第7話 魔法省
夜会の翌日です。
*****
ガリレオと2人、部屋で私は紅茶を片手に考えていた。
私は今すぐにでも婚約破棄したいところだが、直ぐにとはいかない。婚約してすぐ破棄にすると貴族達から怪しまれ、エリザベート公爵家の悪い噂が立ってしまう。
よって、3ヶ月後の卒業式の時に振ろうと思った。いい感じに感動的に……ならないかもしれないが。
その卒業式までの3ヶ月の間、私は“白の騎士団”に接触しなければならない。“白の騎士団”は公には公開していないし、知っている有力貴族達や騎士達も、一体“白の騎士団”が何処を拠点に置いているのか全く分からない。
ウィリアムは分かっているかも知れないが、それをわざわざ本人に聞いたところで情報漏洩になる上に、確実に目的がバレてしまう。
しかし、一つだけ情報を持っている可能性がある団がある。
魔術師団だ。
魔術師団とは、ある一定以上の魔力量を保持している者で、魔術の技術、知識を兼ね備えた、所謂エリートと呼ばれる人々が集まった団であり、この人達は必ず魔法省の人間である。魔術師団も戦になれば前線に立って戦うし、全騎士団との交流も少なからずあるのだ。
それだけではない。私が1人で魔法省や魔術師団に行っている事が誰かにバレても、大騒ぎにはならないだろう。魔力量が多い者が、魔法省や魔術師団で学園生のうちから働いたり出入りする事はあまり珍しいことでは無いからだ。
そこで、だ。魔法省で働いているロビン=フェリスに力を借りたいと思っていた。筆頭魔術師の一族フェリス侯爵家の彼ならば、何か他の貴族が持っていない情報も持っている可能性が高い。
ロビンのフラグは完全に折ってきたので、恋仲には発展しなかったが、良き友人であり良き師匠として私は慕っている。あの垂れ目が細められた時がとても好きだ。柔らかくてほっとする。私の中ではロビンは兄ポジションだ。
私は口角をニヤッと上げた後、ガリレオに指示を出す。
「ガリレオ、明日魔法省に行く手配を」
「畏まりました」
私はガリレオがいれた紅茶を啜りながら、夕日で赤く染まった空を呆然と眺めていた。
☆☆
近代的な建物が並ぶ中、一つだけ不自然に古い建物が立っている。ここが魔法省だ。
古いからといって汚い訳ではない。使い古されアンティーク調となった家具が、魔法省の雰囲気を醸し出している。
ゲームの時に通い慣れた魔法省の廊下を優雅に進む。私は公爵家の人間なので、すれ違いざまに一礼をされるのだが、私もそれに返しつつ……という感じなので中々進みが遅い。
やっと着いたのは「第1部署」だ。ここでロビンは働いている。「第1部署」は魔法省の中でもエリート中のエリートの集団だ。
私は久しぶりにここにやって来たので緊張の面持ちでノックをする。ドアが開かれて出てきたのは―――ロビンだ。
ひょっこりとドアの隙間から顔を出し、私の顔を見てニッコリしたロビンに私も微笑み返す。今は冬なのに、ここだけ春が来たようにポカポカ暖かい。
そう言えば、冬なのに、何故ウィリアムに求婚された花畑では花が咲いていたのだろうか。しかもあんなに満開に。
ぽーっと考えていると、ロビンに顔を覗き込まれて不思議そうにされたので、首を横に振って、彼のエスコートを受ける。
入口は、狭い一室の出入口の様なのに、入ると何部屋とある広い家のようだ。今は慣れたものの、初めて入った時は感嘆の声を上げたのを覚えている。
きりりとした横顔に魔法省の制服を着こなした大きな身体。私はそれを見て、尊敬の念と共に憧れの念を抱く。
ある小部屋に着いた私達は、向かい合わせにソファーに座った。ロビンはパチンと指を鳴らすと、私達の目の前に紅茶のカップとソーサーが現れ、瞬く間に鮮明な色の紅茶が注がれる。
私も紅茶の上に手を翳し、魔法を使ってミルクを入れる。手をゆっくり引くと、鮮やかなミルクティーが視界に映る。
