第16話 夜会(Ⅰ)
翌日。
夜会用のドレスをウィリアムから渡された。
Aラインの薄い水色のドレスで、ドレス自体の装飾はあまり派手でなく、落ち着いた纏まりを感じさせるものだった。
珍しく……いや、ドレスを贈られたことがそもそも何回もないのだが、ウィリアムを象徴する赤が何処にもない。あれ?と思い、試しに探してみると、やはりウィリアムはウィリアムだった。
ドレスを縫う糸が赤だったのである。
前世の自分の癖だったのかは分からないが、私は様々な服の縫い目や質を調べてしまうのだ。今回は水色のドレスなので、使うならば水色の糸、白い糸。赤やオレンジなどの目立つ色は使わないはずである。
しかし、王家御用達のブティックの技は一味違った。
表からは勿論、裏からも殆ど見えないように作られている。裏から見える所と言ってもそれも白い糸で、赤が使われているのは裏側という裏側である。魔法を使って透視するとそれが分かったのだ。
侍女らは「殿下のお色が珍しく何処にもありませんね」と、しかし「やはりセレイラ様はこういう色がお似合いですわ」と最終的には言っていた。
私はドレスの試着を終え、何事も無く時は進んでいった。
☆☆
時は過ぎ夜会当日である。綺麗に着飾った淑女達が男性からエスコートされながら会場入りしていく。その様子を窓から見つつ、今まで以上に作法に気合を入れないとと心に刻んだ。
すると直ぐにノック音がして侍女が扉を開けると、キラキラを増大させたウィリアムが佇んでいた。
髪はそこまで弄られておらず、いつもの自然な髪型。服は全体的に黒で纏まっているがスッキリとした印象で、髪型は服装に合わせたのだと読み取れる。そして胸ポケットから顔を出すハンカチーフの色が、やはりと思ったが私のドレスと全く同じ生地で全く同じ色だった。
まさかまさかと考えて、こっそり魔法で袖の部分だけ透視する。それを見て背中が少しゾッとした。私の髪の色である銀の糸が使われていたのだ。「策士だ……」と恐怖を感じたが、面には出さないように笑顔を貼り付ける。
綺麗だよ、素敵だ、可愛いね。
少し照れるが、ウィリアムから囁かれるそんな言葉に別になんとも思わないと言ったら世のご令嬢に怒られるかしら、と意識を何処かに飛ばす事が出来る程に慣れてきた。
時間になり手を差し伸べられる。この差し伸べられた手がアルだった時、私は高揚感に包まれ幸せだった。しかし、目の前の彼には何も感じない。勿論ふとした時の横顔だったり、笑顔だったり、真剣な顔にもドキリとする事も最近ではある。ただ、それは彼が美形であり、王子だからであって、ただの憧れである事は間違いないと思う。
そして腰に回される腕が、段々と夜会の回数を重ねる毎に拘束力を増している気がするのは気のせいだろう。そう思いたい。
扉が開き、会場中の視線が一気に集まる。そして、至る所から熱い溜息が落とされ、皆が微笑ましいものを見るような目で私達を見ていた。
そうだった。ゲームでは2人は祝福されているもんね。
ある一定数のご令嬢達はウィリアムを見て悶えている様だが、他の者は心からのものだというのが伝わってくる。
―――婚約破棄、しにくいなぁ。
単純にそう思い、そして心のどこかで、このままでもいいかもしれないと思っている自分もいる。居心地が悪く感じた。
最後に登場するのは勿論今回の主役であるアレクとジュリエッタだ。アレクのエスコートで会場入りしたジュリエッタの可憐さに国中の独身男性が心を奪われてゆく。隣でウィリアムが「いつもああだったら助かるんだがな」と呆れたように零したので、それに苦笑する。
また、アレクもご令嬢達からの狩る様な目を向けられていた。ダンスの時間になれば、彼女達は「ダンスに誘ってー!」という視線を一斉にアレクに向けるだろう。
