第26話 娘の我慢の裏で(ガストン視点)
セレイラの父ちゃん視点です。
*****
娘が部屋に来た。何事かと思い問う。
「失礼します」
「セレイラか。どうした?婚約破棄か?」
からかってやろうと、冗談で婚約の事を持ち出した。セレイラの事だから「そんな訳ありませんわ」と笑って言うだろうと思っていたが大誤算だった。
「はい」
真剣な顔つきに私はその後に続ける言葉を上手く紡げない。漸く出た自分の声は酷く情けなく、掠れていた。
「……セレイラ。本気か…?」
「はい」
その表情は微動打にしない。それだけ意思が硬いということか。しかし私は王宮で度々ウィリアムといるセレイラを見てきた。どうしても娘が婚約破棄を自分からするとは思えなかったのだ。
だからウィリアムは少し気に食わないが、セレイラが許す相手ならと自分の感情を抑えてきたのだ。ウィリアムが何かセレイラが嫌がることをしたのか?という考えが頭を過ぎるが、直ぐに違うと撤回する。
ウィリアムを見れば分かる。
長年セレイラに想いを寄せ大胆なアプローチをするウィリアムを見て、私は何度引いたことか。そんな彼がセレイラに嫌われるような事をするとは思えなかった。
「……何が嫌だったんだ……?」
「……殿下には、慕っている方がいらっしゃいます」
「は……?」
いやいや、ないない。毎日侍女やガリレオから報告が上がるのだ。ウィリアムのセレイラの溺愛っぷりは父親として危機感を覚える程である。しかもついさっき、セレイラが疲れているから寝かせると言われた。その時も、結婚していないのに破廉恥な事をするつもりかと、つい眉を顰めたが、ガリレオからそんな事はないと言われて安心したのだ。
社交界では「憧れのカップル」認定されている2人だ。
私の目がおかしい訳では無い。
「それにわたくしではあの方に相応しくありませんし」
それも間違っているよセレイラ。
自慢では断じて無いが、公爵令嬢である娘はそれだけで十分にウィリアムに相応しい。それに加えて社交界の花と呼ばれる娘。貴族達が反対する訳が無いのだ。昔はある令嬢の圧で反対されていたが、その令嬢も断罪されて今は皆に祝福されている。
セレイラは何を勘違いしている?
「ま、待て。セレイラ、落ち着け。もう一度よく考えなさい」
慌てて私は説得を試みる。
確かに、婚約を結んだ当初は父親として反対していた。アル=ユーフォリアに恋しているというのは知っていたのだ。余りにも残酷な別れをした娘に、一見政略的とも取れる婚約は辛い。
しかし、最近のセレイラは随分と楽しそうに、嬉しそうに顔を綻ばせるのだ。その表情は嘗てアルに向けていた表情そのもので。だから私は直ぐに悟った。
2人は両想いなのだと。
「考えた結果がこれです」
だがセレイラは頑なに拒否をする。が、段々と仮面が剥がれてきた。きっと私が直ぐに了承すると思っていた為に混乱しているのだろう。
よく見れば、娘の目尻は軽く濡れていた。目は充血し、声は辛うじて震えていないレベルで、あと1歩で全てが表れるだろう。
何があったのかは今の私には分からない。
だからガリレオに聞くべきだという判断をした。
「お前の気持ちは分かった」
――――お前が本心で婚約破棄を望んでいないことを。
ガリレオに目線で指示を出し、セレイラ達を下がらせた。
暫くした後ガリレオは険しい顔で入ってきたのだった。
☆☆
私は数日後国王に殴り込みに行った。
「おい、家の大事な娘が昨日婚約破棄したいと言ってきたぞ。どういう事だ、説明しろ。あ゛?」
「は………?え?待てガストン。婚約破棄って何の話だ?おい、落ち着け。その目は怖い殺されちゃう」
「あ゛?!」
「ひぃっ……!」
本来なら主人を護るべき衛兵は、私と国王の関係を知っているので余程のことがない限り動かない。どちらが権力持っているんだかという呆れた目で国王を見ている。………それは衛兵としてどうなんだとジト目で見てしまった。
「なぁ……ガ、ガストン。セレイラ嬢が婚約破棄したいというのは本当の話か……?」
「あぁ。だが………セレイラの本心では無い気がしてならない」
「………?」
「セレイラはな、『殿下には、慕っている方がいらっしゃいます』、挙句には『わたくしではあの方に相応しくありません』とも言ったんだぞ」
「……………」
友人の顔がどんどん蒼白してゆく。ウィリアムがセレイラを溺愛しているというのは有名な話であったし、セレイラもウィリアムに恋しているというのは近い間柄だけで知る事では無い。国王もまさかと思っているのがよく分かった。
「で……ガストン。了承したのか……?」
「した方が良かったですか?」
「いやいやいやいやいや」
全力で首を振られた。私としては婚約破棄は万々歳だが、セレイラの幸せを考えると婚約破棄はすべきではないと思うのも本当だ。公爵令嬢という立場に縛られたセレイラは本当に困るほど優秀で、私は親らしいことも全くやってあげられなかった。だが、そんなあの子が無理しているところを初めて見たのだ。
「あと、ウィリアム王子とジュリエッタ王女の件で耳に入れたいことがある」
これが原因だと思っているところだ。国王は知らないだろう。知っているならばとっくに動いている筈だからだ。
「ジュリエッタ王女が嗅ぎまわっているらしい」
「あの子が?」
「そうだ。それとセレイラが嫌がらせを受けている」
「……」
王族の表情になった私の学友は頬杖をつき悩んでいた。これで一先ずは大丈夫だろう。
☆☆
私がこの話を知った経緯はガリレオのある報告からである。
いつもあまり表情のない彼だが、あの日は私にも分かるほどの緊迫ぶりだった。
「ガリレオ、ここのところのセレイラはどうだ?」
「お嬢様は少し無理をされています。休息を提案したのですが断られました」
やはりか。
「それと……何者かは分かりませんが今日毒入りの菓子が送られてきました」
「何……?!それをセレイラと殿下は知っているか?」
「いえ。お嬢様が眠っていらっしゃる時でしたので。ウィリアム王子殿下はご存知です」
「……分かった。他に気になったことはあるか?」
「……先日ジュリエッタ殿下の私室からお嬢様が出てこられたのですが、頬が赤く腫れておりました。理由は聞けませんでした。それからというもの、ジュリエッタ殿下から呼び出される事が多くなりました。それも妙で……」
「妙?」
「はい。侍女と護衛は毎度席を外すように言われますし、いつもものの10分でお嬢様は退出なさります」
仲が良くなっただけではないかと思ったがどうやら違うようだった。詳しく調べてみる必要が出てきたので独自に調査した結果が、ジュリエッタが裏と繋がり詮索しているというものだった。あの夜会の日に抜け出して"青龍に間"に行っていたという情報もある。他国の者が嗅ぎまわっているというのは、例えそれが隣国王女だとしても非常に面白くない。
ガリレオによれば"青龍の間"には魔法が付与されていて中で起こっていることが全く分からないらしい。複雑に組み込まれているそうだ。知り合いの宮廷魔導師に聞いたが、"青龍の間"にはそんな魔法は掛けていないと言う。調べれば調べるほどきな臭く感じる。
しかも、セレイラと仲の良く、婚約者有力候補者だったフェリス家の長男も絡んでいるようで、益々笑えない。ウィリアムは気が付いているだろうか。放っておけば悲惨なことになる。そこで国王にまず報告したのだった。
雷が轟き、不穏な雲が空を覆っていた。
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