第39話 幻滅しましたか?

 


 翌日。


 王城に向かうと一報を入れると、近衛付きの馬車が家に来たので、驚嘆して固まった。どうやらウィリアムが昨日の今日で危ないからと用意してくれたようだ。気を使わせて申し訳なく思ったが、その優しさに胸がジワリと温かくなる。好意に甘えて馬車に乗り込んだ。






「待っていたよ、セレイラ」






 王城について直ぐ、ウィリアムが出迎えていた。それにも驚いて思わず立ち止まってしまう。まさか本人が待っていたとは思わなかったからだ。ウィリアムはクスリと笑みを一つ零して、私の手を取ると歩き出した。




 公爵令嬢として醜態をこれ以上見せてはいけないと、背筋をしゃんと伸ばしたのだが、何故かウィリアムに笑われてしまった。首を傾げてどうしたのか聞いてみたが、「いいや」と首を横に振ってニコニコされた。どうしたのだろうか。




 ウィリアムの執務室にやってきた。私とウィリアムは向かい合って座る。護衛騎士の何人かは部屋に留まり、他の騎士らは外で待機だ。門をくぐった時から少し衛兵が多いなと思ってはいたが、この騎士の数を見て、確信的になった。間もなく王太子になる王子が危険に晒されたのだ。衛兵の配置も当然変えるだろう。






「……今日来てくれたのは……昨日の件か?」




「勿論です」






 ウィリアムは、そうか、と一言言って軽く両手を組みながら目を伏せた。その様子は、覚悟を決めるような、何かを整理するような、そんな風に見えた。




 そして、おずおずと紡がれる。






「………昨日は、貴方が殺されていたかも知れなかったんだ――――」






 ☆☆






「―――――という事だ。本当に……セレイラが無事で良かった」






 全てを話したウィリアムは、額に手を置いて俯いた。






 私がジュリエッタから狙われていたことを知っていたこと。




 ウィリアムが怪我をしたのはジュリエッタの手下によるものだったということ。




 ジュリエッタの目的は私を魔の森に置いてウィリアムから遠ざけることだったということ。




 アレクからもジュリエッタの危険性について忠告を受けていたということ。




 ジュリエッタの陰謀を聞いたロビンがウィリアムと繋がっていて、そこからその情報を得ていたということ。




 そしてその決行日が卒業パーティーの日で、その為に自分が私になりすましてジュリエッタを誘き寄せたということ。






 話された事は全てが衝撃的で、私は愕然とした。


 ジュリエッタがセレイラを決定的に追いやろうとするイベントが近々出てくるだろうとは思っていた。私もアレクに忠告を受けていたからだ。




 でもそれはもっと大々的なもので、裏で行われる事だとは思ってもいなかったからだ。第1作目の悪役令嬢がそうだったから。




 ウィリアムやロビンが糸を引いてくれていなかったなら、私は今頃こうして生きていないかもしれないと思うと、私は恐怖に震えた。2人には感謝しかなかった。




 するとウィリアムは急に人払いをした。


 二人きりになった執務室。


 ウィリアムは真っ直ぐこちらを見ている。






「―――セレイラ。私は君に怒っているんだ」




「……あの時……我儘を言ってしまった事でしょうか……?それは本当に申し訳ございませんでした。お手を煩わせてしまって……」




「違う。セレイラ、ジュリエッタから暴行を受けていることを、何故私に言わなかったのだ?」






 私がウィリアムかロビンに、ジュリエッタにいつも罵倒されているとでも一言言っておけば、2人にこんな小芝居をやらせなくて済んだのではないか?そんな疑問が頭の中に思い浮かぶ。




 でも―――それは言えない。


 ウィリアムとジュリエッタは幼い頃からの付き合いで、ジュリエッタはウィリアムにずっと恋焦がれていた。それは、呼び出されて、暴力を受けたり言葉で罵倒される度にひしひしと感じた。






『私はお前が出てくる前からウィリアムだけを見ていたのよ!!!』




『私はウィリアムの隣に婚約者として立てる事をずっと望んでいたわ!!それまでずっと嫌われないようにしてきたのよ!!!それなのにお前が!!アンタが!!!アンタは他の男がいたでしょう?!!それなのに、王族のウィリアムが少し優しくしたからって!!!尻軽女!!!』






 ぽっとでの知らない女が自分の知らない間に愛している人の隣にいる。もし昔の私とアルで置き換えたなら。私は平然を保てているだろうか?自信が無いということは、そういう事だろうと。




