第22話 分からない


「セレイラ様、ジュリエッタ様がお呼びでございます」






 ある日突然ジュリエッタ付きの侍女に呼び止められた私は、彼女が泊まっている部屋に共に向かう。私は呼び止められて、誘われて、「嬉しい」と言うより、これから起こるイベントにドキドキしていた。




「花畑でプロポーズ」の第1作目はプレイした事があるので、対策も練る事が出来たが、私は第2作目は全く知らないのだ。これからジュリエッタに何をされるか分からない。アレクに聞いても「それ言ったら面白くないでしょう?」と誤魔化されるので、むくれていた所だった。






「ジュリエッタ様、セレイラ様を及び致しました」




「入りなさい」






 入ると、ジュリエッタはドアに背を向けていた。どうやら本を読んでいるようだ。そして客人を放置である。




 それは王女として如何なものかしら―――。




 セレイラの血がザワザワと喚き声を上げ、自然と眉間に皺が寄る。私は佇まいを整えカーテシーをした。






「ジュリエッタ殿下、御機嫌よう「貴方のせいでわたくしはご機嫌はよろしくなくてよ」」






 本が音を立てて閉じられ、そして私の挨拶の途中でジュリエッタは冷たく言い放った。王女付きの侍女は流石と言うべきか、真顔で佇み、その表情からは感情が読み取れない。ジュリエッタは私に背を向けたまま引き続き、感情を乗せずに口を開く。






「………貴方に話があって今日は呼んだのよ」




「はい」




「貴方、片思いしている人が居るようね?」






 何処からその情報を得たのか?


 いや、アルと結ばれるためにあの手この手で気を引いていたのその情報は王女からすれば割と簡単に調べられたのかもしれない。






「………」




「沈黙は肯定と取るわ。ねぇ、いい提案があるのよ」






 するとやっとジュリエッタ立ち上がり、私に体を向けた。口元は扇子で隠されており、その目こそ笑っては居るものの、そうでは無いことが彼女が纏う空気からよく分かる。




 私はこういう時こそ恒例の公爵令嬢の仮面を貼り付けて対応する。僅かにジュリエッタがそれに動揺した。






「ウィリアムと婚約破棄して頂戴」






 その言葉に私は狼狽えたものの、そこまでショックは無かった。いや、実際言われたショックは勿論あるが、予想はしていたので虚を突かれたという意味でのショックは無い。




 でも―――――何だろう。この胸の痛み。叫び。


 私はアルと婚約したいのに、ウィリアムとの婚約破棄をまるで望んでいないとでも言うように身体が必死に騒ぐ。




 脳裏に浮かぶのはこの間のウィリアムの少し頬を上気させた温かい、愛しいものを見るような笑顔。




 婚約破棄したくない。


 婚約破棄したくない。


 婚約破棄したくないよ。






「お断り致します」






 ジュリエッタは盛大な溜息をついた。






「王女命令よ」




「それでも……お断り致します」






 そう断った瞬間、私の頬に痛みが走った。最初は何が起こったか理解出来なかったが、私は後から頬を叩かれたのだと知る。




 私より身長が低いが、目の前にいるジュリエッタは大きく見えた。私はまだジリジリと痛む頬に手をやりながら、ジュリエッタを微笑んで見る。




 ジュリエッタには乗せられない。絶対に。




 きっとジュリエッタは、叩かれた私が悲しむ顔が見たいのだろう。しかし、第1作目でだてにヒロインやっていないので、これ位の悪役からの可愛い仕打ちは手馴れたものだった。割と第1作目の悪役令嬢が強烈だったのだなと思う。




 ジュリエッタはミシミシと扇子が軋むほどに強く握り締めた。そしてふいっと私に背を向けると、「出ていきなさい、目障りよ」と侍女に私を連れ出すよう、顎で指示を送る。




 私礼をした後に、侍女が開けたドアをさっと通る。私が部屋から出た瞬間、直ぐにドアが閉められた。




 片方だけ頬が赤くなっている私を見た衛兵が、少しギョッとしていたが、ふふっと微笑んで切り抜けた。すると「ジュリエッタ様!」と後から呼び止められたので私は振り向く。






「暫く仕事を空けてしまい申し訳ありません」




「いいのよ、ガリレオ。お父様とお母様のご指示でしょう?」




「はい」






 その場で跪いたガリレオを立たせ、自分の部屋に向かう。彼は赤く腫れている頬を見て一瞬目を細めたが、直ぐに気が付かないふりをする。




 ガリレオは父の仕事に付き合っており、つい先日の夜会の日に帰ってきたが、夜も遅く、その日には顔を見られなかった。夜会の後も数日あったが、これまた次は母に呼ばれて空けていて、やっと今私の斜め後ろに居る。




 部屋に戻ってきた私は、侍女に頬を見られてギョッとされ、たった1つのなんて事ない炎症なのに、一大事とでも言うように魔法で冷やされる。






「もう平気よ。ありがとう」




「いえ、セレイラ様。まだ収まっておりませんので」






 3人掛かりで頬の赤みを介抱される令嬢。私付きでもない侍女からも信頼をされる事に嬉しくも思いつつ、これは流石に度が過ぎているのでは無いかと苦笑した。




 私は3人を制し、自分で左頬に治癒魔法をかける。赤みが引いて右頬と同じになった。






「ね?大丈夫でしょう?」




「はい……しかし……何故そのような怪我を……」






 3人とも心配そうに眉を下げているが、私はそれに答えられない。きっとセレイラなら侍女にはこの事を言わないし、私自身も侍女には打ち明けようとは思わない。




 私は黙って首を振り、にこりと微笑んだ。




 ―――聞かないでね。




 侍女達は一礼をした後、それぞれの仕事に戻った。侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら窓の外を眺める。今から王妃教育に行かなくてはならない。辛いが、アルと結ばれるためには―――?




 ???




 おかしくは無いだろうか。


 私はジュリエッタから婚約破棄を願い出された時、素直に頷くことが出来なかった。私はウィリアムとの婚約破棄を拒んでいた。




 アルと結ばれるためにはウィリアムとの婚約破棄は絶対条件である。なのに何故……?




 ウィリアムと離れると思うと埋めようのない寂寥感を感じるのは。ウィリアムと共にいると心が落ち着くのは。ウィリアムの笑顔を見ると心臓が早鐘を打つのは。




 苦しい。




 私は痛む胸の辺りの服をギュッと握り締め、雲8割の空を見て自分と重ねたのだった。






「セレイラ様!肺が痛むのですか?!」






 と、侍女達が大騒ぎしたのはまた別の話。




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