第3話 婚約の意味は?
翌日、父から婚約が結ばれた事を報告された。
返事をしてそのまま何も無い様に取り繕い下がろうとしたのだが、まさかの事態が起こった。
「明後日の夜会で発表する事になった」
「え………?!」
「何か問題だったか?」
「いえ………はい、分かりました」
「うむ。婚約おめでとう。殿下と幸せになりなさい。辛かったら言うのだぞ。父様が国王をボコボコにぶっ潰してやる」
「ぶっ潰さなくては良いですが……ありがとうございます」
「うむ。あぁ、今から王宮に行くからセレイラも準備をしてくれ」
「はい」
父の前で平然を装いながら、心の中では「嘘だろー?!」と叫んでいた。エンドロールでは具体的な日にちは書かれていなかったが、王族が開く夜会は早々無い為、早くても3ヶ月後のウィリアムの生誕祭だと思っていたが、爪が甘かった。
夜会用のドレスや装飾品はあちら側が用意してくれるらしい。それも少し拒否したかったのだが、人から善意で頂ける贈り物、しかも王族からの贈り物を突き放せるような神経はしていない。
頭を抱えながら部屋に戻ると、いつも以上に意気込む侍女達があれよあれよと私を取り囲み、湯浴みやらマッサージやらコルセットやらをぱぱっと仕上げる。
極一般的なAラインの水色のドレスで、ドレスの裾の方になると白になっており、綺麗なグラデーションがかかっている。
金色の糸で薔薇が小さく所々に刺繍されているこのドレスは、裾がひらりと舞う可愛くも清楚なドレスだ。
首元には真珠の首飾り、頭にはティアラをモチーフにした煌めく髪飾りで、耳には控えめな大きさの真っ赤なルビーが。
この真っ赤なルビーは言わずもがなウィリアムの色だろう。
最初侍女達は胸元が広く開いた真っ赤なドレスを出てきたが、全力で拒否してイヤリングで我慢してもらっている。
何だか「えー残念」と侍女達の抗議の声が聞こえてくるが知らないふりをする。本当はこのイヤリングも嫌なくらいだから、許して欲しい。
めいいっぱい着飾った私は父と一緒に馬車で王宮に向かう。
公爵家と王宮はそれ程距離は無い。普通に何事もなく走れば、2時間ほどで着く距離だ。他の家が半日から1日掛かると考えると、とても近く思える。
王族主催の夜会の時には家と王宮が近くて役に立ったが、今はこの近さが恨めしい。
父との会話も直ぐに過ぎ去り、あっという間に王宮に到着した。到着早々出迎えたのは婚約者ご本人―――ウィリアムだ。
「急に呼び出してすまない、エリザベート公爵、セレイラ嬢」
「いいえウィリアム殿下。この度は我が娘を選んで下さりありがとうございます」
「私はセレイラ嬢の事が好き、ただそれだけだ。さぁこちらへ」
手を差し出されては応えるしか無いだろう。自身の手をゆっくりと軽く触れる程度にウィリアムの手に重ねる。するとウィリアムは、私の手を固く握りしめて腰に手を回して引き寄せた。
ウィリアムと私の距離は0で、彼の甘い香りが鼻をくすぐる。
腰に回された手が少しだけ擽ったくて身を捩りそうになるが、必死に耐えてにこりと微笑むと、ウィリアムは満足げに微笑み返した。
ウィリアムにエスコートされ、その後ろから父が付いてくる形だが、ウィリアムが私を引き寄せた辺りから、父が視線でウィリアムを焼き殺しそうで冷や冷やしている。
ちなみに父も膨大な魔力を保持している為、視線で焼き殺すというのは案外笑い事ではないのだ。
「抑えてお父様!」という私の必死の嘆願が伝わったのか、少しだけそれは緩み、苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いた。
謁見の間に着いた私は国王と王妃に淑女の礼をする。
「面を上げよ、セレイラ嬢。婚約の件はありがとう。セレイラ嬢が息子の妃になってくれるなんて、十分すぎるくらいだ」
