第28話 私の愛する人は
え……?異性として好きか………?
そう言われて1層顔が熱くなる。
「わ、わたくしは、その………殿下の事は憧れだったと言いましょうか……。前世の記憶のせいでしょう」
「……ほんとにそう思ってる?」
「………?」
慌てて答えると、アレクは真面目な顔をしてそれは本意なのかと問うてきた。私は彼の意図に気が付かず少し混乱していた。アレクは視線を私から外し深くため息をついた後、再び私の方に瞳を向け近づく。
私は向けられた彼の深緑色の瞳を見てドキリとする。その瞳は僅かに涙ぐみ、優しく熱を帯びながら揺れているのだ。彼は私の頬に手を伸ばし何回か撫でた後、その手を私の顎下に移動させ持ち上げた。
アレクの顔がよく見える。瞳を潤ませながら微笑み、垂れ下がる深緑色の髪は艷麗だ。これで数々のご令嬢が落とされてきたのだと密かに納得する。
これは不味いと思って逃げようとしてもアレクにより逃げ道を塞がれ、ストンと椅子に座らせられる。私は顔を背けたが彼によって向き直させられた。
いつもと違うアレクに私は彼の名を小さな声で呼ぶと、これまで顔色を変えなかった人が真っ赤に顔を染め上げた。私はその変化に驚き、つられて私も照れてしまう。
「………ここで名前呼びは反則だろ……」
顔を背けて何かを呟いたみたいだが、私には聞こえず首を傾げる。目を合わせたアレクは、まだ顔は上気しているものの少し収まったみたいだ。
「………レイ、俺は君が好きだよ」
「………!!!!」
突然の事で身体がピシリと固まり、そして音を立てて心臓が鳴る。私はその気持ちに嬉しいと思うが、彼を異性として好きかと言われればそれは違う。だからアレクの気持ちには応えられない。
「…………ごめ……さい」
掠れた消え入るような声でそう言った。それにアレクはふっと笑って両手を頭の後ろで組んで私に背中を向けた。
「そっか。………やっぱり駄目か〜」
明るく振る舞うその声は僅かに震えていて、無理しているように聞こえた。私はそれに私は胸を締め付けられる。
振り返ったアレクはいつも通りに見えた。そしていつもの笑みを浮かべて、私の名前を呼ぶ。柔らかく、だんだんと春めいてきた風がふわりと吹いて頬を撫でた。
「本当は気がついてるだろう??自分が誰を好きで、愛しているか」
「…………でも………」
「アルがいるから?それは違うんじゃないのかな」
「どういうことでしょう……?」
「レイはアルに会いたい?」
「はい」
「でも、アルは気がつくと思う。レイの気持ちが誰にあるのか。それには敏感な男だと思うけど」
確かにそうだ。ゲームの中のアルは、セレイラが別の攻略者に少しでも好意を表すと身を引いてしまうのだ。それがこの世界でも事実だとしたら、簡単に気が付かれてしまう。
「その気持ちを認めないまま、アルの所にいくのはそれは違うよね」
「……はい」
「………レイは俺が近づいた時ドキドキした?」
「…………」
全く。美しいとは思ったが。
「些細な事で胸が踊って、指先でも触れればドキドキして、目を閉じれば瞼の裏に浮かぶ人。いるでしょう?」
脳裏に浮かぶ人。
それは彼の優しい笑顔で。
それは彼の悔しそうな顔で。
それは彼の甘い香りで。
それは眉を下げ心配する彼で。
それは彼の妖艶な表情で。
それは少し自慢げなあなたで。
それは女性とは違う広い背中で。
それはしなやかな一回り大きな手で。
それは―――ウィリアムの無邪気な輝くような笑みだ。
私はそれにきゅうっと何かに掴まれる。どれを切り取っても私のお気に入りの表情、仕草だ。
私の好きな人―――それはウィリアムであった。
いつからだろう?気がついたら好きになっていたのかも知れない。でも今はそんな事はどうでもいい。これを気がついてからでは遅いではないか。
「………わたくし……婚約破棄してしまいましたわ……」
するとアレクはにっこり笑った。