 私はどうしてもウィリアムに言えなかった。毒入りの菓子が送られてきた事もあったが、それも自分の口からは言えなかった。






「ウィリアム様は………ジュリエッタ殿下のことをどう思っていらっしゃいますか?」




「………」




「想いを寄せている方が婚約者を作ったら……人はどういう思いをするのでしょうか」




「……っ……」




「ウィリアム様は……ジュリエッタ殿下を親友だと思っていたとしても、ジュリエッタ殿下は……違ったのです。貴方を異性として見て、ずっと貴方に恋をして、貴方の隣に立てる事を夢見て、貴方に嫌われないように振る舞い、そして貴方と少しでも共に過ごせるように考えていた」




「………」




「……ジュリエッタ殿下は、シェナードの方ではありません。アリアの王族ですから、王女殿下は簡単にはウィリアム様にお会い出来ません。そして自国にいる間に……貴方の婚約者というポジションに―――自分の知らない女がいた。わたくしの事を疎ましく思って当然ですわ……」




「………だからといって、セレイラを傷つけていい筈がないだろう?それに……セレイラもこれだけの事をされたのだから言うべきだった」




「………黙っていたことは、本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまった事は分かっています。勿論、ジュリエッタ殿下は度が過ぎました。ジュリエッタ殿下の言動に傷ついた事も……ありました。ですが、それ以上に、王女殿下の心の叫びに……共感してしまいました」




「………」






 私の言葉に黙ってしまったウィリアムは、深く息を吐いた。




 私も人間で、ジュリエッタに図星を刺されて傷ついた事もある。さっきはジュリエッタに同感していたが、当然ジュリエッタがいなければ、と思ってしまった事も無くはない。




 いつの間にかウィリアムに恋をして、嫉妬をしてしまう。


 そんな醜い自分を見せたくないから、こう弁明していると言っても、强あながち嘘では無いかもしれない。






「……わたくしの身分で意見してしまった事お許し下さい」




「……セレイラは……どうしても私には言いたくなかったのか?」




「はい」




「本当に?」




「………はい」






 私の答えに何を思ったのか、ウィリアムは私に優しく笑いかけて、柔らかな口調で話し始めた。






「ジュリエッタの事は……私は友人だと思っていた。好意は……気が付かなかった。あれは誰にでも同じように振舞っていたから。しかし……セレイラに危害を加えた事が分かった時から、どうでもよくなった」




「っ………!」






 ウィリアムの表情は氷のように冷め切っていた。私はヒュッと息を呑む。






「どう思うか、の答えは『どうでもいい』だよ。ジュリエッタを許すことは無い。……もし私がジュリエッタの想いに気がついていたら、このような事態にはなっていなかった可能性もあっただろうが………」






 ウィリアムは悔しそうに顔を歪める。






「それ以上に、私がもっと措置を取っていればセレイラを危険に晒すことは無かった。ジュリエッタを泳がせていたのが得策ではなかったな」






 私は何も言えず沈黙に帰す。






「……私を冷酷な人間だと思うかもしれないね。でも、これが私なんだ。幻滅したか……?」




「……いえ。いいえ、殿下」




「………」




「……わたくしは殿下の答えが……嬉しいと思ってしまいました。殿下が冷酷なお人だと言うのなら、わたくしも冷徹な人間ですわ。……わたくしの心が醜いというのは……事実ですが……」




「それは違うよセレイラ」




「殿下はわたくしを買い被っております。わたくしは……完璧ではございません。些細なことで嫉妬しますし、嫌われたくないあまりに取り繕うこともあります」




「………」




「……わたくしは、ジュリエッタ殿下がいらっしゃった時、『嫌だ』と思ってしまったのですよ?……こんな自分勝手なわたくしですよ……」






 話しているうちに視界がぼやける。そしてポトリぽとりと握りしめた手の甲に落ちる。何も言葉が返ってこない。きっと幻滅されたのだな、呆れられたのだなと胸の痛みを感じながら唇を噛んだ。




 衣服が擦れる音がする。そして靴音が鳴る。


 ウィリアムは去るつもりなのだろう。


 お見送りをしなければと思い、顔を上げて立ち上がろうとして――――腕を引っ張られて抱きとめられた。




 目を白黒させている私。どうすればいいのか分からない。ウィリアムが何故私を抱き締めているのかも分からない。




 嫌われてない、と思っていいだろうか。






「………嫉妬……してくれたのか?」






 その声はほんの少し掠れていて、私の心臓が大きく跳ねる。






「……嫉妬……嫉妬といえば……そうですわね……はい。嫉妬……してしまいました」




「……そうか……私に好意を持ってくれていると、そう思ってもいいか?」




「………はい」






 そう言えばウィリアムはぎゅっと更に力を強めた。それに私は息苦しさも感じたが、その苦しさが嬉しいと思ってしまう辺り、私は狂っているのかもしれない。






*****



……おかしいな。


すこし緊迫した感じが出したかったのですが……


私にはいちゃついているようにしか見えない……


どこで間違えた……?

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