第11話 隣国から来た王子と姫君

『卒業式に婚約破棄』宣言から1ヶ月が経った。




 学園がある日は、放課後にウィリアムの馬車に乗ってそのまま王宮に行き、執務をして帰る。休日も、朝から王宮に入り、今度は王妃教育を王妃のジーナから受ける。これが日々の生活のリズムとなってきた。




 今日は休日なので王妃と共にいる。今は王宮の立派な庭で2人で休憩がてらお茶会をしているのだ。勿論、ただのお茶会ではなく、マナーがきちんと出来ているかを確認する為でもある。






「セレイラさん、ウィリアムは学園でどう過ごしているのかしら?王族だと、あまり息子と過ごす時間が無くて分からないのよ」




「ウィリアム殿下は大変聡明で、今は後代に引き継がれましたが、1ヶ月前まで生徒会長を務めていらっしゃいました。隣国から留学に来ていらっしゃっているアレキサンドライト殿下と仲が良く、いつもお二人で笑って過ごしていらっしゃいますよ」




「アリア王国のアレク様と……。小さい頃は仲が良かったのだけれど、成長するに連れて段々アレク様が大人しくなってしまって。ふふふふっ。だから2人仲が良くて安心したわ。いい情報ありがとう」




「いえ……」




「………そういえば、貴方はどう過ごしているの?」




「わたくしは……図書室で本を読む事が多いです」




「そうなのね、とても素晴らしいわ。学園には良い文献が沢山ありますもの。ご友人とはお話したりしませんの?」






 私はゲームの中ではヒロイン。友人なんて呼べる人は誰一人いないのだ。悪役令嬢が断罪されて、今は私をどうこう言う人は居なくなったが、私に近づこうという人もいない。私から近づこうと思っても皆引き攣った笑みを浮かべて去っていくのだから、友人なんてとても作れるような状況ではなかった。






「アル様と過ごす時間が多かったです。いつも隣に彼がいました。ロビン様もいつもお会い出来る訳では無いので………アル様とロビン様以外の友人はいませんの。今は……誰一人」






 暫く気まずい沈黙が流れてしまった。ここで事実を曲げても後が苦しくなるだけなので、私は正直に言ったことを後悔はしていなかった。






「……そうなの……ごめんなさいね。――あぁ、そういえば、アリア王国のアレク様の双子の妹のジュリエッタさんも、もうすぐシェナードにいらっしゃるわ。アレク様とジュリエッタさんがいらっしゃるということで、緊急で歓迎パーティーをする事になって。だから3週間後は夜会よ。セレイラさんはウィリアムと一緒にお二人の案内を頼むわ」




「分かりました。精一杯務めさせて頂きます」




「うふふっ。セレイラさんは真面目ね〜。ジュリエッタさんは天真爛漫だから頼みますよ?案外気が合うかもしれないわね。……では勉強再開する為に戻りましょうか。流石公爵家のご令嬢ね。マナーも完璧だわ」






 私と王妃は茶会をお開きにし、王妃教育にへと戻ったのだった。






 ☆☆






 夜会があるという事を知ったあの日から3日後。


 1ヶ月と3日経った今、ウィリアムのキラキラ具合が、あの花畑の時より増しているような気がする。




 気にする事は無いと、いつもの様に淡々と執務をこなしていると、ウィリアムに名前を呼ばれたので机のみに向かっていた目線をウィリアムに移す。






「アレクとジュリエッタの歓迎パーティーの時に着るドレスはもう決まってしまった?」




「いえ。検討はし始めていますが、まだ確定はしていませんわ」




「そうか。セレイラ……私からドレスを贈らせて貰えないだろうか」




「殿下が……?……嬉しいです。ありがとうございます。しかし、緊急ですので、お時間が……」






 申し訳ないので控えて欲しいが、贈り物を無下に断る事も出来ないので、やんわりお断りをしておくが、ウィリアムは至って真面目な顔で私の言葉に被せてきた。






「全く問題は無いから大丈夫。私から贈らせて欲しいんだ」




「……ありがとうございます」






 私が了承の返事をすると、明らかに嬉しそうな顔をするウィリアムだった。未だに、何故あの花畑に彼が来たのか理解出来ないので、何故ドレスを贈りたがっているのか、ましてや何故それをOKしたら破顔するのか、よく分からないでいる。私は、まぁいいか分からなくても、と良く考えなかった。






