第21話 仰せのままに(ロビン視点)


「フェリス次期侯爵様?」






 ソプラノが僕の後ろから聴こえたのでにこりと顔に穏やかな表情を貼り付けて振り返る。




 そこには黄色の華々しいドレスを身にまとった姫――ジュリエッタがほんの少しだけ口角を上げて佇んでいた。その独特な色の目の奥は真剣味を帯びており、警戒する。




 僕は失礼のないよう型通りの挨拶をした。






「ジュリエッタ王女殿下。この度は長旅お疲れ様でございました」




「そんな堅苦しくならないで頂戴。少し貴方と話したい事があるの。名前で呼ぶわね?」




「仰せのままに」




「ではロビン様、5分後『水龍の間』にいらっしゃい」




「はっ」






 ジュリエッタから言われた通り、このホールから真反対の部屋である『水龍の間』に僕は向かった。






 ☆☆






 こんこん






「殿下、ロビン=フェリスです。開けてもよろしいでしょうか」




「入りなさい」






 開けると紅茶を優雅に啜り、マカロンに手を伸ばすジュリエッタが居た。月光がジュリエッタを照らし、横顔がくっきりと影をつける。音もなくソーサーとカップをテーブルに置くと、ジュリエッタはこちらを見ずに話し始めた。






「ロビン様、単刀直入に聞くわ。セレイラさんの事をどう思って?」






 横顔の上に、光の加減のせいで影が出来ており、その表情は読み取りづらい。僕はその質問にどう答えるか迷っていた。ジュリエッタの声は、面白がる様子もなければ蔑む様子もなく、何の色もついていなかったのだ。僕の答えがどんなものかでこれからの成り行きが決まっていく。






「……セレイラ嬢を僕は尊敬しております」






 嘘では断じてない。しかし、これが全てではなくかなり濁した。


 ジュリエッタは暫し何も言わなかったが、突然大笑いをし始めた。僕は眉を顰めてジュリエッタをじっと見る。




 笑い切ると、スイッチを切り替えるように真顔になると、ジュリエッタは僕の方に向いた。瞳に光は宿っておらず、不穏な空気が流れる。






「わたくしが求めているのはそんな事では無いのは分かっている筈よね?」




「………」




「……口を開きそうにないから、もうわたくしから言うわ。貴方、セレイラに想いを寄せているそうね?」




「………」






 肯定も否定もしない。これが1番いいと思う。不敬かもしれないが、何か嫌な予感がするので、向こうに悟られない様に薄らと笑顔を浮かべた。




 ジュリエッタは1つため息をつくと、ギリッと僕を睨みつけた。僕はその目にしっかりと自分も合わせる。






「アル=ユーフォリア」






 突如小さな口から紡がれたアルの名前に僕は思わずギクリとしてしまう。それを見逃さなかったジュリエッタは、ニヤリと口の端を引き上げる。不味い、と思ってももう遅いことは分かっていた。






「セレイラさん……違うわ。あの女が好きなのはユーフォリア家の者よね。今は雲隠れしているみたいね」






 良かった。“白の騎士団”の情報は漏れていない。しかし、セレイラを「あの女」呼ばわりするジュリエッタを見て、不確かだった考えは確信に変わった。




 やはり、ジュリエッタはウィリアムの婚約者となったセレイラを疎んでいるのだ。




 兼ねてからジュリエッタとウィリアムが仲睦まじい事は知っていた。もしかしたら2人は婚約するかもしれないと貴族の間で噂になるほどだった。しかし、実際には2人は婚約すること無く、ウィリアムがセレイラに恋をした訳だが。






「ねぇロビン=フェリス。――――わたくしと組まない?」






 すっと立ち上がり、腕を組みながら僕の目の前に来たジュリエッタは、扇子を僕の胸にぽんとつけた。






「……詳しくご説明頂けますか。説明無しにその話に乗るのは些か……」






 視線を合わせ、1トーン声を低くして尋ねる。するとジュリエッタは扇子を僕の胸から離し、鼻を鳴らして腕を組んだ。






「良いわよ。説明してあげるわ。よく聞く事ね」




「ありがとうございます」




「アル=ユーフォリアはあの女の婚約者同然の者だった。しかし、アル=ユーフォリアは消えた。そうしたら直ぐにウィリアムとあの女が婚約した。どういう経緯かは、何処を探っても出てこないから尚更怪しいわ。あの女は別にウィリアムの事が好きでは無いのでしょう?それなのにいとも簡単にウィリアムの心を手に入れて、ウィリアムの婚約者という立場も手に入れて。ちゃんちゃらおかしいわよ。だから、そのポジションにはわたくしが居るべきなの。分かる?」




「………話の経緯は理解致しました」




「そう。私があの女を婚約者から引きずり下ろせば貴方にとっても悪くない話だと思うわよ」




「………?」




「もう一度言うけど、貴方はあの女が好きでしょう?ウィリアムの隣から引き剥がせば、貴方はあの女を手に入れられるのよ?これ以上いい話は無いでしょうに」






 扇子をパチンパチンと動かしながら、くすくす笑うジュリエッタ。僕はジュリエッタの誘惑の言葉に、頷きそうになってしまった。




 ――なんて美味しい話だろう。




 そう、欲に負けそうになったのは事実である。僕自身の緩さに苛立ちを覚え、ギリッと歯軋りをする。






「聞けばウィリアムはあの女に無理矢理婚約させたそうじゃない。嘸かしあの女も苦しんでいるでしょうね?あの女を解放させてあげられるのは誰かしら?」






 ねぇ、貴方でしょう?と暗に伝えて来たジュリエッタは、先程同様扇子の先を僕の胸につける。彼女の口元は綺麗に、そして悪戯に弧を描いていた。




 もう一度僕は良く考える。


 この話に乗れば終わりである。セレイラが全くウィリアムに興味がないと言う事はないと、今日の夜会で思ったのだ。今2人を離すことはしたく無いという思いがある一方で、今なら引き離しても……と思うのは性格が悪いだろうか。




 頭では分かっている。これがいけない事だというのはとっくに。


 しかし―――キッパリと拒否が出来ない。




 うじうじする僕に更に追い打ちをかけるようにジュリエッタは言葉をかける。






「貴方のあの女に対しての想いはそんなものなのかしら?わたくしに愛しの人を『あの女』呼ばわりされるのは気分が良くないのではなくって?」






 挑発するように僕の胸を何度も扇子で啄く。赤紫の瞳がその時は赤黒く見えた。喉をゴクリと鳴らして唾を飲み込む。僕は1度瞼を伏せ、天を仰ぎ、ジュリエッタを見る。




 得意そうに微笑んで顎をクイッと上げる様子は、今社交場にいる者達からすれば想像出来ない高飛車な姿であった。その表情は僕の答えを知っているかのような、見透かしたようなものだった。






 ――――ご名答ですよ。ジュリエッタ王女殿下。










「……王女殿下の仰せのままに」










 僕はジュリエッタにそう言った。


 ジュリエッタは今日1番の黒い笑みを浮かべ、首元からオレンジの髪を手でサラリと払った。

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