第31話 事件の前兆(Ⅰ)

 卒業まで残り2週間となった。今日卒業パーティーが開催される。




 このパーティーはシェナード魔法学園の生徒とその関係者のみが招かれる夜会である。学園も噛んでいるという事なので、教育理念の「全ては平等」に沿い、貴族ではない者も招待されている。




 私はこの日の為にウィリアムから贈られたドレスを身に纏って、王城にウィリアムが設けてくれた控え室に置いてある全身鏡の前に立っている。




 胸の下で切り返されたこの紫色のドレスは、背中が大きく空いており、スカート部分が同じ紫でもグラデーションがかかっていてとても綺麗だ。腰の後ろについたリボンが動く度にヒラヒラと舞い、それに合わせてか、今日は髪は完全には結わずに巻くだけにしている。




 結わないが、髪にお飾りが付いていない訳ではなく、細いリボンの髪飾りが後ろに付けられ、これもドレス同様に動くと揺れる。耳には真っ赤な大きなイヤリングが。




 そしてこれは私だけにしか分からないが、ドレスを作っている糸は赤である。これを見て私は苦笑してしまったのは、もう最早当たり前と化している。




 おかしくないかしら、と連れてきた侍女に確認すれば、侍女は目をキラキラと輝かせて何度も頷いてくれた。






「はいっっ!!セレイラ様はこの国で、いえ、この世界で1番お美しい事間違いありませんっ!!」






 その台詞に若干引きつつも、お礼の言葉を返して、うずうずしながらある人を待っていた。ソファーに座って待つべきなんだろうが、皺がついてしまうかもしれないので、ウロウロと部屋を動き回っている。






 こんこん






 来た。






「セレイラ?いい?」






 侍女がドアを開ければ、そこには正装をした王子が優しい微笑みを浮べて立っていた。私はそれがとても嬉しいと思うが、はしゃぐのはみっともないと、傍に駆け寄りたい衝動をクッと抑えて簡単なカーテシーをする。






「ウィリアム様、ご機嫌よう」




「今日も綺麗だ、セレイラ」






 甘い言葉を何食わぬ顔でサラッと言ってしまうウィリアム。私はこの男に毎回やられている気がして、少し拗ねた。






「ありがとうございます」




「ふふっ。私が入ってきた時に駆け寄って来てくれる位になるのが目標だな」






 私の心の中を読んでいたのか、はたまた私と同じ事をウィリアムが考えていたのかは分からないが、そう言ってくれたことが酷く嬉しくて、私は俯き気味になりながら笑みを浮かべる。




 ウィリアムは、今日はネクタイではなくクラバット。濃い紫色のクラバットは、明らかに私のドレスとマッチさせている。シャツとコートとパンツは黒、ベストはクラバットと同じ紫で、胸元で光る王家の紋章は銀糸も使われている。




 彼の耳には、私と同じ耳飾りと同じ宝石と、黒曜石と思われる黒い宝石の組み合わさった物を付けている。かき上げられた髪で色気がプラスされているので反応に困った。




 今日はお互いにいつもより装飾品が派手ではない。普段よりは豪華、という感じか。




 お手をどうぞ、と差し出された手にそっと乗せる。見上げれば嬉しそうに頬を緩ませるウィリアムがいた。その熱視線に当てられて私は顔から火が出そうになり、自然な動きに見えるようにウィリアムから視線を逸らした。




 彼はくつくつと喉の奥で笑っているので、私が目を逸らした理由が分かっているのだろう。悔しい。




 回廊から覗かせる月は綺麗に満月をつくっている。




 会場から漏れる音楽や熱気、話し声。私はウィリアムと準備してきたものが完成したと思うと喜びの気持ちで胸がいっぱいになった。これで無事に何事もなく終了すれば大成功である。




 いつもなら憂鬱な夜会が、今日は珍しくウキウキして楽しみだ。それはウィリアムも同じのようで、月光と魔法で灯された灯りで煌めく瞳がそう言っていた。






「ウィリアム=シェナード殿下、婚約者のセレイラ=エリザベート様入場!」






 扉が開き、私達は会場入りした。入ってきたのが王子であるウィリアムなので、皆こちらに一斉に顔を向ける。だから私の緊張はさらに高まり、粗相を起こさないように、笑顔が取れませんように、と何回も心の中で唱える。私達が一番最後だったようで、入ってから暫くすると学園長や国王から暖かいお言葉を頂いた。学園長は毎年この卒業パーティーで泣いているらしく、今回もスピーチ前半で嗚咽しだした。




 皆きちんと終わるのかハラハラしており、隣にいる彼も一見いつも通りに見えるが、内心代わりたくてうずうずしているのが分かる。雰囲気のちょっとした、よくよく観察しなければ見抜けない位の差だが、最近その違いが面白いほど良くみえるのだ。私は気づかれないようにクスリと零したのだった。




 挨拶が終わり、ダンスが繰り広げられる事になるが、庶民の人達は踊る気は無い様で、それぞれ壁の花・壁のシミに徹したり、料理に食いついているので、ダンスフロアに出て来るのは貴族だけとなるのだが……。困ったことに誰も出ない。




 正式な夜会なら、主催者もしくは王家、公爵家が先に踊ってからではないといけないことと言われている。がしかし。今は正式なようで正式ではない。「学問の上では身分は関係なく平等である」と説く学園主催の夜会で、王族・公爵家――つまり私達が先に踊ってからではないといけないという決まりは無いのである。




 侯爵家までの全ての貴族たちがそわそわとしながらこちらをちらちら見ているので、何とも言えない居心地の悪さだ。「どうします?」と扇で口元を隠しながら小声でウィリアムに問うと、ウィリアムは肩をすくめて困ったように笑った。答えは「しょうがない。やるか」である。




 私は扇をしまい、「私と踊って頂けますか」とダンスのお誘いのお決まりの台詞で手を差し出すウィリアムに、「喜んで」と握り返した。それに周りは明らかにほっとした様子を見せる。未だ慣れないファーストダンスに体が強張る私。それに気が付いたらしいウィリアムは、私の耳元に唇を寄せた。






「大丈夫。私に身を任せて」




「……はい」






 ね?と僅かに頬を染めながらそう言ったウィリアムは、シャンデリアに照らされていて私には一層かっこよく見えた。そしてそれがとても頼もしかった。




 お互いフロアの中央で少し離れ、一礼をする。ウィリアムが「派手なことがしたい」と壁際に居たときに言ってきたので、ダンスの時は軽くでいいのだが、今回は正式な淑女の礼だ。ウィリアムも優美に礼をする。さっきの提案しているときの口元は完全に面白がっているときのものだった、と思い出しながら私は礼をしたのだった。




 音楽が鳴り、そしてお互い歩み寄りダンスの構えを作る。……いつもより距離が近いのは昨日せいだろう。ホールドがいつもよりがっちりしているのも。




 私の目にはウィリアムの微笑みしか映っていない。緊張はしないが、この状況に返ってドキドキする。今すぐ離れたい。しかしこの状態がとてつもなく幸せで、ずっと続けばよいのにと思ったのも本当。離さないで欲しいと思ったのも事実。




 なんて私は強欲なのかしら。そんなわたくしをどうか許して下さいますか?




 ゆったりとしたワルツを踏みながら、そっと彼の瞳に問いかけた。




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