 数日後、アレキサンドライト=アリアロイドとジュリエッタ=アリアロイドが王宮にやって来た。




 アレキサンドライト=アリアロイドはウィリアムと仲が良く、度々目にしているのでよく知っている。




 アレキサンドライトは、黒だと思うほどの、深い緑色の長めの髪をかきあげている。自分の意志が強く、自分の信念をしっかり持っているが、少し女性に大して軽口なのが玉に瑕だ。身長はウィリアムとほぼ同じ高さで、右の目尻に泣きほくろがあるのだが、そのほくろが色っぽいと学園のあらゆる女子生徒を虜にしている。




 彼の目はとても珍しく、昼間は深緑色で、夜は紫に近い赤色だ。アリア王国の王族の瞳は、皆そうらしい。




 ジュリエッタは、薄い橙色の髪をしている。毛先になるにつれて若干色素が強くなり、とても綺麗なグラデーションが掛かっていて美しい。瞳の色はアレキサンドライトと一緒だ。






「ようこそいらっしゃいました。私はシェナード王国第1王子ウィリアム=シェナードです」




「セレイラ=エリザベートです。遥々シェナードに来て下さりありがとうございます」




「盛大な歓迎をありがとうございます。アリア王国第1王子のアレキサンドライト=アリアロイドです。暫くの間よろしくお願いします」




「わたくしはジュリエッタ=アリアロイドと言いますわ。よろしくお願いしますね」




 つぶらな瞳に長い睫毛。ストレートの艶やかな髪に透き通るような肌。これぞお姫様だと言いたくなるような、洗練された威厳に満ちた淑女だった。……彼女が王女モードを切るまでは。




 ジュリエッタの泊まる部屋を案内している最中に事態は起こった。






「セレイラ様!セレイラ様!あ、セレイラでもいいのかしら?!いやでも貴方は呼び捨て出来ないから、セレイラさんでいい?」




「………はい、どちらで「本当?!嬉しい!わたくしがシェナードにいる間は一緒に居てね!」」




「………はい」






 無邪気で明るく素直だが、少し暴走してしまうと王妃からは聞いていたが、これ程までとは思っていなかったので、少し気が引けてしまった。ウィリアムはアレキサンドライトもジュリエッタも、小さい頃からの知り合い、言わば幼馴染に近いので慣れているようだ。






「ジュリエッタ……セレイラ嬢が困っているじゃないか。やめなさい。こほん、麗しき月の妖精のような貴方のお目にかかれて嬉しく思うよ」




「……わたくしも、アレキサンドライト殿下にお会いできて光栄ですわ」




「儚い貴方の心を私の色に染……いってぇ!何すんだよウィリアム!」




「ねぇアレク、なにセレイラに触ってるんだ?減る穢れるやめろ。お前はセレイラを見るな」




「酷いな!!」






 物凄く良い笑顔のウィリアムが、私の手を取っていたアレキサンドライトの手を捻り上げる。見ているだけで気持ちが悪かったのが、いざ目の前で自分に向けてやられると更に身震いしたので、ウィリアムが制止してくれて助かった。






「セレイラ、案内し終わったから私達は一旦戻ろうか。ではアレキサンドライト王子、ジュリエッタ姫、私達は失礼します」




「つくづく思うけどその王子の仮面すごいな」







「なんでそんな嫌味なんだよーぅ……」






 ウィリアムの笑顔の威圧でしゅーんとなってしまったアレキサンドライトに苦笑して、私はウィリアムと下がろうと思ったその時、後ろからぎゅっと誰かに抱き締められた。






「セレイラさん……もう少し一緒にいてくれない……?」






 私より身長が低いジュリエッタが私の腰に抱きついて嘆願してきた。準備や報告をしなければならないので断りたいのだが、断りきれないのが私の悪い所だ。ウィリアムにちらりと視線を送ると、その視線の意図を察知してくれた。






「ジュリエッタ、セレイラは執務がある。無理だ」




「はぁい……」






 アレキサンドライトもジュリエッタも、犬の耳と尻尾が見える程の落ち込み様だ。「ごめんなさい、また夕食で」と挨拶して、エスコートされながら私達はその場を後にしたのだった。




 会話をする私達をジュリエッタが睨んでいたのを、私は気が付かなかった。

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