第12話 嫉妬をするなんて

 ジュリエッタ達と別れて、長い廊下を歩いている私達。ウィリアムは私にアレクとジュリエッタの話を楽しそうに話してくれる。




「あいつ……いつもああいう感じなんだ。本当に困るよ」




「ジュリエッタも変わらない。王女らしくなったと思ったら……はははっ」




 私は表面上は刺々しくも柔らかく話すウィリアムを見て、少し寂しく思ってしまった。性格までもが王子だと思っていたが、素の彼は違っていたようである。ウィリアムは、彼らには砕けた言い回しを使い、無邪気に笑う。不機嫌そうな顔も出す。




 私は、彼の仮面の下を知らなかったのだ。一応婚約者なのにも関わらず。……いや、私は知らなくてもいいのかも知れない。いずれ私は婚約破棄をする身だから、これくらいの距離で丁度いいのかも、とも考えている。




 何でだろう。常に私は仮面を付けた顔を向けられてきたから、それには慣れているというのに、心がチクリと痛む。




 幼馴染である彼らだから、ウィリアムは素で居られる。


 私も頭では分かっている。分かっているけれど。


 仮にも婚約者である私。






(私は信用されていないのね……きっと)






 そう思ってはっとする。それは私にはおこがましい。婚約者という立場をいい事に、自分に向けられないその表情を、瞳を、向けられている彼らに嫉妬しているだけだ。




 まるでそこらの悪役令嬢のよう。




 もしかしたら悪役令嬢よりタチが悪いかもしれない。私はアルという想い人がいるのに、それに加えてウィリアムの心を留めて置こうとしているのだ。最低にも程がある。




 ウィリアムの話に相槌を打っていたが、それが微妙な返事になっていたのだろう。ウィリアムは私の顔を覗いて、私の体調を心配する。




 私は心配をさせないようにとしての笑顔で「大丈夫です」と答えるだけで精一杯だった。




 それでも隠せていなかったのか、ウィリアムは不安そうな色を強めて瞳を揺らしている。それに私は気が付かないフリをした。






 ☆☆






 アレキサンドライトとジュリエッタとの晩餐会を無事に終え、私は公爵邸へ帰ろうとした時、またもやジュリエッタが私の腰に巻き付く。






「セレイラさん帰ってしまうの……?もっと居て…?ウィリアムの婚約者なのでしょう……?どうして……?」






 これには私も困り果ててしまった。婚約者でも許されない事もあると色々誤魔化しつつ言ってもダメ、私が王宮泊まる予定なんて無かったから準備も何も無いと言ってもダメ。




 可愛らしくうるうると目を潤ませて上目遣いで見つめられると断るのを躊躇ってしまう。私は、「殿下はお許しになりませんし、国王陛下にも許可をとっておりませんわ。私の父も何て言うか……」と切り札を出したが、彼女は怯まなかった。






「あら!じゃあウィリアムと国王様に許可を取ればいいのね!行ってくるわ!帰ったら怒るわよ!」






 と、全速力で走り――はしなかったが、いそいそと早歩きをしながら何処かに行ってしまった。歩く姿は王女然としているのだから感心する。




 私は近くの中庭に向かう為に、夜の静けさでしんとなった王宮を歩く。ガリレオには下がらせているので1人だ。




 中庭の入口が見えてきた。しかし、私は中庭の入口に立っている人物を見て近づこうか近づかまいかと息を潜めて窺う。




 月夜に照らされて、腕を組みながら柱に寄りかかり、独特な色の瞳を潤ませている彼――アレキサンドライトが従者を1人連れて佇んでいたからだ。




 夜に殿方と2人で会うというのは些か外聞が宜しくないので、彼に背を向けて来た道を戻ろうとすると、「見なかったフリですか~?」と視線は中庭そのままに呼び止められた。




 中庭に顔を向けているので此方には気がついていないと思っていたのだが、やはり気がついていたようだ。まだ中庭まではかなりの距離があるのにも関わらず気配を察知したという所は、流石一国の王子である。






(従者もいるし……大丈夫よね)






 私は仮面を取り付け、程々の距離のところで止まる。






「失礼致しました、アレキサンドライト殿下。中庭をお楽しみなられていたので、お邪魔してはと思いまして」




「………セレイラ嬢は、いつもそうやって笑っているの?」




「え……?」






 私は思いがけない質問に困惑の表情が出てしまった。真剣な表情の彼は、出会った時のニヤニヤしていた彼とは正反対だった。


 そよそよと言うよりは、ひゅるひゅると吹く冷たい風がアレクの髪を揺らす。






「……セレイラ嬢の本当の笑顔を今日全く見なかった。良くて苦笑かな」






 ズバズバと言い当てられた私は居心地が悪く目線を逸らしてしまった。私はそんなに笑顔が下手くそだろうか?


 でも、初対面の人に言い当てられた事が、ほんの少し悔しくて強がってしまう。






「……わたくしは心から笑っていたつもりですわ……」




「嘘だね。顔に書いてある」






 反射神経で頬に両手を持って行ってしまったが、それにアレクは苦笑する。






「……何故そう感じられたのですか?」




「………さあね。何でだろう」






 言葉とは裏腹に、確信的な何かを知っているような素振りだった。もう一度尋ねようとして私はその言葉を飲み込んだ。アレクがそれ以上聞くなと口元に人差し指を置いたからだ。そして彼は「包み隠さず話してあげたいよ」と独り言を呟いた。




 目を伏せて、口元は孤を描いているが悲しそうにそう吐露したアレク。私はそんな彼に何も声を掛けてあげることが出来なかった。俯く私の肩に、ふわりと暖かなものが触れる。




 肩を見ると、アレクがさっきまで着ていた上着が掛けられていた。いつの間にかアレクが後ろに回って掛けてくれたようだ。顔の整い具合といい、口説き上手といい、真面目で紳士な1面といい、これは世のご令嬢が落ちまくりそうだと思った。






「冬は冷えるから、持っておいてね?妖精さん?」




「ふふっ……はい、ありがとうございます」






 悪戯にウインクをしたアレクに思わず笑ってしまい、上着を落とさないように手で押さえながらお礼を言った。今はきっと普通に笑えていると思う。






「やっべ……」






 アレクは目を見開いたと思いきや、バッと後ろを向いて顔を覆った。私はどうしたのかと首を傾げていると、アレクは私に向き直り、騎士の礼をすると、自室へ戻って行った。




 私はアレクが寄りかかっていた柱に同じように寄りかかりながら、思い出し笑いを零す。暫く中庭を楽しんだ後、もやもやしていた心が心做しか軽くなって、それに伴い足取りも軽くジュリエッタの元に行った。

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