第6話 婚約発表は婚約破棄ゲーム開始のファンファーレ

 林檎のように真っ赤に染まったウィリアムを見て可愛いと思ってしまった私は、ふふふっと笑みを零してしまった。するとウィリアムは驚いた顔を見せ、直ぐに弾けるように笑った。






「やっと笑ってくれましたね、セレイラ」






 先程の熱の篭った視線で言われた自分の名前。今は普通に呼ばれただけなのに私は過剰に反応してしまう。私は口説き慣れていなかったのだ。その私の反応が意外だったのか、ウィリアムは首元に手をやって「参ったなぁ……」と照れ笑いに近い苦笑いをした。




 そんなこんなで直ぐに王宮にやってきた私はウィリアムの手を取りエスコートを受ける。




 会場に入ると、やはりどよめきが立った。




 第1王子という身分なので、やたらめったらパートナーを付けることはあまり好ましくない。それなのに今王子はただ1人の令嬢を連れているのではないかと。




 私の身分は相当なので反論できる者は少ない。




 しかし、前世の私から見た客観的価値観では、セレイラは美少女である。この世界で重要視される魔力の量も異常なほど多い。




 だから反論したくても反論出来ず歯ぎしりをしている者が何人もいた。




 周りからの私を値切るような視線に耐えながら、隣を歩くウィリアムをちらと見ると、やけに堂々としていて満足そうだった。私の視線に気がつくと、ふわりと笑って「大丈夫」と囁く。




 私はその笑顔に不覚にもドキリとしてしまった。


 今まで見たことの無い幸せそうな笑顔だったから。


 私は公爵令嬢としての仮面を外さないように微笑み返した。




 優雅な音楽が流れており、みなグラスを片手に歓談している。しかし、それはみな私とウィリアムの事を話している。




 1度音が途切れた。ダンスの時間だ。






「1曲お付き合い願えますか、レディ」






 腰を少し折り、私に手を差し出すウィリアムは控えめに微笑んでいた。白くて細いけれど男らしい掌に、「喜んで」と自分の手をゆっくりと重ねる。その瞬間ウィリアムは嬉しそうに目を細めた。




 公爵令嬢としてダンスも完璧にしているし、相手も王子でとても姿勢が綺麗。ダンスが好きであり少し得意であった私は、このダンスがとても楽しくて自然と笑顔になる。






「ダンスもお上手ですね。今まで私とは踊った事もありませんでしたね……」




「お褒めのお言葉大変光栄です。そうですね。殿下とはあまり……」




「てっきり嫌われていると思っていたんだけどね……アル殿やロビン殿と何が違うんだろうと」






 アルは積極的にアプローチしていたし、ロビンはフラグを折っていくうちに何故か仲良くなってしまって今は友達兼師弟関係だ。護衛のガリレオとも悪くは無い関係だが、それを表立って見せる訳でもないのでウィリアムは知らない。






(一言で言ってしまえば、嫌われようとしていましたけど……)






「わたくしも何故殿下がわたくしなのか分かりませんでしたの。今もですが……」






 苦笑いを零して言った私の言葉に、あの時の熱視線を伴いながらウィリアムは返した。






「セレイラ……私が貴方に恋したのは貴方の社交界デビューの日だよ」






 社交界デビューをしたのは11歳の時。ゲームが始まるずっと前。しかし私は疑問に思った。確か社交界デビューの日は王宮主催ではなく、エリザベート公爵家主催だったと。ウィリアムが来ていた覚えも無い。それを感じてか、ウィリアムは続けて言葉を紡ぐ。






「私はお忍びで夜会に行ってたんだ。常々セレイラの事はアル殿から聞いていたし、そろそろご令嬢達を見極めなければいけないと思ってね。だからその時は興味半分仕事半分だったんだ」






 目を軽く伏せながら言ったウィリアムの言葉に相槌を打ちながら、いつ私は彼に接触しただろうとその時の事を必死に思い出していた。






「……貴方を見た時の衝撃は凄かったよ。花が綻ぶように笑い、妖精のような儚さで、蝶が舞うように踊るセレイラに心奪われた。結局あの日は私はダンスを申し込めなかったけどね」




「わたくしはそんな大層な人間ではありません……」






 否定する私に無言で首を横に振るウィリアム。






「その時から王宮での夜会の時は話しかけるようにしたんだ。ダンスも申し込んだけど、予約が沢山入っていて無理でしたし。どうしても仕事で貴方に会えるのが他の人より遅れてしまう」






 ゲームでも、ウィリアムのコースは夜会で好感度を上げる機会が多かった。そこでも完璧にフラグを折ってきたのに、余計に何故だろうと思ってしまう。






「しかも、1番私の所に来て欲しい貴方はいつも遠い所いましたしね」






 悪役令嬢を筆頭に沢山のご令嬢に囲まれていたウィリアムが、私の事を見ていたなんて考えもしなかったので驚く。ダンス中なので笑顔ながらも、驚愕と顔に貼り付けた私を見てウィリアムは苦笑した。






「だから……貴方が今私の隣に居てくれて、これからも貴方が私の隣にいる事がとても嬉しい。例え今はアル殿の事を考えていても、いずれは貴方の心を私が掴んでみせます」






 赤い瞳を妖美に揺らしながら私に愛の言葉を囁いてくれたが私は内心困っていた。




 婚 約 破 棄 す る 予 定 で す




 と。




 丁度ダンスが終わったので、お互いに礼をすると、拍手とともに歓喜の声が会場を包んだ。それに少し驚いたが、私とウィリアムは観客に一礼をして、そのまま王と王妃がいる壇上の上に向かう。




 そして時は来た。


 これは婚約破棄をするゲームのファンファーレだと思えば良い。




 王が口を開いた。






「第1王子ウィリアムから、みなに報告がある」






 聞き逃すまいと貴族達は耳を傾ける。音楽も控えめだ。


 ウィリアムは私の腰をぎゅっと引き寄せ、声高らかに告げる。






「私ウィリアム=シェナードは、エリザベート公爵家のセレイラ嬢と婚約を結ぶ事になった事をここで報告する」






 私は少しウィリアムから離れ、右手を握られながら私は淑女の礼をできるだけ優雅に、可憐にした。お互いに顔を合わせて微笑んだ私達は、貴族達からの溢れんばかりの拍手と歓声を浴びる。花びらが舞い、それはそれは幻想的なのだが、私は心の中でハチマキをぎゅっと頭に巻いて覚悟をした。




 これは婚約破棄というゲーム。


 ウィリアムとの駆け引きをして、アルの元に行くゲーム。


 大丈夫、大丈夫よ。




 これでウィリアムと結ばれるヒロインのお話は終わり。これからは私個人としてのゲームに振り回されない物語が始まる。

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