ロビンにそれをやって欲しいと言われたので、ロビンの方が上手では?と疑問に思いつつもロビンのカップに手を翳して同じようにミルクを注ぐ。
ロビンは「お揃いだね」とふわりと目を細めて言った。
普通のご令嬢だったら落ちてしまうだろうが、私はそれには落とされず「ええ!」と返事を返した。
足を組んで優美にカップを口に持っていくロビンはとても綺麗で画になる。思わず見とれていると、それに気がついたロビンがきょとんとした顔になった。
「ふふっ、ごめんなさい。なんでもないのよ」
「レイは偶に変だよね」
「ロビン兄様も十分変よ?」
「ははっ、人聞き悪いなぁ。……で、今日はどうした…?」
真面目な顔で、しかし声は柔らかく、身を乗り出したロビンに私は一呼吸置いたあと話を切り出した。
「……ロビン兄様は、“白の騎士団”と関わりある……?」
「……理由を先に聞いても?」
「……会いたい人がいる。その人に会ってちゃんと話がしたいの」
「そっか。僕も“白の騎士団”とは関わりは無いなぁ」
「そうよね……」
「“白の騎士団”は、魔法省の人間でも探し出せない程強力な結界が貼られているんだと思う。強力だけど、影が薄いように。お陰でどんなに強い魔力を放って結界に当たるようにしても、跳ね返って来ないから見つけられないんだよ」
「難しいのね。ロビン兄様も知らなかったら……誰に聞けば良いかしら……やたらめったら聞けないからどうしよう……」
「……殿下には聞いた?」
まさかロビンの口からそれが出てくるとは思わなかったので、豆鉄砲をくらったような表情になってしまう。
けれど……ウィリアムには聞けない。絶対に。
私は目線を逸らして唇を噛んだ。
「……聞いてないわ……聞けないもの……」
「ウィリアム殿下ならレイの相談を真摯に乗って下さると思うけどな。レイはウィリアム殿下に今、最も近い貴族だし」
「そうなのよ……そうなのだけど……」
首を横に振って、言葉を続けようとしても上手く言えない。私はそのまま俯いてしまった。
ソーサーとカップがコトリと机に置かれた音がして、顔を上げると、ロビンが私の手を上から掌で包み込んで微笑んでいた。
「そんなに握りしめていたら、跡がついてしまうよ?」
「あ……ありがとう……ロビン兄様」
いつの間にか爪の痕がつく程に握りしめていた掌を、ゆっくりと開いてくれたロビンは、いつも私に向けてくれた優しい笑顔で、私はそれが嬉しくて、はにかんだ。
ロビンは目を見開いた後慌てて私から離れ、口元に手の甲を持っていきそっぽを向いた。心做しか耳が赤い気がした。何だろうと思い首を傾げたが、返答は無さそうなので、紅茶が冷めないうちに飲もうとカップに手を伸ばす。
紅茶を味わっていると、ソファーに座ったロビンが咳払いをして「ごめん」と言ったので、私は何のことか分からなかったが、「ううん」と首を振って笑った。
「いつでもおいで。僕も“白の騎士団”について調べてみるよ。何か分かったら連絡する」
「ごめんなさい。ありがとうございます、ロビン兄様」
私は腰を上げて帰ろうとすると、ロビンは行きと同じく手を差し伸べてきたが、一瞬戸惑ったようだ。いつものロビンらしくなく、首を傾げると、「なんでもないよ」とでも言うように首を横に振って腕を出した。
行きは腰を引き寄せる形のエスコートだったが、帰りは腕を組むスタイルに変更するらしい。エスコートの形を変えることは珍しいことで無いのだが、ロビンが急に変えたのに驚いてぎこちなく腕を絡ませる。
あの時慌てていたロビンが嘘のように、いつも通りの雰囲気で私は馬車まで見送られた。最後に「婚約おめでとう」と言ってくれた彼の表情が寂しげだったのは何かの見間違いだと結論づけて私は馬車に乗ったのだった。
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