第24話 密かな願い(ウィリアム視点)


「ウィ……ウィリアム様っ!!これは…!」






 セレイラが涙目で必死に抵抗する。私はそれを見て本来の目的から逸れて理性が吹っ飛ぶ所だったが、ギリギリのところで持ち堪える。セレイラに馬乗りし、彼女の退路を絶っているのでセレイラは狼狽えていた。ベッドの上にセレイラのプラチナの髪が扇を描いて広がっている。




 彼女をからかうのが段々楽しくなってきたので、もう少しふざけてみる。こんな所をガリレオに見られて、それがセレイラの父であるガストンに見つかれば大変な事になるが。




 私はわざと妖艶に微笑んだ。………いや、もうすぐ理性が欲求に押されて吹っ飛びそうなので、90%本物かもしれない。第3ボタン辺りまで開けたシャツをチラッと指で捲るのも忘れない。






「~~~~っ!!!」






 顔を真っ赤にしてふるふると震える様子が、小動物のようだ。そろそろ止めておこう、セレイラの為にも自分の為にも。




 私は彼女の目を片手で覆い、初級中の初級である「安眠」の魔法をかける。この魔法は属性を問わない魔法の1つなので、魔力がある者は誰でも使える。




 目元を急に覆われたセレイラは目をぱちくりするので、私の掌に彼女の長いまつ毛が触れて擽ったい。「安眠」をかけると直ぐにセレイラは眠りについた。




 私は自分の格好を直し、ベッドの脇にある椅子に座る。そして小さな頭をゆっくりと撫でた。






 ―――こんなに青い顔して。






 王妃教育は、公爵令嬢のセレイラでも辛いはずだ。母が「あんなものもう一度やれって言われたら、言ったその人を抹消するわ」と恐ろしいことを言う程である。




 それに加えてジュリエッタとアレクの案内役、更には魔法学園に通わなくてはならない。夜会も最近あったせいか睡眠時間も削られ、体力的にも精神的にもそろそろ危ない。




 規則正しい寝息を立てて、無防備な表情で眠るセレイラに私は笑みを零す。




 そろそろ従者なり侍女なりが入ってくる頃だろう。その前に、私は彼女が聞いていないうちに言ってしまいたい。残念ながら今の私はセレイラに面と向かって言える自信が無いのだ。






「セレイラ……私には何が足りない?アル殿にあって私に無いものは何だ……?どうすれば貴方を笑顔にさせてあげられるんだ……?どうすれば……私に心を開いてくれる?」






 セレイラのいつも以上に白い頬を親指の腹で撫でながら零す。勿論その答えは帰ってこない。




 私は何でもそつなくこなしてきたつもりだ。しかし、セレイラの事に至っては、自分もつくづく男だなと思ってしまう。




 セレイラが私と話す時は外面的である。素の彼女を見たのは、アルの病を明かした時と、先程色仕掛けをした時のみ。何れにせよ、アルやロビンといた時のような破顔は見たことがない。




 私はセレイラの具合を見ようと、彼女の元に向かっている時だった。回廊でアレクとセレイラが話しているのを見て、セレイラが如何に自然かは直ぐに見て取れた。それが面白くなかった。




 胸元が開いている服を着ていたアレクは、持ち前の腕でセレイラに接近する。泣きほくろ野郎はどっか行けと本気で殴りそうになった。お互いに「レイ」「アレク」と呼んでいるのも、胸がムカムカした。




 私は見逃さなかった。ふざけているように見えて、アレクの瞳に熱が灯っていた事、欲情的に色づいていた事。私はそれを見た瞬間、ブチリと何かが切れた音がしたのだ。




 だからそれに対抗するように私もセレイラを押し倒してしまった。やはり少しやり過ぎたと後から反省する。




 しかし、こうして考えてみるに、やはりアル=ユーフォリアという男は格別だったのだなと半分しみじみ、半分悔しく思う。セレイラを真に幸せにしてあげられるのはきっと彼だろう。




 が、そのアルはもう帰っては来ない。だからこそ私の元に来たのだ。




 セレイラはまだアルの事を整理出来てはいないだろう。整理なんて一生出来ないかも知れない。セレイラの心の中には絶対にアル=ユーフォリアは居て、そしてアル=ユーフォリアの中にもセレイラがいる。




 セレイラにはアルを抹消しろとは言わない。




 だが、アレクは違う。


 実を言えば、セレイラの中にアルがいる事も嫌だ。その胸の中を私でいっぱいに出来たらと何度も思う。




 ぽっとでの隣国のチャラ男にセレイラを持っていかれてたまるか。彼女を幸せにするのは私だ。それはアルとの約束でもあるし、私の意思でもある。




 アルがセレイラを託したのは、日頃から彼女が慕っていたロビンでは無かった。寧ろ避けられていた私だった。それがどういうい意図かは分からない。ただ私が王族だったからかもしれない。




 どんな理由であれ、私はセレイラという1女性が好きで、アルの意志に応えようと思うのは変わらない。




 いつもより小さく見える目の前の彼女をじっと見つめて、私は改めて思った。愛しくて、これ以上の存在はない。




 私はひっそりと彼女に近づき、前髪を左手で上げた。そこにゆっくりと唇を落とした。丁度離れた時、ノックが掛かったのでドアを開け、ガリレオと侍女を入らせる。






「ガリレオ、セレイラは疲れているようだったから魔法で眠らせたよ」




「……そうでしたか。気が付きませんでした。ありがとうございます殿下」




「もう帰る予定なのか……どうする?」




「………旦那様に確認させて頂きますので、まだ起こさないで頂けますか」




「あぁ」






 セレイラが起きないように小声で会話する。ガリレオがドアから出る時、急ぐ余り腰に下げていた剣がカチャリと音を立てたが、その瞬間彼はビクッと肩を揺らし、忍び足でドアから出ていった。




 セレイラの事を大事にしている事が、その行動1つとっても分かり、私は思わず失笑する。ナマケモノに引けを取らない遅さで腰を曲げて忍び足する様子を思い出したのだ。彼女を起こさないように声を抑えているので喉がクッと鳴る。




 少し経ち、漸く笑いが収まった私はセレイラの寝るベッドに腰掛けて彼女の一回り小さな細い手を握りながら密かに我儘を言った。






「私の事を『ウィル』と呼んで欲しい」






 そして私を好きになって欲しい――――。






 声に出した所は後者より小さくて細かい我儘だが、後者の願いは簡単には叶わない。いつか、いつかでいい。少しでも彼女の心の拠り所であれれば良い、と、その言葉がじわりじわりと胸にしみた。




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