を受けたので使えない。国王も渋っていた。
自分でも何かあるといけないので、馬で行くことは得策ではないとは思っている。しかし、馬車を使ってしまうと数日かかる。私は、結婚する前に、アルに手紙を届けたかったのだ。
そこで魔法を使って転移をすれば良いのではないかと考えてはみるが、比較的魔力量の多い私でも比較的距離の近い場所へしか使えない。王都を抜けて北の奥地にある“白の騎士団”には当然不可能である。
頭を悩ませていると、不意にロビンがジュリエッタに加担してしまったと告白した時に言っていた事を思い出した。
『“白の騎士団”にいるアル殿の事は、ジュリエッタ殿下は掴めていないようです』
ロビンはアルが“白の騎士団”に入団したことを知っていた。何故それを知っているのかと問いただしてみれば、セレイラから相談され、騎士団の活動拠点を調べた、と。
“白の騎士団”を調べたからどうこうという話ではない。活動拠点を言い振らせば、今・の・時・点・で・は・首は切られるだろうが。
私は直ぐにロビンに連絡をして約束を取り付けた。ロビンはセレイラと同等の魔力量を保持している。彼ならば“白の騎士団”と王都の往復は簡単である。
本来ならば、ロビンが登城すべきなのだが、転移魔法のように大きな魔法を使うと、たとえ短距離だとしても城に常駐の魔導師や魔法騎士達が反応してしまうので難しい。書類を出せば使えるが、その書類が通るのは恐らく一週間後であり、転移場所を記入せねばならないので却下であった。
その点魔法省は良い。魔法は何処でも使っている上に、ここならば転移魔法はさほど大きな魔法ではないと認知される。魔力の色や雰囲気を見ることが出来る彼らならば、ロビンが使っても「あぁ」と納得するだろう。彼は次期筆頭魔導師だからだ。
ロビンは、私が手紙をいち早く届けたい理由を察して、二つ返事で頷いてくれた。私の事情に連れ回してしまい申し訳ないが、とても助かった。
そんなこんなで私は第1部署の個室にいる。
信頼のおける公爵家の3男の側近が、私とロビンの2人で動くことに難色を示したので、3人で向かう事となった。
ロビンは転移魔法を発動させた。魔法陣が私達の足元に描かれる。すると一瞬にして視界がグラリと歪み、目を開ければ、そこはまだ肌寒さが残る北部、“白の騎士団”の砦の前だった。いきなり現れた私達に驚く兵士達。
「「「「殿下!?!?!?」」」」
「突然の訪問、申し訳ない。騎士団長に通してくれないか」
「「「「はっ」」」」
直ぐに許可がおりた。砦の向こうは私しか入ることが許されていない。眉間に皺を寄せつつ頭を下げる側近に苦笑しつつ、私は砦をくぐった。
“白の騎士団”は他の団に比べて、建物が白や灰色等の色ばかりで全体的に無機質な印象を与える。建物の中は、窓が締め切られており、多少の訓練の声しか聞こえず、自分の靴音がことりことりとよく響いて鳴る。
「殿下!!!」
不意に呼ばれて振り返ると、息を切らし肩を上下させる騎士団長がいた。ガタイのでかい男である。
「急にすまない、カルヴァス」
「いえ。遅くなってしまい申し訳ありません。こちらへ」
少し広い部屋に通される。絨毯やソファー等、上等のものを使ってあるので、王族専用だと思われる。ソファーに腰掛けた私はカルヴァスに要件を伝えた。アルと面会したいと言ってもあまり驚かなかった辺り、大体目星は付けていたのだろう。
セレイラから受け取った手紙を渡せば、その分厚さに驚嘆し、直ぐに検査へと回った。
アルは今現在は部屋で療養しているらしい。カルヴァスの案内の元、アルの部屋の扉の前についた。
こんこん
「………は……い」
弱々しく掠れた声が僅かに聞こえた。
「カルヴァスだ。ウィリアム殿下がいらしている。入るぞ」
ギイっと扉を開けば、顔だけをこちらに向けて、驚いた顔をしたアルがいた。クマも酷く、眠れていないようだった。申し訳なさを感じつつ、部屋に入る。
