第8話 悪魔の囁き(ロビン視点)

「“白の騎士団”ね……」






 僕はセレイラが帰った後、1人一室で紅茶を片手に呟いた。窓の外を見ながらレイは分かりやすいなぁと苦笑する。




 ユーフォリア侯爵家のアルが逃亡した、という噂は貴族達の間で話題となっている。アルは整った容姿に高い地位を持っている為、沢山のご令嬢がアプローチしようと試みていた。近くにセレイラがいたからそれは無理だったみたいだが。




 他の貴族達はそんな噂だが、公爵家や侯爵家の人間、魔法省の人間は、アルは“白の騎士団”に入ったらしいという事も掴んでいる。




 セレイラがアルに好意を寄せていたのも私は知っていた。私どころか皆知っていたのだが、それもそのはずである。セレイラが1番楽しそうに笑い、嬉しそうに頬を染めるのも彼の隣だけだったから。セレイラの事を密かに想う者達はそれを見て傷ついたり、諦めたり。




 僕もその密かに想う者の1人だった。




 魔法を教えるという名目で色々アプローチを仕掛けたり、社交でもダンスに誘ったりした。が、彼女が鈍感なのか、わざとなのか、その想いはイマイチ伝わらず玉砕するのだ。




 途中から私はこの想いを丸め込んで、彼女を恋人にするのを諦めて、彼女には良き友達、先生としてのポジションをキープしてきたのだ。




 しかし今はどうか?




 “白の騎士団”は未だ貴族達に詳細が公表されない唯一の騎士団。しかし、“白の騎士団”は1度入ったら出ることは難しいどころか、外との接触も余りないのだそうだ。




 巨大な公爵家のご令嬢であるセレイラでも、“白の騎士団”との接触は難しいと思う。王族のみしか会うことは出来ないらしいのだ。




 なら殿下の元に行けばいいのではないかと思うかもしれないが、セレイラがウィリアムには絶対に相談出来ないのは目に見えていた。




 セレイラはウィリアムの婚約者。一見1番相談しやすいのはウィリアムだと思うかもしれないがそれは全く違う。ウィリアムはセレイラに恋心を抱いている。セレイラはアルに恋している。




 ウィリアムの性格を知っているセレイラは、ウィリアムがセレイラの背中を押して、アルに会わせる為に色々行動するだろうと踏んで相談しようとしない。




 それだけではなく、自身に好意を寄せてくれている殿方に、自分の想い人の事を相談するのも心苦しいのだろう。




 優しいセレイラは、不器用でもあるし、それが分かりやすいのも彼女らしい。




 だから僕の元に来たのだろう。僕なら地位的にも仕事的にも“白の騎士団”の事は知っているだろうし、1番相談しやすい位置にいたからである。




 彼女の力になりたいと思って、“白の騎士団”について調べると一つだけ情報を得ることが出来た。“白の騎士団”の活動拠点である。




 巨大な魔法を空に放ち、その空気の振動が結界に当たると跳ね返り、跳ね返ってきた振動が自分に当たる、という古代からの位置の特定の仕方に基づいて調査した所、見つかった。




 僕は筆頭魔術師の一族なので魔力量が多いが、その魔力をめいいっぱい使っても、微量の振動しか帰ってこなかったので、普通の魔力量の人は見つけられないだろう。




 場所は王宮から北にずっと進んだ所にある国境近辺の訓練場だった。




 この情報をセレイラが僕の元に来る直前に知った。


 僕はこの情報をきちんとセレイラに言おうと思った。




 そう、“白の騎士団”の会話になる






『“白の騎士団”は、魔法省の人間でも探し出せない程強力な結界が貼られているんだと思う。強力だけど、影は薄くなるように。お陰でどんなに強い魔力を放って結界に当たるようにしても、跳ね返って来ないから見つけられないんだよ』






 アルが“白の騎士団”に入ったという事がセレイラの口から言われた。その瞬間、僕に悪魔の囁きが聞こえる。




 セレイラの想い人であるアルが消えた。


 それなら自分の想いを押し殺さなくてもいいんじゃないの?


 今セレイラに1番近付きやすいのはきっと僕だ。


 だから……






 わざわざアルとセレイラの仲を持つ必要なんて無いよね?






 頭で考えている僕はセレイラに“白の騎士団”の情報を言いたい。


 しかし心では違っていた。






『難しいのね。ロビン兄様も知らなかったら……誰に聞けば良いかしら……やたらめったら聞けないからどうしよう……』




『……殿下には聞いた?』






 我ながらかなり意地の悪い質問だったと思う。




 無理だと切実に言うセレイラは、もうどうすれば良いか分からず泣きそうになっていた。爪が食い込むほど無意識に拳を作って、唇もこのまま噛み続けていたら変色してしまう。




 言い過ぎたかなと思い、セレイラの掌をゆっくり広げる。案の定、彼女の掌には爪の跡がくっきり残っていた。




 その時にハッとして、なんで僕は“白の騎士団”の情報を教えなかったんだろう?と今更ながらに悔やんだ。そして彼女の顔を覗き込むと、セレイラは「あーやっちゃった」とでも言うようにはにかんだ。




 さっき反省したのに、彼女のはにかみを見ると悪魔が出てくる。




 今なら彼女を自分の隣に置いておけるよ?




 と。




 頬がかぁっと赤くなるのが自分でも分かった。


 気持ちとしては、セレイラの微笑みの可愛さに耐えられなくなったのが大部分で、今なら自分の隣に彼女がいる未来が描けると思ってしまった自分の哀れさが少し。僕は耐えられなくなって口を押さえそっぽを向いた。






(僕、耐性無いなぁ……)






 その後はどう取り繕ったのか記憶があやふやだ。




 エスコートの形を迷ったのは覚えている。


 最初は腰を抱く形だったが、これだと些かセレイラとの距離が近すぎるのだ。手だけの接触だったのに、それが増えてしまったら僕の理性がこの気持ちに勝てるとは到底思えなかった。




 そこからは自分を必死に押さえつけ、普段通りの「ロビン兄さん」で居られるように努めた。不安そうな表情だったセレイラがいつものセレイラに戻って行ったので上手く僕は表情を作れているのだと安心したのだった。




 馬車のところで彼女に婚約の祝辞を言っていなかった事を思い出した。言っていないといったら、ウィリアムとセレイラの婚約発表の夜会の時、フェリス公爵家の人間として祝辞を述べたのでそれは嘘になるが、ロビンとして彼女には何も言っていなかったのだ。






『婚約おめでとう』






 自分で声に出して、勝手に寂しく、虚しくなった事は誰にも言わずそっと心の中に永遠に閉まっておこう。

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