第14話 この葛藤をどうすればいいんだ(アレク視点)

 俺は俗に言う転生者だ。


 前世は日本の男子大学生だった。一応有名大学に入る事が出来、楽しい毎日を過ごしていた。だが、段々と体の不調が出だしたと思った途端、まるでシナリオのようにぽっくりだった。




 まだ若いのに何でと思った。


 でも、俺はこの「花畑でプロポーズ」の世界に来る為に死んだのだと、確信した。




 最初アレキサンドライトに転生したと分かった時は驚いた。第2作目の乙女ゲームのメインヒーローだからだ。きっとゲーム通りに2作目が始まるのならば、セレイラやウィリアムを生で見ることが出来る、そう思い胸が高鳴った。




 とはいえ、他の者は、自分が生きている世界がゲームの中などと思わないし、俺が前世の記憶を持っているなんて、ちゃんちゃらおかしいとも言うだろう。




 ゲームのアレキサンドライトと同じようになろうと、少しプレイボーイ風に、しかし真面目な部分もある青年を演じた。続けていくうちに、それが染み付いて素になったが。




 俺が5歳の時、ウィリアムがアリアに訪問してきた。


 そこがウィリアムと俺の初対面だった。




 シェナードの王族のみが持つ綺麗な真紅の髪、そして赤い目。幼いながらも凛とした佇まいやオーラに、俺は驚いた。男の俺でも見惚れるほど綺麗で美しい。




 そういう点もあって、妹はウィリアムに恋をした。ウィリアムを前に顔を分かりやすく火照らせるジュリエッタを見て、ゲームは既に始まっているのだと認識した。




 仲良くなった俺達は、度々遊ぶようになった。歳が重なるに連れてどんどん紳士的になるウィリアムに、ジュリエッタは恋を加速させる。




 ウィリアムは、ジュリエッタの事を妹のようだと思っているが、ジュリエッタはお前のことを恋愛対象と見ている、という事を大声で叫んでやりたいと思ったことは1度ではない。




 ジュリエッタもジュリエッタで、ウィリアムには悟られないように隠していたのだ。




 そんな矢先、俺がシェナード王国に留学する話が持ち上がった。シェナード魔法学園では魔法を扱うので、歴史的に魔法が禁止されているアリアでは、特に国の重鎮達は、俺がそこに留学する事を渋った。




 セレイラやウィリアム、ガリレオやロビンにアル。この人達に会えるチャンスは、ここしか無いかもしれない。前世で、生と死の間で足掻くことも出来なかった俺にとっては、チャンスがある事が宝みたいなものだ。




 だから、必死にしがみつき、重鎮達を言いくるめた。これが出来なかったらどうなっていただろうと今でも思う。




 子供の頃から仲良くしてきた事もあって、学園ではウィリアムとつるんでいた。授業も興味深く、とても楽しくやっていたのだ。




 17歳。時は来た。ウィリアムがセレイラに恋に落ちる。


 瞬間を見てみたい!と思った俺は、ウィリアムの後をつけた。




 セレイラが転びそうになる所をウィリアムが助ける瞬間、俺は目撃することが出来た。何のセリフを選択するか、じっと目の前で起こるゲーム通りの展開に興奮しながら見ていた。




 しかし、セレイラが選択したのは不正解のセリフ。その時はほんの少し落胆した。ウィリアムの顔が赤面する様子をからかえると思ったのに、出来そうに無かったからだ。




 それからも、ウィリアムのターンではセレイラは不正解をし続けた。そこで俺はウィリアムと結ばれることは無いと思った。




 俺は心底ほっとした。それは、妹のジュリエッタの影響だと思う。俺は妹の存在に弱い。前世の記憶が悲鳴を上げ、ジュリエッタと前世の妹が重なって見える時がある。ジュリエッタは前世の妹のように精神が衰弱しているわけでもなければ、無表情でいることも無い。寧ろ真逆なのに、どうしてもジュリエッタの後ろには前世の妹が見えてしまう。




 だから、ジュリエッタを傷つけたくない俺にとって、セレイラが不正解を選択することは僥倖だった。




 第1作目ではアレキサンドライトは関わらない。シナリオを壊したくない俺はセレイラには直接近づかなかった。




 これでセレイラはウィリアム以外の誰かと結ばれる。


 そう思っていた。




 蓋を開けてみたら、セレイラはウィリアムと結ばれていた。


 これには驚愕した。唖然とした。恐怖すら覚えた。


 何故と頭を回転させると、俺は見逃していたことがあるのに気づく。




 セレイラには、一発逆転のチャンスがあったのだ、と。




 ゲームの中には、1番好感度が低い相手と結ばれる為に、一発逆転の大チャンスが夜会の中に隠されているのだ。それをクリアすれば、確かにウィリアムのルートに入る事が出来る。




