第37話 警告(ウィリアム視点)


ウィリアムが陰でどう動いていたか、のお話です。



*****






『ウィリアム、ジュリエッタに気をつけろ。彼奴は―――危険だ』






 腐れ縁ともいうべきか、悪友というべきか、その男は私に神妙な顔でそう言った。


 ああ。ジュリエッタは危険だ。こそこそと他国で、しかも私の婚約者を狙い、筆頭貴族をも巻き込んでいる。あれを要注意人物と言わなくてどうするのだ。




 続きを促せば、一度目を伏せ、鋭い視線で言う。






『レイがジュリエッタに狙われているんだ。アイツはレイの事を嫌っている。それに……最近動きがきな臭い。近々何かアクションを起こすだろう』






 セレイラの事を「レイ」と呼んでいることはいささか癪に障ることではあるが、それどころではなかった。ジュリエッタは既にセレイラを殺そうと動いている。それが分かりやすい、というか詰めが甘いので、隠したところで無駄である。それに他国の人間が気づくというのは相当だろう。ただ頷いただけなのが気にくわなかったのか、私が既にこの事を認知しているとは露にも思わないアレクは怪訝そうな顔をした。






『これから俺はアリアの公務で忙しくなって、なかなかジュリエッタを監視できない。レイの傍にいることも出来ない。これは本当に危険なんだ。セレイラが二度と帰らぬ人とならないようにしたいのだったら、きちんと守っとけ。あと……フェリス家の――ロビン=フェリスもジュリエッタと接触している』




『……分かった』






 ――出来れば事が起こってもらいたくはない。だが、それは只の夢物語に過ぎない。刻一刻とやってくる。






 ☆☆






 ロビンから度々報告を受けた。


 ジュリエッタと接触し、計画を聞き出してくれている。






『王女殿下は今度の卒業パーティーに決行予定です。僕がセレイラ嬢をダンスに誘い、けがをさせ、部屋に運んだところに、賊が侵入してセレイラ嬢を攫い、魔の森に置いていく、というのが流れです』




『……本当にけがをさせたら分かっているな?』




『はい』




『賊が侵入できるほど、警備は甘くない。セレイラの部屋までたどり着けるわけがないだろう』




『それが、アリア王国で賊を衛兵として雇ったようで。当日は既に城の内部にいます』




『それだとこちらから解雇というわけにはいかないな。……分かった。感謝する』




『殿下はいかがなさいますか』




『ロビン殿ではなく、私がセレイラを連れて行く』




『しかし、王女殿は視察目的で会場にいらっしゃいます』




『ジュリエッタの興味を他に引けばよい』




『ですが、そう簡単にいくでしょうか……』




『大丈夫だ。切り札は持っている』






 アレクがとっておきのものを用意してくれたのだ。只の手紙だが、そうではないらしい。ジュリエッタなら直ぐにわかると言われたのだ。






『左様でしたか……』




『ロビン殿がジュリエッタをけがさせるところだけを目撃させればいい。その部屋には連れていかないようにする』




『僕に考えがありまして、空間魔法で作った空間のなかはいかがでしょう。アイテムボックスの簡易版です』




『それはいいな。本来なら頼みたいところだが……作った本人にしか開けられないのは困る』




『殿下なら問題なく作れるでしょうから、大丈夫ですよ』






 念のため裏に、私の空間魔法で作った部屋の中にセレイラを匿うことになった。


 そうして、ジュリエッタの計画はこちらに筒抜けのまま当日はやってくる―――。






 ☆☆






 綺麗に着飾ったセレイラを連れて会場入りする。今日は彼女の身に危険が迫っている日であるので、少し謹直気味だ。




 いつもならダンスを一度終えたら離れてしまう。不本意ではあるが。


 しかし、私はダンスの途中でジュリエッタが会場入りしてきたのを目の端に捉えると、今握っているこの手を放したくなくなってしまった。




 セレイラを守り抜く自信はある。が……。やはり不安なものは不安である。彼女に怪しまれつつ、3曲踊った。しきたりでこれ以上は踊れない。名残惜しむように彼女の指先に口付けて、そこを去った。セレイラは頬を染めて困ったように笑っていた。




 ロビンがセレイラをダンスに誘う。


 楽しそうに踊るセレイラ。少し嫉妬してしまった。




 そしてロビンは予定通りにセレイラを怪我させようとする。彼は普段、ダンスもマナーも完璧で、物腰柔らかい雰囲気の紳士である。が、今そのロビンがダンスでコケたのだ。よく知っているセレイラは疑問に思ったかもしれない。




 ダンスの曲が終わる頃、私は一旦会場を抜けて、騎士に声をかける。






「すまない。これをジュリエッタに渡してもらえないか?アレクからだ」




「?……畏まりました」






 ほんのり疑問符を浮かべつつも、了承した騎士。それに気が付かないふりをして会場に入っていった。丁度曲が終わって、その衛兵がジュリエッタに入っていこうとして……引き留められた。




 あぁ……忘れていた。この騎士、令嬢達に人気なのだった。


 入った途端、わらわらと令嬢が取り囲み、酷いことになっていた。




 ジュリエッタはロビンとセレイラをじっと見ている。


 まずい。不味すぎる。すると、回避するためか、ジュリエッタを医務室に連れていこうとエスコートし始めた。その歩むスピードは亀であるが。




 騎士があまり令嬢に靡かないタイプだということが不幸中の幸いか、彼はするりするりと壁を越え、ジュリエッタの元にたどり着いた。令嬢達は、行き先が王女だと分かるとササッと身を引いた。




 私は急いでセレイラ達の方に向かう。先程はジュリエッタの事で焦っていたが、今度はロビンがセレイラと密着している事に焦っていた。




 私はロビンからセレイラを取り上げ、腕の中に閉じ込める。耳まで真っ赤にして震えているセレイラを1層愛しく思いながら、私達の計画通りに進める。




 強引だったが、セレイラが怪我をしたことにして、私の作った空間に連れ込む。不安そうな顔をしたセレイラ。






(大丈夫だ。私が貴方を危険な目に合わせない)






 私はセレイラと別れたあと、協力を要請していた、信頼する侍女の元に行った。






『遅くなったな、メリル』




『いえ』




『ではよろしく頼む』






 セレイラに似せてドレスと鬘を被り、化粧を施した。コルセットの苦しさに胃の中のものが出そうになった。これに耐えている女性も凄いと感心する。




 そして、ジュリエッタが指定した部屋にガリレオとメリルを引き連れて入る。ガリレオにも説明しておいたのだ。メリルにはクローゼットの中に、ガリレオは影に隠れてもらった。




 私はベッドに入口に背を向けて入る。


 そして――賊が入ってきて――。


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