第13話 アレクの秘密

 結局ジュリエッタの希望は通らずに終わった。正確に言えば国王にはその案は通ったのだが、私の父が大反対したのだ。凄い形相で、殴り込みに早馬で王宮に来たらしい。そろそろ父は不敬罪になるのではと密かにヒヤヒヤしている。




 なので、屋敷からまた王宮に来ている。ジュリエッタとアレクが来ているので、暫く妃教育の頻度が少なくなった。2人の相手をしろという事だろう。




 アレク達はウィリアムと共に庭園にいるらしい。すれ違う役人の人や衛兵達と顔見知りになったので、沢山の人に話しかけられたり挨拶されたりした。それがとても嬉しかった。




 王宮の庭園はとても立派である。今は花盛の時期ではないが、春になると様々な色や形の花々が咲き誇り、幻想的な美しい世界が作られる。




 庭園に着くと、昨日の中庭で見たようにアレクが柱に寄りかかっていた。私はゆっくりと彼に近づく。




 アレクの視線の先は、きゃらきゃらと笑い合っているウィリアムとジュリエッタだった。その視線は何処か憂いを帯びていて、それにほんの少し疑問に思った。




 私は彼の斜め後ろに立って、ウィリアムとジュリエッタを見る。笑い合う美男美女、交じり合う赤と緑の視線、揺れる赤と橙の髪。季節では無いのに薔薇の花が咲いているように見えた。可憐で、華があって、お似合いで。




 私は急に胸の奥が冷たくなった。チクチクと針で刺されたように胸が痛む。クルクルと回る2人を見ていられなくなって自然と視線が逸れた。




 気を紛らわせ、此方には一切気がついていないアレクも珍しいなと思う。重々しく閉じていた口を開き、ボソリと俯いて言った言葉を私は聞き逃さなかった。いや、聞き逃せなかったというのが正しいだろう。






「ごめん、セレイラ嬢……ゲームの展開を変えさせて貰うよ……」






 私は鞭に打たれたようなそんな衝撃が背中を走った。私はアレクに我慢できず問うてしまう。






「アレキサンドライト殿下、どういう意味ですの?」






 私の声にビクリと肩を揺らしたアレクは、わざとカラリと枯れた笑い声を出して誤魔化そうとした。しかし、私は引き下がる気は無い。殿方と2人きりで話すのはいけないことだと分かっているが、ここで話さなければ二度とチャンスはないと直感で感じた。






「少し2人でお話しませんか?」




「……わかった」






 アレクは「やっちまった」と書かれた顔で、仕方なく返事を返した。私は根掘り葉掘り聞かなければと瞳に火を灯す。彼の顔が更に引き攣ったのは見なかったことにした。






 ☆☆






「ええ!!……じゃあセレイラも転生者って訳……?」




「そうですわ。まさかアレク様まで転生された方だとは思いませんでした」






 アレクはやはり日本で生きていた時の記憶を持っていた。男子大学生の時に、持病が悪化して病院で無くなったらしい。何故彼が乙女ゲームをやっていたのかと言うと、前世にいた妹の影響だという。




 アレクの前世の妹は、学校に行きたくなくなってしまい不登校になっていた。妹は乙女ゲームが大好きで、誰かに共有したい気持ちがあったが、同年代の女子を見ると竦んでしまっていたらしい。




 だから、彼女の話し相手になる為に、彼女が楽しく会話できるように、前世のアレクは端から端まで攻略したみたいだ。




 そして私は衝撃の事実を耳にする。






「セレイラ、これが第2作目の乙女ゲームだって事は気がついてる?」




「え?」






 第2作目の乙女ゲーム?そんなものがあったなんて知らなかった。前世の記憶が抜けているのか、それとも第2作目が出る前に死んだか。アレクは「やっぱり知らなかったかぁ~」と頭を抱えた。






「エンドロールに、『婚約した2人は色々あったものの幸せに結婚しました』って書いてあったでしょう?その“色々”っていう所に焦点があったのが第2作目なんだ」




「配役は誰が誰だか教えて頂けないかしら……?」




「キャラは少ないから安心して?といっても、もうゲームが進んでしまっているけどね。まぁ、取り敢えず説明すると、セレイラがヒロインだ。悪役令嬢は気づいているだろうけどジュリエッタだよ」




「やっぱり……」




「第2作目は2大ヒーローしか出てこない。現状君の婚約者のウィリアムと……」




「と……?」




「俺だよ」




「やっぱり……」




「そんなに項垂れなくても……地味に傷つくね~。それでセレイラは、ウィリアムをジュリエッタに取られそうになる。自分に対して愛が向かなくなってしまった事に傷ついたセレイラは、第一印象最悪のアレキサンドライトに慰められて、少しずつ好感を持つようになる。しかし、ウィリアムは途中で自分の犯していた失態に気がついて再びセレイラに気持ちが向かうけど、その時はセレイラはウィリアムとアレキサンドライトのどちらが本当に好きなのか分からなくて迷う。……っていうね」




「わたくしはそんなではありませんわ……」




「だよね~。でもあくまでもゲームでの話。俺はずっと疑問だったんだ。何でセレイラとウィリアムがラブラブしていないのか」




「それは……私もよく分かりません」




「は?」






 “は?”というのはごもっともな反応だと思うが、私も何でアルじゃ無かったのか分からない。アルにアプローチしたのだが、花畑に来たのはウィリアムだった、と正直に話すと、アレクは愕然として頭を抱えた。






「ゲーム通りではセレイラはアルと結ばれているはず。失敗したとかでは無くて……?」




「それは有り得ないと思います。何回も前世でアルのルートはプレイしたので選択は完璧だったと思うのです。けれど……」




「事情は分かった。そうなるとゲーム通りに進むか分からないな……」




「どうしてなのです?」




「ゲームでは、仲睦まじいセレイラとウィリアムに嫉妬して、ジュリエッタが邪魔し始めるんだ。だけど、そんな嫉妬されるような素振りは無かったような……いや、でも、庭園のスチルがあったから確実にゲーム通りに進んでいる……うーん」




「アレク様、お願いですので、置いていかないでください」




「あ、そういえばセレイラの前世は何してたの?」






 私の前世……。考えてみれば、私は乙女ゲームの知識だけがあって、前世の自分自身の情報は全く知らない。ただの女子高校生だった、ただそれだけだ。普通、アレクのように自分自身の記憶は持ち合わせているはずなのにそれが無い。何故だろうとうんうん唸っていると、それが話すのを躊躇っているとアレクに勘違いされた。






「言いたくなければいいよ。さて、そろそろ戻らないと怪しまれるから行こうか」






 優雅な仕草で微笑みながら手を差し出すアレク。目尻のホクロが色っぽい。私は「ふふっ」と笑みを零して、エスコートして貰う為に掌を重ねた。

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