国王の紹介の元挨拶する2人は、ここ最近一緒にいた人とは別人なのではないかと言う程だった。何処までも王子らしく、何処までも王女らしく。物理的にはほんの少しの距離なのにとても遠く感じて寂しく思った。
そしてアレクとジュリエッタのダンスが始まる。彼らの国アリア王国のダンスとシェナード王国のダンスは多少違う点もあるのだが、ジュリエッタらがシェナードのダンスを覚えて来たようだ。ジュリエッタが回るとそれに合わせてドレスの裾がふわりと舞う。
貴族達からは、妖精が舞い降りたと、妖精姫だと言う声があちこちから上がる。またアレクも、貴公子が現れたわ!ときゃあきゃあ、そしてうっとり見つめられている。
ちらと赤髪の彼を見れば、嬉しそうに愉快そうに2人を微笑みながら見つめていた。その視線が何故かジュリエッタだけに当たっているような気がして、チクリと心が痛くなる。
最近チクチクと胸の痛みが起こるのだ。何故だろうと思うが、自然に治まるだろうと気づかないフリをしている。
曲が終わり、溢れんばかりの拍手や歓声が沸き起こった。私はウィリアムのエスコートを受け、ダンスフロアに降り立つ。周りにはダンス好きの老夫婦や婚約ほやほやのカップルがちらほら。
ゆったりとしたワルツ。シャンデリアの光に照らされたウィリアムの赤い瞳が更に輝きを帯び、そしてそれは何処か熱が篭っている。その瞳や表情が扇情的に私の目には写り、自然と顔に血が上る。目を合わせづらくて目を逸らしてしまうのは許して欲しい。
ウィリアムは私の腰を自身に引き寄せて私の耳に唇を当てて、
「可愛い」
と低く甘く囁いた。
彼の事を意識している時にこうやられると私はどうすればいいか分からなくなる。今も茹でダコ状態だろう。
ウィリアムはぷっと吹き出して面白そうに喉を鳴らしたので、私はキッと彼を睨んだ。しかしウィリアムには効かず、「そんな涙目になって睨んでも怖くないよ?」とからかわれた。
もう知らない!という思いと、アレクかロビンか助けてくれ!という思いで会場をそれとなく見渡す。するとロビンがニコニコと優しい笑みを浮かべながらこちらを見ていたので、救助要請の視線を送るが、頑張ってと口パクで返された。
それを見ていたらしきアレクは私と視線が交わるとニヤニヤとしてきたので眉を顰めた。
(誰も助けてくれないのね……うわっ!!?)
途端に足がよろけたと思ったら、ウィリアムの足を私が踏んでしまっていた。ウィリアムの綺麗な顔が歪んでいる。
ステップを間違えたのかとハラハラしたが、このゆったりとした基本のワルツで、しかも小さい頃から踊ってきた曲で、骨まで染み付いているこのステップが間違える訳が無いとも思った。が、よそ見をしていたので何とも言えない。帰ったらダンスの基礎を叩き直さなければならないと強く思った。
「申し訳ございません殿下……!」
「大丈夫だ」
から笑いをする彼。いつもの笑顔ではない。
やってしまったと申し訳なく思い、絶対に他に気を取られてはいけないとダンスだけに集中する。じっとウィリアムの顔を見つめていると、彼は段々と表情が回復し、そしてやがて頬が桃色に染まっていった。
ワルツが終わると、ウィリアムは挨拶があるので私は彼とはこれで暫くさよならだ。私はロビンに話しかける。
「久しぶり、セレイラ嬢。とても可愛いよ。ダンスも良かった」
「お久しぶりですわ、ロビン様。……踏んでしまったの……殿下の足を……」
するとロビンは大層可笑しそうに、口元に手をやりながら笑った。
「いや……殿下は絶対わざとだね…ふふふっ。だからセレイラ嬢は気にしなくていいと思うよ?」
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