第17話 夜会(Ⅱ)

 


「……?」






 ロビンの言っている意味がよく分からなくて首を傾げたが、「分からなくていいよ」と声を出して笑いながら彼は言った。私がそれに拗ねていると、少しずつロビンは落ち着きを取り戻した。






「ふふっ、ごめんねレイ。ちょっと殿下とレイが可笑しくて……」






腹を抱えて喉を鳴らすロビン。笑いでスイッチが変わったロビンの私の呼び方が「セレイラ嬢」からいつもの「レイ」になっている。しかし私はそんな事よりウィリアムへの不敬罪になるかもしれないと危惧していた。






「わたくしは良いですけれど……ひょっとしたらその言葉は不敬罪になりかねないです……」




「どうかな……?……それはそうとレイ」






 にこやかな表情とは一変し、至って真面目―――いや、微笑んではいるのだが―――な表情になってロビンは切り出した。私は次の言葉を息を呑んで待つ。






「あの珍しい白・い・薔・薇・の在処が分かったんだよ。知りたい?」






 白い薔薇とは“白の騎士団”の事だろう。私はこくりと直ぐに頷いた。するとロビンは腕を組み、会場を真っ直ぐ見ながら話し始めた。






「その薔薇はね、北にあるんだ。国境付近に咲いているよ」




「他に特徴はございませんの?」




「それが……結界が結構厚くて、しかも巧妙に出来ているからイマイチその他は分からなかったよ。ごめんね」




「そうなの……ありがとう、ロビン兄様」






 暫くの沈黙が流れ、ロビンは、アルの事を思い出して寂しくなってしまった私を覗き込み、あの蕩けるような柔らかい笑顔を向けた。それに安心した私はにこりと笑顔返した。




 そして視線は自然とウィリアムの方に向く。大臣などと会話をしているウィリアムは真剣な顔をして話をしている。するとそこに、アレクとジュリエッタが大臣らに挨拶をしにやってきた。




 ジュリエッタは自然な動きでアレクから離れてウィリアムの隣につく。昔から仲が良かったという事もあり、それには誰も疑いも訝しみもしないようだった。




 ジュリエッタとウィリアムが仲睦まじく話をしている。


 ジュリエッタがウィリアムの腕に触れた。


 ウィリアムの笑顔がジュリエッタに向けられる。




 それがスローモーションで私には見え、胸にグサリと何かが突き刺さる。モヤがかかったような、胃がムカムカしたような、心臓が痛いような。




 私は何故か涙が出そうになり、顔ごと彼らから背けた。ロビンからの視線をずっと感じる。するとロビンは私に、






「セレイラ嬢、私と踊って頂けませんか?」






 と畏まってダンスを申し込んだ。


 私はロビンの優しさに更に泣きそうになった。私はその助け舟に乗っかることにした。




 侯爵家の人間として育てられてきたロビンとのダンスはとても踊りやすく楽しい。踊っている最中、ロビンは冗談などを言ってくるので吹き出してしまった。お陰で心のモヤがほんの少しスッキリして、笑い合いながら私達はダンスフロアから抜けて壁に寄った。




 このズキリとした痛みは何なのだろう。


 もしかしたら婚約破棄をしてしまうという事の罪悪感なのかもしれない。きっとウィリアムは私には表情を取り繕って、笑って「良いよ」とでも言うだろう。だからそれが苦しいのかもしれない。




 壁に寄ると、ウィリアムがスタスタと私達の所にやってきた。そして深い笑みを浮かべながら、握られているロビンと私の手を離して私達の間に入った。私は今背中だけしか見えないが、冷気が漂っているので表情が芳しくないのは直ぐに分かった。




 横から覗いて見えたロビンの顔は引きつっているが、目の奥は好奇心で色づいている。これが1つ年上の貫禄というものなのだろうか。ここまでのウィリアムの殺気とも冷気を受けて平然とした態度になるのは流石だと思った。






