第9話 8割の後悔と2割の羞恥心
ロビンの元に相談に行ったあれから数日経った。全く情報が掴めない。ロビンに何か“白の騎士団”について分かったことを聞きたいのだが、急かしているようで嫌だ。
モヤモヤする心を抱きつつ、私は馬車で王宮に向かっている。今日からウィリアムの婚約者としての仕事があるのだ。
活気づく王都を通り、王宮にやってきた。厳かで威厳があり、かつ繊細な装飾が煌めいているシェナード城はとても綺麗だ。私は静々と歩き国王と王妃の元に向かう。勿論そこにはウィリアムがいる訳で。
「改めまして、ガストン=エリザベス公爵の娘、セレイラ=エリザベスでございます。本日より、よろしくお願いします」
「セレイラ嬢よく参った。そう堅くならなくても良い、君の義父となるのだからな。あぁ、もう義娘なのだからセレイラと呼んでもいいかな」
ごめんなさい。
も う す ぐ 婚 約 者 で は な く な り ま す 。
「こらフェルノ、ニヤニヤしながら距離を詰めるからガストンに睨まれるのですよ。ごめんなさいねセレイラさん、これからよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします」
「むぅ……ジーナ。ガストンに睨まれるのは今に始まった事では無い。私がセレイラ嬢に会うだけで……いや会う予定が出来るだけで睨まれるのだぞ。うぅ……寒気が……」
お茶目に震える国王に苦笑していると、にこやかに私の近くにウィリアムがやってきた。鮮やかな銀・と・黒・のタイがきっちりと締められており、振る舞いや言動はまさに王子そのものである。
私はタイの色に口の端をぴくぴくさせながら、それでも不自然の無いように微笑み淑女の礼をし直す。
「よく来てくれましたねセレイラ。父上、私とセレイラは仕事がありますのでこの辺で宜しいでしょうか」
「うむ。頼んだぞウィリアム、セレイラ嬢」
一礼した私とウィリアムは執務に向かう為に扉に体を向ける。そしてウィリアムはすっと手を差し伸べて、「行こうか」と囁いた。その手にゆっくりと触れると、ウィリアムは破顔して腰をグイッと引き寄せた。
一気に顔が至近距離になる。顔の近い。彼の甘い香り。
顔に熱が集まった。恋愛対象でなくても、一般論で格好良い人に間近で破顔されれば、誰でも照れてしまうだろう。今まさにそれが起こった。
赤くなった頬を押さえちらとウィリアムを見ると、彼は目を真ん丸に見開いて固まっていた。石像の如く固まったウィリアムを見て、私は一気に元通りとなり、いつまでも動かない彼が心配になったので彼の顔の目の前で手を降った。
数十秒硬直していたウィリアムだったが、やっと動けるようになったようだ。「大丈夫ですか?」と顔を覗き込むが、「大丈夫だ」と言う割には顔が真っ赤だ。熱でもあるのではないか?
「失礼します」
私がウィリアムのおでこに手をやると、益々ウィリアムの頬は赤くなる。流石の私もそれには驚きオロオロしている中、ウィリアムがチラチラと横を見ていた。
視線の先は国王と王妃。
漸く私もこの状況を飲み込んだ。失態だ。公爵令嬢としてあってはならない。一気に青ざめて行くのが分かった。しかしその一方で、自らウィリアムとの距離をほんの数センチまでに近づけていた事に羞恥心がチラチラと見え隠れする。
国王と王妃の何かを含むような生暖かい視線に気まずくなり、今度は私の顔に熱が集まる。すると、ウィリアムはゲームの中で良く見たキラキラオーラを纏いこの上ない甘さを含んだ笑みを私に向けた。
その笑顔に前世の私が反応する。
好感度がMAXになった時にヒロインに向ける笑顔だ……と。
別の所に意識を持って行っていたからか、私は今自身がどうなっているのか瞬時に把握出来なかった。少しずつ現実に戻された私は、浮遊感を覚え、それに加えて肩と脚に何か違和感を感じる。
ちらと自身の肩に視線を向けると、そこには自分より大きな手によって抱かれている事が分かった。疑問に思った私はウィリアムを見て―――――そして目が点になった。
彼の一見華奢だが筋肉はきちんとある身体と、私の身体の右側の側面が密着し、見上げたウィリアムの顔が完全に緩んでいるのを見て私はこれが何事かとゆっくりとひとつずつ理解した。
これは横抱きにされている。
完全緩みきってはいるが、流石そこは王子様でいやらしさは全く感じない。そのスキルに感心している場合では無いので、息を大きく吸い、深く吐いた私はニッコリと、あるべき公爵令嬢の笑みを浮かべて言った。
「殿下、降ろしてくださいませ」
「んー?聞こえないな。では父上、母上、失礼します」
「ごゆっくり〜」
私の抵抗も虚しく、無駄にキラキラと笑みを深くしたウィリアムは華麗にそれを聞き流し、私をそのまま横抱きにしたまま今度こそ執務をする為、王妃の傍から聞けば勘違いされそうな言葉を受けながら立ち去った。
☆☆
私は婚約祝いの品々のお礼の手紙を1枚1枚認したためる仕事をウィリアムと共に行っていた。私は一心不乱で、先程の羞恥プレイを脳内消去するかの如く書き続けた。
漸く半分捌けたという事で、私はウィリアムと休憩にする。
ロビンの様に紅茶は入れられるかなと好奇心が芽生えた私は、空のカップをソーサーの上に置いて手をその上に翳す。
ロビンは故意的に魔力を抑えているので気が付かれにくいが、実はロビンも私と同じくらいの魔力量を保持している。ロビンの技術力も他の人には到底真似出来ない程で、カップとソーサーを転移させて尚且つ紅茶を入れるという、一見簡単そうに見えるが、これはとても難しい。
パチンと指を鳴らしただけで魔法を2つ同時に扱うのは最早神業なのだ。
そもそも魔法を無斉唱で使う事が規格外らしい。例外で、私やロビンの様に普通の人より魔力量が多い人は、魔法を扱い慣れやすいので無斉唱でも普通の魔法なら扱えるようだ。
だが、転移魔法だけは違う。
転移魔法自体がとても扱うのが難しい。本来ならば魔術をきちんと唱えてやっと使えるというのがスタンダードなのにも関わらずそれを無斉唱で使うものだから驚く。
それを2つ同時に出来るロビンはやはり憧れの人物である。
それ以上に、私は魔力量が恐ろしい程多いというキャラ補正なのか、魔力を抑え込むことが出来ないので、つくづく、抑えることが出来る事が羨ましく思うのだが、今はそんな事はどうでもいい。
魔術を唱えるのが実は面倒くさいので、私は無斉唱で紅茶を入れる。私は全属性使えるのだが、水属性は特に相性が良いらしい。綺麗な色に仕上がった紅茶を見て気分が上がる。
それを終始見ていたウィリアムは「すごいな」と言った。私は素直にその言葉が嬉しくて、「ありがとうございます」と返した。
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