第15話 分かりやすい嫉妬(アレク視点)
「アレキサンドライト殿下、どういう意味ですの?」
厳しさの篭った声が突然聞こえた。声の方を振り返ると、1番聞いて欲しく無かった人物がいた。しまった、と思った。人の気配に気が付かない程考え込むなんて、自分が転生者だと気がついた時以来だったのだ。それにも驚いた。
何とか交わそうと思い、笑って誤魔化そうとしたが、セレイラはにっこりと黒い笑みを浮べて食いついてきた。引き下がりそうに無いので、俺は折れることにしたのである。
☆☆
「実は……俺は前世の記憶を持っているんだ」
そう切り出した俺の言葉を驚きもせず、ただじっと俺の目を見つめて次の言葉を待つセレイラ。……かっ……可愛いなおい。
「信じられないかもしれないが聞いて。この世界は俺の前世の世界で流行っていたゲームの世界なんだ」
「存じておりますわ」
「………?!?!」
本 当 に 分 か っ て い る の だ ろ う か ?
サラリと俺の言葉を信じ、いや、当たり前のように答えたセレイラを警戒する。至って真面目なセレイラだ。人の話を真剣に聞くがあまりの事だと信じたい。
「……それはどういう意味かい?」
「……わたくしは主人公セレイラ=エリザベート。ここはシェナード王国、『花畑でプロポーズ』の世界。ここが舞台となり、わたくしは4人の男性の中の誰かと恋をする」
「………え?」
ゲームの内容を淡々と述べていくセレイラに理解が追いつかない。彼女は俺と同じ転生者なのか……?
「ウィリアム=シェナード、ロビン=フェリス、ガリレオ=ティリダテス。……そして……アル=ユーフォリア。アル=ユーフォリアは隠しキャラで「ちょっ、ちょっと待ってセレイラ」」
「ちょっ……えぇ…ええ!……じゃあセレイラも転生者って訳?」
「そうですわ。まさかアレク様まで転生された方だとは思いませんでした」
可笑しそうにふふっと笑ったセレイラを、ただポカーンと見つめる事しか出来なかった。そこからはお互いにゲームの事について語って、ウィリアムとジュリエッタの元へと戻った。
2人の近くから抜け出して、アレキサンドライトとセレイラが部屋に2人なんて展開はゲームには無かったが、セレイラと話すのは楽しかった。
☆☆
今回もジュリエッタがセレイラが帰るのを渋ったが、セレイラは「お父様が……」と妹を制して帰った。ジュリエッタがセレイラが帰るのを渋るのも展開の内である。
セレイラが帰った後、ジュリエッタとウィリアムと俺の3人でお茶会もどきのようなものをした。流石に菓子を食べるのは、晩餐の後で気が引けたので紅茶を3人で飲むだけだが。
男2人が茶会など珍しいが、ジュリエッタが小さい時――まだ茶会に出してもらえない年齢――に、「お茶会ごっこ」と称して付き合わされていたのだ。それが続いて、今では3人でお茶を飲むのが当たり前になっている。
昔はのほほんとした空気だったのに。
な ん だ こ の 微 妙 な 空 気 は ?
特にお前だ!ウィリアム!
何でお前に俺がそんな挑発的な目を向けられなければいけないんだ!
ウィリアムは顔こそ笑っているものの、後ろにブリザードを吹かせ俺を睨んでいる。ウィリアムがこういう顔をする時はヤバい時である。その対象が俺という事は俺は何かやらかしたのか?
ウィリアムのこの表情=ヤバいが分かっているジュリエッタは、「私しーらなーい」とそっぽを向いて紅茶を啜っている。
おい!ジュリエッタ!助けろよ!
「……ウィリアム……どうした?」
思い切って聞いてみると、ウィリアムは「何、お前分からない訳ないよね?」と聞こえて来そうな程に笑みを更に深めた。
「……アレク。昨日セレイラと何処に行っていた?」
「昨日……?」
「庭園にジュリエッタと私がいた時にアレクとセレイラは何処に行っていたと聞いているんだよ?」
頬杖をして足を組み冷笑する美しい王子。普段温厚な分、更に恐怖が増す。
「……セレイラとは……話をしていた」
「ふーん……何処で?」
「庭園の……隣の……部屋で……」
すると、ウィリアムは紅茶を優雅に置いた後すっと立ち上がり、その長い脚で俺の前に来た。威圧感が滲み出ている。
「個室に2人、ね……。私の婚約者と2人なんて、アレキサンドライト王子は何を考えているのでしょうね?」
「すまない……」
「セレイラの事を気軽にセレイラセレイラと……私なんてセレイラと呼ぶのに1年以上掛かっているというのに……」
「……」(お気の毒に……)
セレイラ本人から事情を知っているので、ウィリアムの心中を考えると少し気の毒に思う。
「で、疚しい話とかはしていない?」
「しっ、している訳ないだろ!!!」
全力で首を横に振り両手を上げて降参の意を示す。すると、ウィリアムは、ぽんと俺の肩に手をやり「セレイラに手を出したら許さないからね」といい笑顔のまま言われた。
肩の骨が折れるのではないかと思う位に握られたので、肩がじくじくと痛む。セレイラと会話をするのを控えようと思う。
今まで色々なご令嬢に囲まれてきたのにも関わらず、誰にも振り向かなかったウィリアムが、初めて恋をした相手がセレイラだ。
ウィリアムが本気でセレイラの事を愛しているのだとひしひしと感じる。だから、幼馴染が微笑ましいとも思いつつ、俺は少し優越感に浸っていた。
きっと今、セレイラとの心の距離が近いのはウィリアムではなくアレキサンドライトである。同じ転生者として距離がぐっと近いのだ。おそらくウィリアムは、あの花の綻ぶような満面の笑みを自分に向けられたことはないだろう。でも俺はある。
だから、手を出さないなんて保証は出来ない。
だって俺も彼女に一目惚れしたからね。
だが。
彼女が気がついていないだけで、セレイラは確実にウィリアムに恋心を抱き始めているのだ。恋の芽が出る前に、俺が摘み取らなければ彼女は手に入らない。
(いずれ宣戦布告するよ、ウィリアム)
ゲーム通りではない。しかしゲームに忠実である。
自分とウィリアムに気を取られていたが、ここにはジュリエッタもいる。分かりやすいウィリアムの嫉妬を目の当たりにして、ジュリエッタはどう反応しているのか。
ジュリエッタは紅茶を片手に明後日の方向を向いている。特に先程と変わっていないように見えるが、紅茶を口に含む様子がない。ジュリエッタの特徴のある赤紫色の瞳に、ゆらゆらと嫉妬の炎を灯している。
ウィリアムからは見えない角度だから油断しているのか、それともジュリエッタがウィリアムの事が好きだということを俺が知っているからなのかは分からないが、ジュリエッタは口をひん曲げ、微かに歯がギシリと擦れる音をさせる。
(あーあ。ウィリアムと俺が絡むだけでも面倒くさくなるのにジュリエッタも絡むとなるとなぁ……)
と、他人事の様に思った。
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