第40話 誓い
「……嫌われていないということは、頭では分かっているつもりだった。だが、あの時『嫌いじゃない』と言ってくれた言葉は立場的なもので本当の事を言えなかったのかもしれないと、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。だから……それが嬉しい」
「殿下……」
「今考えてみれば、私が触れても貴方は拒否しなかったから、嫌われてはないな」
「…………」
にこやかに最後言うものだから、私は何だか中てられたような気がして、赤面してしまう。ほんの少し腕を緩め、私の顔を見たウィリアムは僅かに驚いて、そしてはにかんだ。
「その表情を作ったのが私だというのが……たまらないな」
そしてまた抱き締められ、はや打つ心臓の音が聞こえた。私はそれが「おそろい」な事を幸せに感じた。ウィリアムの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。それに少し驚いて体を強ばらせたウィリアムだったが、直ぐに緩まり、そして強く、優しく、包んでくれた。
「……セレイラ。私は貴方からの言葉を、ちゃんと聞きたい」
「……っ……!」
………そうだ。
私は彼に、「好き」だとか「愛してる」だとか、どれ位言ったろう?………0ではないだろうか。
今更気がついて、自覚して、後悔する。
言おうと思って口を開いても、いざとなると恥ずかしくて閉じてしまう。それを何回か繰り返していた。ウィリアムは少し笑っているが、黙って待っていてくれる。
覚悟を決めて、ウィリアムの服をぎゅっと握る。
「………わ、わたくしはっ…う…ウィリアム様の事を………『こんこん』」
「殿下、セレイラ様、お時間です」
「「…………」」
想いを口にしようとした丁度その時、ウィリアム付きの護衛によって遮られてしまう。それに私達は真顔になってしまい、ウィリアムに至っては舌打ちをしたが、数秒後に同時に吹き出した。
何かが首を掠め、ちくりと淡い痛みが走った後、ウィリアムは私から離れた。急に感じたこの痛みはなんだろうと疑問符を浮かべたが、口元が緩やかに弧を描いているウィリアムを見て、そんな事は忘れてしまった。
入室を許可された護衛達は中に入ってくる。何事も無かったかのように振る舞い、私達はたっぷりと談笑した。
時間はあっという間に過ぎ、公爵邸に帰らなければならなくなった。私はウィリアムのエスコートを受けながら馬車に乗り込む。近衛を付けると言ったウィリアムに、丁寧にお断りしたのだが、にこやかにはぐらかされてしまった。
「ウィリアム様、貴重なお時間ありがとうございました」
「また近いうちに会おう」
「はい」
「――――――――」
ウィリアムは最後に私に近づいて、耳元で低く、楽しむように囁いた。それに私はかぁっと顔に熱が集まる。ふっと悪戯に笑ったウィリアムは私の指先に口付けをした後、名残惜しそうに手を離し後ずさった。
手を振って見送るウィリアムに手を振り返し、彼らが見えなくなった後にまだ火照る頬に手を置く。ガリレオはそんな私の様子に何も言わないが、普段あまり動かない表情筋が僅かに動き、強ばった。
それに疑問を抱いた私はどうしたのか彼に聞いた。ガリレオは私をじっと見た後、ふっと目を逸らしておずおずと口にする。
「……セレイラ様。その首元を旦那様に見つからないようにした方が良いです」
「あら、どうして?」
「…………どうしてもです。でないと婚約を解消されてしまいますよ」
「……それは困るわね……分かったわ」
そうしてストールを羽織り、ウィリアムの事を考えて思い出し笑いを零す私を見て、呆れたような溜息を密かについたガリレオだった。気づいていないと思ったら大間違いですよ。
その後私は、ガリレオに「首を隠せ」と言われた意味を、私室で侍女から言われて、大赤面したのだった。
☆☆
翌日、ロビンから家に来たいと手紙が来たので、魔法で了解の返事を送ると、その1時間後に「今日行く」と返ってきた。
急いで支度をして、そのままのんびり読書をしているとロビンがやって来。ロビンは微笑んでいたが、その微笑みはほんの少しだけぎこちなかった。
応接室にロビンを通し、向かい合って座る。
侍女達が待機しているのだが、ロビンはそれが嫌みたいだ。