起き上がろうとするアルを手で制し、ベッド横の木製の丸椅子に腰掛ける。カルヴァスは、黙って礼をし部屋の外に出ていった。
「…でんか……どうして……」
眉間にシワを寄せて困惑するアルに、私は胸元から厚い封筒を取り出して見せた。そこに書かれた「セレイラ=エリザベート」という文字にアルは目を白黒させる。アルは私から手紙を受け取ると、封筒に書かれた文字を凝視していた。
「………返事は書いても書かなくても良いと言っていた」
「私は……書きません……」
「……そうか」
暫くの沈黙が流れる。コチコチと時計の秒針が動く音のみが聞こえ、お互いに気まずくなってしまう。
「……せめて、手紙の感想だけでも言ってくれないか?」
「……は…い…」
アルは手紙を取り出し、一枚一枚ゆっくりと丁寧に目を通す。懐かし気に目を細め、偶にクスリと笑い、最後の一枚は悟るような、そんな風に便箋がめくられる度に表情が分かりやすく変わった。読み終えた彼は便箋を封筒に律義にしまった後、封筒に書かれている文字をすらりと指先でなぞった。セレイラの筆跡を見る恋焦がれるような視線に私は目を逸らした。逸らさなければいけないような気がしたのだ。
アルはサイドテーブルの上に手紙を置いた後、私の方に顔を向ける。僅かに口角を上げているアルは悔しさを交えながら嬉しそうに言う。
「……セレイラと殿下は相思相愛ですね。手紙の中でも何度も惚気られましたよ」
「……っ!」
「それに……」
少し目を伏せ戸惑ったような声色になったアル。
「殿下は……私がセレイラから逃げたというみっともないことを、言わないで下さっているのですね……」
予想外の事柄に少し驚いた。
「それは私の口から伝えるべきではないと思ったのもあるが……私のためでもあるな。……それを言ってしまえば、アル殿をエサにして婚約を結んだことが明るみになって、セレイラに嫌われてしまう。それが怖かった。……私の方が愚かだ」
「いいえ、殿下。……色々な騒動があったそうで。私が……きちんとセレイラに説明しなかったことも、原因の一つと言っても……過言ではないと思います。……本当に申し訳ありませんでした」
「アル殿がセレイラに伝えていないことが分かったときは信頼を裏切られた気分だったな。随分と約束が違うだろうとね」
茶化して言えば、アルが苦笑いを浮かべる。
「……貴殿が強い意志を持って決断したことは分かる。覚悟を決めその行動に移したとなれば、誰も文句は言わない。私は貴殿に敬意を払う」
「殿下……」
「……最初は呆れたが、な」
どちらからともなく笑って、いつの間にか時は過ぎ、カルヴァスから声がかかる。
私は席を立ち、「ではな」と声をかけ退出をしようとして、引き留められた。
「殿下……ご卒業、並びに立太子にご結婚……おめでとうございます」
「あぁ。……必ず、幸せにすると誓おう」
民も、妻となる最愛の人も。
アルは輝かしいほどに破顔した。
それが私が見た最後の彼だった。
☆☆
「カルヴァス。ア・レ・を陛下に見せても良いな?」
「はい。私も、その方が良いと思います。……もうこれは古いですからね」
「…そうか…感謝する」
「はっ」
カルヴァスと会話をしていれば、直ぐに門の前についた。あからさまにほっとしたような顔をする側近に肩をすくめて、私達は王都に帰ったのだった。
王城に帰ってからは王妃にお小言を言われるくらいに済んだ。国王はやれやれとした顔をしたが、全てを知っているかのような目だった。まだまだ父には程遠いと実感する。
明日は、卒業。
そうなれば立太子は近い。
気を引き締め、外套を翻し執務室に向かった。
*****
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