「わたくしは感謝しかございません。大変光栄に思います」
「しっかりしているな。なぁ?“氷の公爵”殿?」
「当たり前だろ、俺の娘だ。揶揄っているつもりならそれは大間違いだぞ」
「あぁー怖い怖い。さて、ウィリアムとセレイラ嬢は2人で色々散歩しておいで。私とジーナとガストンで色々手配しておくから」
「父上、ありがとうございます。では失礼致します。いこうセレイラ嬢」
何やらニマニマしている国王と王妃、ウィリアムを睨みつけている父を背に、ウィリアムと謁見の間を後にした。
☆☆
私とウィリアムは王宮の薔薇園を歩いている。
歩いている時は趣味の話や家族の話等、たわいもない話をしていた。暫くすると白い東屋が見えてきて、そこにあるソファーに私とウィリアムは腰掛ける。
王宮勤めの侍女達は直ぐに紅茶とお菓子の用意を済ませ、直ぐに下がった。無駄のない動きは王宮勤めのエリートだということを伺わせる。
先程の花が開くような笑みが消え、真剣な表情でこちらを見つめるウィリアム。私はその真摯な赤い瞳に吸い込まれそうになる。どうしたのかと首を傾げると、眉を下げて困ったように笑った。
「……セレイラ嬢、本当にいいのかい?」
「へ?」
思いがけない問いに、公爵令嬢らしからぬ声が出てしまった。
急にどうしたのだろう?
「いや、聞き方が不味かったな。私との婚約は嫌ではない……?その……アル殿の事が色々あるだろう?」
私は返事に困った。はっきり言ってこの婚約はしたくはないからだ。アルに恋情を抱いているというのも変わらない。しかしそれを口に出してはいけない事も容易に分かる。
私は唇を噛み、ドレスをきゅっと握りしめた。
「……すまない。困らせたかった訳じゃ無いんだ。セレイラ嬢……アル殿には会ったかい?」
「いいえ……」
「はぁ……アル殿にエリザベート公爵邸に行けとあれ程言ったのに……」
「あの……アル……いえ、アル様がどうなさったのですか?」
私の問いに今度はウィリアムが困った表情をした。眉間に皺を寄せて目を泳がせた後、何処か悲しそうに瞼を閉じ、そして更に真剣味を帯びた瞳を私に向ける。燃えるような瞳は私の瞳を捉えた。
「………私からは……すまない。今は答えられない。だが、これだけは言おう。アル=ユーフォリアは停学する」
「え………?」
私はウィリアムから言われた事を咄嗟には理解出来ず思考回路が途絶える。何か言葉を紡ごうと思っても、口からは「何故?」としか出てこない。体を震わせる私の手に自身の手を重ねたウィリアムは「聞いてセレイラ嬢」と言った。
「本当はアル殿が自分でその理由は貴女に言うべきだ。しかし……私の口からは今は言えない。すまない。だが、これだけは言う。私はアル殿に変わって君を守ろう。私に無理に振り向こうとしなくていい。だから私の側にいてくれないか。頼む」
ひょっとしたら私より泣きそうな声色と表情でそういったウィリアムは、私に頭を下げた。私は慌てて「頭を上げてください」と嘆願する。王族というものは簡単に頭を下げてはならない。しかも1貴族の1令嬢になんて以ての外。
これは何かあるのかもしれない。
目の前のこの人も何か私みたいに抱えているのかもしれない。
だからアルに1度話を聞かなければいけないと思った。
私は、今にも罪悪感に押しつぶされそうな彼を目の前に否定の言葉は口に出来なかった。
「はい………わたくしは……殿下のお傍におります……」
ぎこちないかもしれないが、震えるウィリアムの手を握った。
死角でよく見えなかったが、彼の赤い瞳が涙で揺れたような気がした。
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