第33話 埋めく陰謀(ウィリアム、ジュリエッタ、セレイラ視点)


「さて……いつ捕まってくれるかな、お前は」






 セレイラを部屋に匿った私は、これから対峙するだろう敵の事を思い浮かべた。思ったより冷たい声が出た。コツリコツリと硬い音が響く。




 私が向かったのは会場ではなく別室。


 扉を開けると既に待っていた。






「遅くなったな、メリル」




「いえ」




「ではよろしく頼む」






 ☆☆






 私は少し遅れて会場入りした。


 既にダンスも始まっていたが、今はファーストダンスのようで、ウィリアムとあの女が仲睦まじく踊っている。それに私は広げている扇をぎりりと握りしめる。




 私は本来なら今日の夜会には参加できないのだが、「この国で一番の学園の視察」という名目で参加させてもらっている。ウィリアムは二つ返事でOKを出してくれた。




 本来なら私がそこのポジションにいる筈なのだ。あの女よりも長く彼を想い、身分も高い。セレイラが現れる前までは確実に両想いだった。私には自然な表情を見せてくれるのだ。




 なのになのになのになのになのに。


 どうしてなのよ。何故あの女なの。


 その赤色の瞳は私だけを映すものなの。


 貴方みたいな不相応な奴は視界から消えるべきなのよ。




 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろきえろきえろきえろきえろきえろキエロキエロキエロキエロ……………




 ウィリアムはセレイラと直ぐに別れるかと思いきや、3曲も踊っていた。ウィリアムは恋焦がれるような視線を忌々しいあの女に向けている。本当、何処がいいのかしら。早く目を覚ましてほしい。


 ……でも、今日で終わりね。今日で彼は私のものだわ。


 そう思えば自然と心が落ち着いた。逆に高揚する。




 やっとウィリアムと別れたセレイラ。途端、沢山の貴族に囲まれてしまっている。


 貴族たちがはけてくれないと私の考えたシナリオが台無しである。私の協力者であるロビン=フェリスに首で「行きなさい」と指図する。それを見たロビンは直ぐに動き出した。




 実は、セレイラをダンスで怪我をさせて会場から引かせる、というのが第1段階の作戦なのだ。私は緩んでしまう頬を隠すように扇を口元に持っていく。




 ロビンはステップをわざと踏み間違える。周りは会話に花を咲かせているので、フロアに視線は行っているものの気が付かない。奴はロビンが間違えたことに対して酷く驚いているようだ。そして体勢が崩れ、一瞬笑顔が消えて泣きそうな顔になっていた。




 人の失敗は蜜の味、というがまさにそうだろう。




 私は湧き上がる喜びを噛み締めて、捻って怪我した足で踊るあの女の事が更に馬鹿馬鹿しく思えた。




 すると私は近衛に話しかけられる。「ちっ」と悪態を密かについて社交界用の顔を作り上げる。






「どうなさったの……?」




「アレキサンドライト殿下から封書が届いておりますが……」




「分かったわ。わたくしの侍女に渡しておいて頂けるかしら?わたくしがここで今受け取る訳にはいかないの……ごめんなさいね」






 お兄様、何をしてくれているのかしら。私の計画を全て水の泡にする気?ウィリアムに近づく為のエサとして居て貰っていたけれど、肝心な時に役に立たないわね。




 フッと鼻で笑ってしまった私は目が据わっていたらしく、近衛が息を呑む。あら、いけない。






「しかし……緊急らしく……」




「あら、ではここで開けるわ」






 乱暴な手つきにならないようにしながら手紙を受け取って、開こうとして私は動きを止めた。これは普通に封蝋を外したただけでは開かないと気がついたのだ。




 私達アリア王国の王族は不思議な瞳を持つ。


 昼間は深緑の瞳、夜は赤紫の瞳。


 こうやって時刻によって色が変わるのはどの国の貴族も知っている事であるが、それ以外にもこの瞳は特徴がある。




 大事な物に蓋をする際に、この瞳を持つ者が自身の鮮血を付けて「開眼」させると、普通の目の者はどうやっても開けることは出来なくなるのだ。これを開けることが出来るのは、同じこの瞳を持つ者だけ。




 もともと魔法の理解のないアリアは、魔法で封をする等という事は馴染みのないことでもある。




 この力は外部には決して漏らしてはいけない事で、数々の人の目があるこの場所でこれを開ける訳にはいかない。私はすうっと胸が冷えていく思いを感じながら、口角を上げ続けた。






「………1度部屋に戻る事にするわ。心配しないで」




「はっ」






 会場に後ろ髪を引かれつつ、私は部屋に急いで戻った。






 ☆☆






 真っ白の無機質な部屋。どこを見ても白、白、白。


 ここから出た時に目がチカチカしそうだ。




 ウィリアムが何処かの女性と会っていたら、もしかしたらジュリエッタかもしれないが、私はどうすればいいだろう。




 恋を自覚するのが遅かった。ウィリアムは私に愛想が尽きたのかもしれない。後悔で私の胸は埋め尽くされる。




 会いたい。愛しい。好き。


 だからこそ


 寂しい。悲しい。悔しい。




 ウィリアムルートを実際やった訳ではないが、ウィリアムルートの悪役令嬢はこんな気持ちだったのだと同情する。悪役は悪役でも、彼女はウィリアムを愛していただろうし、それをぽっと出の「セレイラ」があっという間に取ってしまったら、感情のストッパーが効かないかもしれない。




 だからといって悪役になってはいけない。嫉妬に狂い、犯罪になる事をやってはいけない。悪役令嬢の二の舞は避けたい。




 いいや、そもそもウィリアムが女の人と二人きりで甘い雰囲気を作っている所を見ない限り、私はこうやって思うのを止めよう。






『私でいっぱいにして見せる。私が貴方を一生かけて幸せにする。約束しよう』






 あの時貴方がそう言った言葉が偽りでないと信じたい。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る