「大丈夫。よくよく考えたら俺が知らないって事はあり得ないし。学園でも皆知らなかったし。だから婚約破棄はしてないよ。……それにウィリアムが簡単に婚約破棄するとも思えない………」
最後の方は聞こえなかったが、確かに、アレクが知らなかったのは流石に怪しいと思った。しかし同時にあんなに婚約に反対していた父が婚約破棄しなかったというのも信じ難い話であるとも思う。
「レイ。俺はこの国の王子ではない。だから衛兵の位置は変えられない。口をすっぱくしていうけど、これからは今まで以上に自分の身、ウィリアムの身に注意して。本当ならこの先に起こる展開を言うべきなんだろうけど、この話を俺の立場の人間が何の確証も無い状態で簡単に口に出してはいけないようなことなんだ。理解してくれるね?」
黙って頷く私を満足そうに見たアレクは「散歩に付き合ってよ」と手を綺麗な動きで差し出した。私はその手に自分の手を重ね、腰を上げた。アレクのエスコートの元、騎士と侍女を連れて庭園を散策していると、ある二人の人影が見えたので立ち止まる。横の彼を見上げれば、眉間に皺を寄せて警戒していた。じっと視線を二人から離さないアレクの服の袖をクイッと引っ張り、薔薇で出来たアーチの陰に隠れて目の前の男女を観察する。
私は困惑していた。何故この二人が一緒にいるのか分からなかったからだ。そして緊張感を高ぶらせて警戒しているアレクも気になった。何かあるということなのか?
「少し疲れてしまいましたわ」
「では、ベンチで一休み致しましょうか」
黒髪の男性が橙色の髪の女性をエスコートして東屋の中に設置してある白いベンチに向かったのだ。にこやかに微笑みながら談笑する彼ら。その横顔を見なくとも、後ろ姿でそれが一体誰なのか把握することが出来た。
「ロビン兄様……ジュリエッタ殿下……何故……?」
ジュリエッタはウィリアムに恋している筈だ。なのに使用人を一人も付けずに二人で王宮を歩くのはおかしい。アレクとジュリエッタの案内係に任命された貴族ならまだしも、ロビンは任命されていない。二人が王宮で、しかも二人きりでいることに疑問を感じずにはいられなかった。
はっとして後ろに控えているガリレオに目を向けると、表情が表に出ない彼は一瞬変わらないように見えたが、その瞳の奥は悲しみに色づき、動揺で揺らめいている。私は悔しさで唇を引き結びロビンとジュリエッタに視線を戻した。私達には背を向けているので表情は分からないが、会話は辛うじて聞き取れるので無理に動く事はない。
「ロビン様は魔法省に勤めていらっしゃるのでしょう?」
「ええ」
「まあ!素晴らしい魔法の使い手なのね~!」
無邪気に目をキラキラと輝かせてロビンを褒め称えるジュリエッタ。本性を知ってしまった私としては、このジュリエッタの表情が作り物にしか見えなくなっている。ロビンはジュリエッタに手を握られて困惑しつつも、嬉しそうに当たり障りのない返事を返した。
……どう見てもジュリエッタがロビンにアプローチしているようにしか見えない。しかしそれは私の勘違いではないようで、アレクは眉間に皺を寄せて下唇を噛んでいる。やはり妹が自分が面識のあまりない男にアプローチしているのは気に入らないのだろうか?ロビンなので心配は必要ないと思うが、あえて言わずに放っておく。
私はジュリエッタがロビンに好意を寄せていることが引っ掛かっていた。いずれこうなる予定だったのだろうか?でもこれでエンドは後味が悪いにも程がある。アレクの警告するイベントが起こっていないのに終わったとは思えない。しかし、悪役令嬢役のジュリエッタがいなくなった今、何が起ころうとしているのだろうか。
この時は分からなかった。上手に私がジュリエッタに嵌められていることに。
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