第36話 自白する(ロビン、ウィリアム視点)


『ねぇロビン=フェリス。――――わたくしと組まない?』






 組む、とは。


 隣国の王女が、他国の侯爵子息と何を「組む」のだろうか。


 嫌な予感しかしない。少し脅すように声を低くして尋ねれば、思いがけない話題が出てきた。






『アル=ユーフォリアはあの女の婚約者同然の者だった。しかし、アル=ユーフォリアは消えた。そうしたら直ぐにウィリアムとあの女が婚約した。どういう経緯かは、何処を探っても出てこないから尚更怪しいわ。あの女は別にウィリアムの事が好きでは無いのでしょう?それなのにいとも簡単にウィリアムの心を手に入れて、ウィリアムの婚約者という立場も手に入れて。ちゃんちゃらおかしいわよ。だから、そのポジションにはわたくしが居るべきなの。分かる?』






 つまりはセレイラの後釜に自分がなりたい、と、そういう訳なのか。しかし、殿下だからセレイラを預けても良かったのだ。これ以上セレイラを悩ませる訳にはいかないのだ。




 話は分かったが、それで僕がジュリエッタと組むというのは又別の話である。








『私があの女を婚約者から引きずり下ろせば貴方にとっても悪くない話だと思うわよ』






『………?』






『もう一度言うけど、貴方はあの女が好きでしょう?ウィリアムの隣から引き剥がせば、貴方はあの女を手に入れられるのよ?これ以上いい話は無いでしょうに』






 この甘い誘惑に一瞬でも揺らいでしまったのがいけなかったのだ。






『……王女殿下の仰せのままに』






 答えてしまった。


 頭の中では分かっている。


 これが良いのか悪いのか位は、本当に理解はしている。


 しかし、ウィリアムが居なくなったらセレイラは誰と婚姻を結ぶのが得策だろうか、と考えた時に、自惚れ半分事実半分、僕だった。




 まず、彼女の公爵家という家柄に相応しい婚約者のいない者を婚約者候補にする。これだけで2、3人に絞られる。この中で、セレイラに1番歳が近いのは僕で、その上セレイラとは友人として仲が良かったのだから、事実、婚約は即決だろう。公爵令嬢に婚約者がいないというのは、公爵家にとって汚点になる。




 セレイラに婚約者がいないから我が家の汚点だ、とはガストンは言わないだろうが、しかし外聞というのはそう上手くはいかないのだ。セレイラを守る為にも必死に婚約者を探すだろう。




 賢く、常に令嬢らしくあるセレイラだ。その事も十分理解して、拒否はしないことも分かっていた。胸の内に無理を抱えていても。




 自惚れは、とても簡単なことだ。


 セレイラは、アルもウィリアムもいない中で誰に頼るのか。




 思い浮かぶのはガリレオだが、セレイラは従者はあくまで従者、という考えである。逆もしかり。だから、セレイラが何かしら相談したとしても、返しはするが決定的な事は言わないだろう。セレイラもセレイラで、それを追求はしない。




 貴族男性を虜にする彼女は、女子生徒から疎外されていた。社交場では仲良くするものの、茶会に頻繁に招くような、そんな関係の者はいなかった。




 そうなると、僕ではないのか、という考えにどうしても至ってしまう。彼女が本当に頼れる他人は、僕じゃないかと。




 ジュリエッタの部屋を退出した後、僕は自分の愚かさを憎み、そして後悔した。何故僕は「仰せのままに」等と言ってしまったのだろう。あそこで私はジュリエッタを止めるべきだった。




 今からでも遅くない。これはウィリアムに報告すべきだと、彼の執務室に向かった。






 ☆☆






「入れ」






 入室を促され、重々しい扉を開ければ、羽根ペンをもって資料を捌いているウィリアム。顔を上げたウィリアムは、僕の来訪に驚いたのか、片眉をピクリと上げた。僕が彼の執務室に入るのは珍しいからだ。






「ロビン=フェリスです。殿下、突然の訪問をお許しください」




「いや、構わないよ。珍しいな。宣戦布告か?」






 茶化してニヤリと黒く笑っているウィリアムだが、それに僕は笑えなかった。目を合わせられず逸らしてしまう。




 いつもと違う僕に、ウィリアムはペンを置き、真っ直ぐな視線を向けてきた。その様は何処までも王子らしく、今の僕には何もかも見透かされそうだった。






「………何かあったのか…?」




「はい……」






 人の目も少なからずある執務室では、と部屋を変えてくれ、執務室の近くの小部屋に通された。ウィリアムは衛兵に「誰も入室させるな」と言い、今はウィリアムと僕の2人だけで、ソファーに座っている。






「話してくれ」




「実は……」






 ジュリエッタがセレイラを暗殺しようと目論んでいる事。


 そして自分がセレイラ欲しさに目が眩んで了承してしまった事。


 赤裸々に全てを話した。




 見ればウィリアムはそこまで動揺はしていなかったが、考え込み、遠くを見ているその目は温かさを失い、据わっている。暫く緊迫した空気が流れ、嫌な汗が伝った。






「ロビン殿。一応聞くが、ジュリエッタの計画には乗らないよな?」




「はい。フェリス家の名に誓って」




「そうか。……セレイラ暗殺の計画がジュリエッタによって練られているというのは、父上に報告する」




「はい」




「……ロビン殿がジュリエッタに言ってしまったことは、私で留めておく」




「………ありがとうございます」




「だが、そのままジュリエッタの計画に乗ってくれ」




「………どういうことでしょう?」




「ロビン殿はジュリエッタ側の人間として動くんだ。セレイラを暗殺する計画をジュリエッタから盗み、私に報告すればいい。よいな?」




「はい」






 そして僕はウィリアムの前で自分に魔法をかける。


 国王やウィリアムを裏切ってジュリエッタ側につかないように。


 禁止魔法と呼ばれるものだ。






『ロビン=フェリスはシェナード王国国王並びにウィリアム王子殿下に誓う。いかなる時も裏切る事は無い。その覚悟をこの身に刻め。『リストリクト』』




「……?!!なんて事をしたのだ……!!」




「弱い僕をお許しください。必ずセレイラ嬢を救います」




「………そんな風に縛りたくはなかったが……頼む」




「はい」






 体の中が何かに縛られているような心地がしている。けれど今の僕にはこれが丁度良い。しかし、本当はしてはいけないのだろうが、安堵してしまった。






 ☆☆






 ロビンが退出してから私は暫く執務室に向かおうとは思わなかった。少なからずロビンが白状した事は衝撃があったが、そこまででは無かったのはあの男のお陰だろう。




 遡るは2週間前―――。






「ウィリアム王子、少し良いですか?」




「あぁ」






 あの男が私に「王子」と付ける時は真面目な話の時である。自室に呼んで使用人を下がらせた。






「どうした?」




「ウィリアム、ジュリエッタに気をつけろ。彼奴は―――危険だ」




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