「これはこれはロビン殿。とはいつもありがとう」




「いえ、殿下。こちらこそセレイラ嬢には良くさせて貰っているのですよ」






 垂れ目の目が笑うことでもっと柔らかくなり、ご令嬢達も嫉妬してしまう程の可憐な笑みを浮べてウィリアムに返したロビン。そのロビンの飄々とした言葉で更にウィリアムは場の温度を下げる。




 これはいかんと思った私は、ウィリアムに、「殿下、わたくしは少し具合が悪いので、申し訳ありませんが退出させて頂いてもよろしいでしょうか」と小声で訴えた。勿論嘘である。




 すると、ウィリアムは一気に冷気を引っ込めて、私の腰をホールドすると、会場の出入口に一直線に向かった。




 これで良かった、と思った私が馬鹿だった。




 私の姑息な嘘はウィリアムにはバレバレで、「……あそこで言ってくれて助かったよ」と彼は笑顔では言うものの、どんどんと周りの温度が降下してゆく。




 わたくし何か殿下を怒らせたかしら……?




 怒らせて、嫌われて、そうすれば婚約破棄は順調ではないか?


 そう思うが、心がズシンと重くなる。




 チラチラと様子を伺いながら黙ってウィリアムについて行った。向かった先は王宮内のとある部屋。私はソファーに座らされ、その横にピッタリとウィリアムがくっついて座る。




 ……目の前にもソファーがあるのに。




 と、若干のジト目で見てしまった。


 ずっと私はウィリアムを探っているが、一向に何も喋ろうとしないので、勇気を振り絞って尋ねる。






「殿下……わたくし、何かしてしまいましたか……?」






 ウィリアムは私に目は合わせないが、私のプラチナの髪をくるくると指に絡めて遊んでいる。冷気が漂っているので恐怖増大である。ひぃぃと声にならない叫び声を出していると、ウィリアムは様々な負の感情を含めた声で、






「……そうだね」






 と言った。




 思っていた声色と違ったそれに私は動揺してしまう。怒気はほんの少しで、あとは寂しいという感情や悲しいという感情が滲み出ていた。




 私は途端に何と返せば良いか分からなくなってしまった。あわよくば婚約破棄に持ち込めるかもしれない、という考えが頭の中をよぎったが、今のウィリアムを前にしてそれは切り出せなかった。




 ウィリアムは私の髪を弄ぶのを止め、私の名前を呼んだ。伺うように慎重に怖々と呼んだ。私は「はい」と返事をして彼の赤い瞳をじっと見つめる。






「……セレイラが……私の事が嫌いだということは知っていたんだ……」




「へ?」




「頭では分かっているんだ。どうせ私には貴方の付けている仮面の下を覗かせてくれる事は無いだろうとね」






 ……食い違っている気がする。


 私は確かに婚約破棄をしたいが、別にウィリアムのこと自体は嫌いではない。尊敬している。


 なのに何故そんな事になってしまったのだろうか。




 私はウィリアムの言葉に被せるように反論する。






「殿下。わたくしは、殿下の事を嫌ってはおりません」




「え?」




「ですから、殿下の事は嫌いではないのです」






 ウィリアムは表情を硬直させた。私は彼がこちらに戻ってくるのをじっと待つ。3分ほどして帰ってきたウィリアムは真っ赤に顔を染めて、自身の顔を覆った。




「くそ……恥ずかしい」とボソリと呟いたその声はバッチリと聞こえたので、可愛らしいと思ってしまった私はクスリと笑いを1つ零した。




 幾分か顔の火照りが収まったウィリアムは顔をゆっくりと上げ、私をじっと見つめる。今度は最初のような苦しそうなものではなく、拗ねたような表情で。






「その……それは私の勘違いだったが……。それでも私は……!」






 声を荒らげた彼の声は悲痛で、私は心配になった。驚きはしなかった。




 ウィリアムははっとして口を紡ぎ、目を泳がせて、次に何と言うべきか迷っているようだった。そんなウィリアムをゲームでも見たことがない。だから私はそれが新鮮だった。


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