私の誘拐未遂の事だろうと思い、侍女に退席を命じたのだが、彼女たちは渋った。なのでガリレオを呼び、彼だけを部屋に残して他は外してもらう。
「………大丈夫?」
顔色の悪いロビンに思わず聞いてしまった。ロビンはハッとして青い顔のまま眉を下げて笑った。それに私は顔を顰める。
「ロビン兄様……?本当に大丈夫?」
「大丈夫。レイこそ大丈夫?何も怪我はない?」
「無いわ、皆が護っていて下さったもの………本当にありがとう………」
ジュリエッタが私を狙っていることは分かっていたが、その具体的な計画までは知らなかった。護ってくれてほっとした部分もあれば、自分で把握出来ず、周りが動いてくれてしまって迷惑を掛けてしまい、申し訳なく思った部分もある。
「迷惑かけて………本当にごめんなさい」
「レイ、それは違うよ。……僕は……君を傷つけようとしたんだ」
「………?」
「………もしかして、殿下から聞いてない?」
「ロビン兄様がジュリエッタ殿下の仲間のフリをして、本当はウィリアム様の仲間だったという事は聞いたわ。………それ以外に……あるの……?」
「…………」
黙って組んだ手をぎゅっと握るロビンが痛々しかった。私はロビンに言って貰いたくは無かった。余りにも苦しそうなロビンを見て、そんなに私に言うことが苦痛ならば、言わなければいいと単純にそう思った。それに別に言ったところで私とロビンの関係は変わらない。それが仮に悪い事でも、実際、私の命の恩人なのだ。
私は俯くロビンの顔を覗き込んで微笑んだ。それを彼が見ていなくても、微笑みは絶やさない。
「ロビン兄様。言いたくない事まで無理に仰らなくても、よろしいのですよ……?」
「……っ…?!………だけどっ………」
「聞いてください、兄様。兄様が何を言おうと、わたくしは変わらないわ。それに……ウィリアム様が言わないというのは、そういう事よ」
「…………」
ウィリアム様は、誰よりも王子らしい。
王子、王、王族というものは本来こうあるべきだという、その理想像を固めた人がウィリアム=シェナードという男だ。
幼馴染だった人を、罪人だからと切り捨てられる人。
それは時に恐ろしくもあるが、それが正解でもあると思う。
しかし本来の彼は、本当に人情に溢れている優しい人。
ほんの少し悪戯な、腹黒な部分もあって。
ウィリアムが言わないという事は、わざわざ言う事ではないと放っているのかもしれないし、ウィリアムが私に知って欲しくないのかもしれない。或いは――ロビンが話そうとするのを予め想定していたのかもしれない。
それが分かったのだろう。ロビンは泣きそうに顔を歪める。
「………どうして………もっと僕を罵って良いはずだ。殿下も、セレイラも………」
「………全く気にならないというのは……嘘になるけれど……ロビンが言いたくないことを無理矢理言わせるのは、それは違うと思うわ。私の大切な人達の1人だもの」
「………」
1つ彼の頬に流れた涙。私はハンカチを差し出し、受け取ったそれで涙を吹いたロビンは、ゆっくりと私と目を合わせる。瞳は戸惑いで揺れていたが、そこに確かな強い感情が込められていた。
「甘えてばかりだね、僕は………。ごめん。………今は言えない。だけど、いつか、必ず、言うから」
「はい」
ロビンはそうして帰って行った。私は帰り際に言われた事がずっと頭の中で木霊し、困惑していた。
『―――――私ロビン=フェリスは、神とフェリス家の名に誓う。ウィリアム=シェナード及びセレイラ=エリザベートに忠誠を誓い、今後一切の人生を捧げる事を――』
これは、「誓い」と呼ばれるもので、魔法のようなもの。
何かに誓って何かを成そうとすれば、成さなければならなくなるように、身体を見えない鎖で縛り付ける。魔法よりも強制力の強いものだ。
途中で遮って止めようとしたが、ロビンは続けたのである。私の前に跪き、頭をたれる彼が言った事は、生半可な気持ちで口に出して良いものでは無い。
その誓いが成立してしまった事に動揺が隠せず、それは周りにいた護衛や侍女達も同様だった。
―――この事については、ずっと先―――10年後にロビンから明かされる。
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