第41話 サヨナラ。ありがとう。
卒業式まであと三日。着々と準備が推し進められ、学校全体だけでなく、国中が浮足立っていた。理由は、ウィリアムの立太子が卒業後すぐ控えているうえに、またそのすぐ後にウィリアムが婚姻を結ぶからである。特に城下は沢山の色とりどりの旗や、王家の紋章の垂れ幕が至る所にかけられ、お祭り騒ぎだ。
ウエディングドレスの最終調整のために王城に訪れた私は、ウィリアムに会うために執務室に向かう。あれからというもの、私とウィリアムは相当な頻度で逢瀬を交わしており、仲は以前より大分深まったと思う。
私がウィリアムのもとに顔を出すと、丁度休憩時間だった。立太子も近いため、以前にも増して執務が立て込んでいるらしい。まだ王太子妃ではない私は、今は深いところまで手伝うことが出来ないのが悔しい。また、そうした中で「会おう」と言ってくれるのも嬉しかった。
ウィリアムは私の手を引いてソファーに座らせる。横にはピッタリとウィリアムがくっつき、手を繋いでいる。そのささやかな幸せが、私を笑顔にさせてくれる。髪を梳かれ、その気持ちよさに目を瞑り身を委ねれれば、ウィリアムは苦笑して、「無防備なのは私の前だけにしてくれな?」と言った。
「結婚式はマリウス殿も来てくれるそうだ」
「マリウス殿下が?そうなのですね、嬉しいですわ。お会いしたことないので緊張しますが……」
マリウスは隣国の王太子だ。ウィリアムは彼らと少し交流がある。
そんな会話をする中で、彼の髪を梳く手つきがぎこちなくなってきた。表情もどこか言いづらそうに歪んでいる。その変化に気が付いた私はウィリアムを見上げて、薄らと柔らかく微笑む。
ウィリアムはふっと息をのみ、真剣な表情になった。そして悩んでは眉を寄せ、そして悩み……を繰り返す。話を切り出すよすがを探しているようだった。婚約者になったばかりの頃はお互いよそよそしく、彼も王子の仮面を張り付けていたように思うが、今は「ウィリアム」という人の顔である。
「……どうされましたか?ウィリアム様」
「……」
話しやすいように聞いてみれば、ウィリアムは徐に話し始める。
「……ジュリエッタの罪状が決まった」
☆☆
ジュリエッタは王子の婚約者殺害未遂や犯罪組織に関わった容疑で死刑判決を言い渡されたらしい。処刑までの間は修道院に送り込まれる予定だ。裁判ではジュリエッタは何も反応を見せず、只々一転をぼうと見つめていたらしく、「妖精」の面影は何一つなかったようだ。それに加えてアリア王国から多額の賠償金を要求し、成立した。そしてアリアとは国交を数年の間は断絶する方向でまとまったことも伝えられた。
当然の結果である。当然の結果ではあるが……やはり断腸の思いは抱いてしまう。
私はウィリアムの言葉に「はい」と一言、たった一言だけ返した。それ以外に何か気の利いたことを言えるとは思えなかったからだ。それをきちんと受け止めるべきでもある。
そして私は同時にガリレオの事を思い出す。彼は黙っている。沈黙を貫き通し、いつも通り、主に忠誠を誓う誰もの理想の騎士として振る舞う。ただ私は気づいてしまう。だてに彼の主をしてきていないのだ。時折上の空で、空虚な空を仰いでは仕方なくため息をついていること。薄らと出来た目の下の隈。それはすべてを物語っていた。
私は意を決してウィリアムに願い出た。
「ウィリアム様。お願いがございます――――」
☆☆
公爵邸。まもなくこの家を出ることになるとは中々感慨深いものがある。
私は少し重い足を動かして父の執務室を訪ねていた。
入ってきた私に柔らかな視線を向けて名前を必ず読んでくれるのはずっと変わっていない。それに涙が出そうになるがぐっとこらえる。私は今回大事な要件があってここに来たのだ。
「お父様。ガリレオは……わたくしが王家に嫁いだ後どうなさるおつもりですか」
嫁ぐ際、侍女は連れていけるが、執事や護衛などは基本的についていけないことになっている。私付きの護衛だが、席自体はエリザベート公爵家―――つまりは父ガストンが雇い主である。
ガストンは眉を上げて思案した後、優しい声で続きを促した。顔は当主の顔である。
「わたくしに……任せて頂いてもよろしいでしょうか」
ガストンはしばらく沈黙した。その沈黙に居心地の悪さを感じつつ、その答えを待つ。
父は急にその表情を崩し、一人の父親の顔になる。その変化に私は分かりやすく狼狽えた。
「……ウィリアム殿下から聞いているよ。セレイラの好きにしなさい。その方が……ガリレオにもいいかもしれない」
だがな、と父は言う。
「ガリレオが『否』と言ったら無理に説得しないように。セレイラは分かっていると思うが、念のため、な」
「はい」
「それにセレイラにこうやって注意できるのはあと少しだしな……」
「寂しいことをおっしゃらないでください、お父様……」
「…今からでも結婚を取りやめるか?私なら今からでも強引にやめることも出来るが?」
「ふふ……いいえ」
「……そうか」
悔しそうに笑う父は寂しそうだった。
「お父様。今まで大変お世話になりました。この御恩を忘れずにウィリアム様と共に生きてゆきます。どうかお体にお気をつけて……」
カーテシーをした私に驚いたような雰囲気が伝わってくる。
「セレイラ……幸せになりなさい」
顔を上げれば、それは幼い頃よく見ていた背中だった。父に背を向け執務室を出た。父の香りが顕著に感じられる執務室からでてしまった事を少し後悔してしまった。年柄にもなく父に甘えてしまいたくなる程に――――。
☆☆
「ガリレオ」
「はい」
私の私室。夕日が差し込んでいる。
どくどくと強く波打つ心臓の音を感じながら、声が震えないように目を見て告げる。
「今までわたくしの護衛を勤めてくれてありがとう。沢山迷惑をかけたわ、ごめんなさい」
突然始まった私の話に瞳の奥を揺らしていて、どう答えたらよいか戸惑っている。
「……一つ任務を任せます」
「……何でしょう」
「―――ジュリエッタ=アリアロイドの修道院送迎の護衛よ」
「……っ!」
「そして暫くの休暇を与えます。……任務の報酬よ」
「……」
ガリレオは本気で困っているようだ。それもそうだろう。
「ねえガリレオ。貴方は自分で気が付いているかしら?あれから、貴方は感情が分かりやすく出ているわ。―――まるで誰かを乞うように、想うように」
「っ」
「その想いを、本人に言わず黙っておくつもりなのかしら。告げずに、このまま」
その言葉はかつての自分に返ってくるようで苦しくなったが痛みを押し殺す。困惑で瞳を揺らすガリレオにもう一度聞いた。
「会えなくなってからではもう遅いの。……遅いのよ。だから貴方には後悔しないで欲しい。これはわたくしの我儘。だから―――断っても構わないわ。その上で、どうしたいか教えて欲しいわ」
暫しの沈黙が流れた後、ポツリと零した。
「……いっても構わないのでしょうか……」
「ええ」
「……ありがとうございます。―――謹んでお受けします」
「良い勤めをしなさい」
「御意」
「そして……ガリレオ。貴方をわたくし―――セレイラ=エリザベートの護衛役を解任する」
「―――はっ」
そうして彼は初めて歯を見せて笑った。
少しつついたら崩れそうな、そんなぎこちない笑顔が私には非常に嬉しくもあり、悲しくもあった。
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