第30話 ドレス採寸


 あれから1ヶ月が経ち卒業まで目と鼻の先となった。至る所で春の香りが柔らかな風に運ばれて漂っている。




 あれからというもの、ジュリエッタからの嫌がらせがある訳でもなく、危ない目に合う訳でも無く、ただ平穏な日々が流れているだけだった。当初私はそれに疑問を感じていたが、最近では全く違和感は感じなくなっている。




 ウィリアムは、もうすぐ開かれる卒業パーティーの手配で大忙しだ。今年は王城で行われるので、例年よりも盛大なものになるようだ。私もそれを手伝ったり、ウィリアムに愛の言葉を囁かれたり……と、ほぼ毎日王宮に通っている。




 休憩の為に、ウィリアムの執務室にあるソファーに腰掛けてミルクティーを飲む。ほっと一息吐くと、ウィリアムが隣に座って「お疲れ様」と声を掛けてくれた。






「楽しんで頂ける夜会になると良いですわね」




「そうだな。………そういえばセレイラにドレスを仕立てたいと思っていたんだ」




「まぁ!この間も贈って下さったのにそんな……」




「気にするな。迷惑でなければ受け取って欲しい」




「良いのですか……?」






 伺う私にウィリアムは私の頭を撫でてニコリと微笑む。「では、よろしくお願いします」と返すと、後ろに控えていた侍女に彼が目線で指示を出す。






「そしたら明日見立てて貰おうか」




「はい」






 そのままゆっくりした私達は、新たな書類の山が執務室に来た事で現実に引き戻され、仕事を再開したのだった。






 ☆☆






 そしてあれから変わった事と言えば、ロビンとジュリエッタが2人でいる事が度々私達の前で目撃されるようになった。しかし、学園の者でその噂をしているのは居ないので、もしかしたら他の貴族達にバレないように上手く工夫しているのかもしれない。




 しかし何故私には見せているのか、それは甚だ疑問だが、ロビンと仲が良いという事で気を許しているのかもしれないと勝手に納得する。




 見掛ける時は双方とも微笑み合い、ロビンが丁寧にジュリエッタをエスコートする様子が見受けられた。ゲームの攻略対象者が間近で恋している様子を客観的に見れるので、私は高揚していた。




 ジュリエッタの双子の兄アレキサンドライトは、最近自国であるアリア王国で何やら起こっているらしく、学園を休んでまでアリアに戻り公務で忙しくしている。偶に会ったと思っても挨拶程度しか話は出来ず、仕事が忙しいのは彼の目の下に出来た隈と、少し痩けた頬から見て取れた。




 なので、この1ヶ月間何も無いのを全く彼に相談出来ずにいたのである。私は何も無ければいいのに、と淡い期待を寄せていた。






 ☆☆






「2人で色とデザインが揃う所があると良いな」




「かしこまりました」




「装飾も最上級の物を頼む」




「御意に」




「後はセレイラの希望に沿うように」




「「はい」」






 有名ブティックの一流デザイナーと、王族が懇意にしている宝石商がウィリアムの希望を嬉嬉と承諾する。私は、あまり派手ではないデザインがドレスでも装飾品でも好きなので、それだけ希望として出した。




 宝石商は宝石を定めに行くそうで帰って行ったが、それと入れ替わりで、私のドレスの採寸をする為、8人程の女性がズラリと部屋に入ってくる。




 よろしく頼みますよ、というウィリアムの言葉に一礼した女性達。ウィリアムは私の額に唇を落とすと、爽やかに風を吹かせて部屋を出ていった。私はこの大勢の前でキスされた事に、穴があったら入りたいと思っていた。






「ではセレイラ様。採寸をさせて頂きますね」






 そう言って体の隅々まで採寸される。






「王子殿下とセレイラ様はお噂通りの仲の睦まじさでしたわ」




「……噂になっているの?」




「ええ!それはそれは!城下ではお二人の恋物語を元にした演劇が流行っているのですよ。王子殿下とセレイラ様の絵姿を待ち侘びている者も多いのです」






 女性達がしかも侍女達までも、うんうんと大きく頷きニコニコしている。その生暖かい視線にむず痒くなった。私は城下にそんな噂が立っているのを知らなかったので、衝撃と羞恥とでごちゃごちゃだ。






「ちなみに……その演劇はどういう物なの……?」




「そうですね……ヒロインである聖女が、自分の魔力が暴走してヒーローである勇者を傷つけてしまうから、婚約を取りやめようとするのですが、2人の縁は切れることは無く、結婚して幸せになるというお話ですのよ〜!愛の力ですわね」




「お名前も、聖女がセレヴィアで、勇者がウィルゼストなのです。王都で一番人気の劇団が公演しているのですよ」






 ……小っ恥ずかしくて涙がでそう。顔を押さえようと動くと、「動かないで下さいませね〜」と戻されるので、真っ赤になった頬を隠すことは出来ない。




 侍女達は微笑んで黙っているだけだが、採寸する女性達は「まぁまぁお幸せそうで何よりです!」「あらあら照れてしまわれて〜」と存分にからかってくるので、顔から火が出そうだ。




 そうして終わったドレス採寸は、書類を捌く何倍もの疲労感を感じたものだった。






(恥ずかしいーーーー!!!!)






 私は公爵邸に帰ってきてから自室のベッドにダイブして、うつ伏せのまま震えていた。




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