 それにはしまった、と思った。


 だけど、結ばれてしまった事にはしょうがない。


 傷つけたくないが、傷つけてしまうだろう。




 これから俺は妹とウィリアムを結ぶ為にセレイラをウィリアムから引き離すのだから。






 ☆☆






 そうして第2作目に突入した。




 王宮に来たアレキサンドライトとジュリエッタを、ウィリアムとセレイラが出迎える。出だしは同じだ。しかし、俺は出迎えた2人に違和感を覚える。




 2人は微笑みあって後ろに花が咲き誇るのが見えるほどラブラブな筈なのに、何処かよそよそしい。特にセレイラが。ウィリアムはまぁ通常運転な気もするが、セレイラの反応を見て踏み込めていないような感じが見受けられる。




 最初は、俺達と初めて会話したというのもあって遠慮しているのかと、気にとめていなかったが、時間が経つにつれて雲行きが怪しくなってきた。




 全くセレイラがウィリアムに近づかない。ウィリアムばかりがセレイラに寄る。あの王子様がご令嬢から綻んだ笑顔を向けられないのを初めて見た。




 いいや、セレイラはゲームの中では偽りのない笑顔をウィリアムに向けていた筈だ。




 何が起こっている?




 俺は晩餐の後、中庭の入口に佇んだ。夜なので人気が少ない為考え事にはもってこいだった。夜風に当たりたいというのも理由だった。




 すると、何やら気配を感じそちらに意識を持っていくと、思いがけない人が現れた。




 ―――セレイラだ。




 俺を見た途端背中を翻すので、呼び止めて、色々聞いてみた。図星を突かれて居心地悪そうに顔を背けるセレイラ。ゲームのキャラが人間らしい反応をする。






「……何故そう感じられたのですか?」






 セレイラは俺に問う。


 でも俺は答えることは出来ない。




 ゲームで貴方の本当の笑顔を見たことがあるから




 なんて。






「………さあね。何でだろう」






 セレイラは眉を八の字に下げた。「嘘つけ」と顔に書いてある。セレイラはもう一度俺に聞こうとしたが、聞かれても話せないので「しー」と分かりやすく人差し指を立てた。




 貴方に俺が知っている全てを話すことが出来たなら、貴方は傷つかずに済むかもしれない。いや、傷つかない道は無いかもしれないが、必要以上に傷つく事は避けられると思う。




 俺はセレイラと恋するつもりは無い。


 でも彼女がどうなってもいいと思うのは訳が違う。


 ゲームの中で見てきたキャラだから、幸せになって欲しいと思うのは俺が温ぬるいからなのか。






「包み隠さず話してあげたいよ」






 ポロッとこぼしてしまったこの言葉に、セレイラは心配そうに夜でも輝く黒い瞳を揺らした。銀糸が月夜に照らされて光っている。




 俺は薄着でいるセレイラの肩にに自分が着ていた上着を掛け、いつもの調子で微笑む。一瞬キョトンとしたセレイラは―――。






 破顔した。






 キラキラと潤む瞳が優しく細められ、鮮やかな唇が弧を描く。俺はそんなセレイラを見て、女神のようだと思った。月光に照らされて出来た綺麗な影と光。細くしなやかな髪が風によって靡く。




 実際1度も本気で笑わなかった彼女が、今俺の前で本当の笑顔を見せた。彼女の笑顔は本当に可愛らしく、大人びていて、繊細だった。




 前言撤回。


 俺は彼女の笑顔を独り占めしたい。






 ☆☆






 セレイラの隣に俺がいるには、やはりゲームの展開をアレキサンドライトルートにしなければならない。しかし、ジュリエッタの嫉妬で何か物事が動いてくれないと、アレキサンドライトは動けない。




 翌日、微笑み合うジュリエッタとウィリアムを見ながら考える。




 セレイラは、本物の笑顔こそウィリアムに見せてはいなかったものの、僅かに恋情のこもった視線をウィリアムに送っていた事を思い出す。




 それが分かった途端、胸が締め付けられる程に苦しくなった。あぁ、ゲーム通りじゃなくてもちゃんと彼らは想い合っていたのかと。




 運命とは残酷なもので、それが自分のセレイラへの恋心を自覚したあとに気がつく。だからこそ、目の前で幸せそうに笑う2人が、それを見て胸を痛めるだろうセレイラと、現に傷ついた俺を嘲笑っているかのように見えた。






「ごめん、セレイラ嬢……ゲームの展開を変えさせて貰うよ……」






 でもやっぱり俺の前に前世の妹の顔が思い浮かぶのだ。だから、今この世界で持った双子の妹には幸せな人と幸せな時を過ごして欲しい。






「アレキサンドライト殿下、どういう意味ですの?」




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