第4話 何故……
少しして項垂れる頭をゆっくりと上げたウィリアムは、先程の悲痛な表情が嘘のようにカラリと私に微笑んで見せた。しかし、いつもの自然な笑顔とは違い、無理に笑っている事が読み取れる。
だから私は彼の笑みに苦笑いで返すことしか出来なかった。
ウィリアムは「そろそろ戻ろうか」と言ってエスコートする。
戻るついでに薔薇園の中で1番立派な真っ赤な薔薇を摘み取り「私の気持ちだよ」と私に渡してきた。手渡された薔薇は、他の薔薇よりも香りが強く、自身が薔薇であるということを強調しているようだった。
そこから何事もなく、明後日の夜会の為にもその日はお開きとなった。
☆☆
私は天蓋付きの豪華なベッドの上で1人、天井の一点を見つめながら今後について考えを巡らせていた。
婚約発表は明後日の王族主催の夜会。婚約を発表される前に、つまり、明日中にウィリアムに嫌われるというのはほぼ不可能だ。彼が何が苦手なのか、何をしたら彼が嫌がるのか。完璧な王子様キャラだからなのか、ゲームでは全くそんな素振りは無かったし、今この世界で生きていても彼と関わって来なかった為分からない。今になって彼と関わりを持たなかった事に後悔した。
そこで、婚約発表までに婚約破棄に持ち込むという作戦は放棄する事にする。
どうするのが正解だろうか?
相手は王族だ。王子が公爵令嬢に手を上げた、王子が浮気した等、下手に噂を立てれば公爵家うちが危ない。だからって真正面で彼に婚約破棄を持ち掛けても首を縦には振らないだろう。こんなにねちっこい……いや、溺愛癖は完全に予想外の事でもあった。
私の想い人――アルが急に停学する事になったという事も驚きだ。私は彼の幼馴染。気が付けば横にいて、悩みや決断はお互いに話していた仲だった。だから、私は彼とはあまり会えないと思うと心の中がぽっかり穴が空いたような空虚感を感じた。
まずはアルに何としてでも会わなければならない。アルの親友であるウィリアムは、アルが何故停学となったのかを知っているようだった。
学園帰りにユーフォリア侯爵邸に行くことを決めた私は、ぎゅっと瞼を閉じて羊を数えながら眠りについたのだった。
☆☆
下校時刻となり、すれ違うご令嬢達からの挨拶に対応しながら急いで迎えの馬車に急ぐ。
公の場でウィリアムとの婚約は発表していないが、やはり知っている者は知っている。今日は沢山のウィリアム狙いの令嬢達が私をきっとハンカチを噛みながら睨みつけてきた。本当は変わって差し上げたいと思っていた私は動じなかったが、ひっそりと溜息をついた。
『婚約を夜会で発表するまでは、あまりセレイラ嬢には近づかないでおくから安心して?』
と、昨日王宮でウィリアムから言われたので、同じクラスだが、話しかけて来るどころか目もあまり合わない。偶に合うとにこっと微笑み、それに私もにこりと微笑むという、傍から見れば仲睦まじく見えるだろう。それくらいが丁度良いのだが、婚約が発表されてしまえば、そうもいかないのが面白くないところだ。
急いで馬車に乗り込んだ私は、ユーフォリア侯爵邸に向かうように指示を出す。あまりユーフォリア侯爵邸には学園帰りには行ったことが無いので、御者は一瞬「ユーフォリア侯爵邸ですか……」と戸惑ったが、直ぐに「畏まりました」と馬車を進めた。
「久しぶりでも何でも無いのに…懐かしく感じるわ……」
見えてきた侯爵邸は、エリザベート公爵邸よりかは規模は小さいがとても立派な屋敷である。美しい彫刻が至る所に置かれており、他にも滝のような演出があったり変わった噴水が置かれていたり。内装も豪華絢爛だ。
エリザベート公爵邸は金属や石と言うよりかは、どちらかと言えば花や木々で美しさを表現しているため、見慣れない芸術にワクワクしている。
執事の案内のもと客間に通された。
(やっとアルに会えるのね……!)
緩んでしまう口元を引き締め、踊る心を必死に抑えていると、ガチャリとドアが開かれる音がした。
「アル!!………え?」
立ち上がり彼の名前を呼ぶも、ドアから顔を出したのは彼の母親だった。予想外のあまり情けない声を漏らす。
ユーフォリア侯爵夫人はフワリと微笑んで私の目の前のソファーに腰掛ける。私も腰を掛け直すのだが、目の前にいるユーフォリア侯爵夫人の表情を改めて見ると、何処かぎこちなく顔色も悪く見えた。
アルが不在の上、夫人までもが体調を崩しているのに訪問してしまった、失敗した、と心の中で呟いた私は、夫人に声を掛ける。
「おば様、突然の訪問をお許し下さい。顔色が冴えない様ですが……如何ですか……?」
「セレイラさん、わざわざありがとう。少し体が弱っているみたいなのよ。心配かけてごめんなさいね」
「いえ…お大事になさって下さい。…ところで…アルはどちらに…?」
そう聞くと、夫人の元々悪い顔色が更に悪くなり、体がガタガタと震えだした。そしてポロポロと留まるところを知らず涙が溢れだした。私は目の前で起こった一瞬の出来事に最初対応が出来ずフリーズしてしまったが、はっとしてハンカチをそっと手渡す。受け取ったハンカチで目元を拭いながら、震える声で言った侯爵夫人の言葉に私は絶句した。
「……息子は……この家にいません……暫く……帰ってこないと……」
言い切る前に、嗚咽で過呼吸になった夫人の隣に慌てて私は座り、彼女の背中を撫でながら外に控えている侍女に助けを求める。私の声を聞いて入ってきた侍女達は、青ざめながら介抱をし、私は帰宅する事になった。
帰宅する前に、案内してくれた執事にアルの事を聞いてみる。私の事を昔からよく知っている執事だ。白く伸びた髭を撫でながら、困ったように、いや悔しそうにと言った方が良いだろうか、彼は眉間に皺を寄せて話してくれた。
「セレイラ様、この事は必ず内密になさいますよう、約束して頂けますか?」
「勿論よ」
「……実は……アル様は……騎士団に入りました」
「あら、そうなの?」
私は「なーんだ」と思っていた。
何故なら、貴族の次男以下が騎士団に入る事は別に珍しい事では無かったからだ。しかし、執事の顔がどんどん曇っていくので、私は何事かと耳を傾ける。
「……それも……“白の騎士団”に……」
私はその瞬間ビリリと電流が体に走った。驚愕、絶望、怒り……。私は色々な感情がごちゃ混ぜになり、腰を抜かしてしまう。直ぐに執事に支えてもらった為尻もちを付くことは無かったが、それ以上の心の痛みがズキズキする。
“白の騎士団”
ぱっと見ればカッコイイ騎士団の名前だろう。英雄が所属していそうな騎士団の名前だが現実は違う。
ここシェナード王国は全部で5つの大きな騎士団がある。小さな騎士団は沢山あるが、国が全面的に援助しているのは5つだ。
まずは“青の騎士団”。国を防衛する、所謂いわゆる騎士という者が所属する騎士団だ。戦争の際には戦力として戦地に赴く。
そして“緑の騎士団”。この騎士団は医師免許なり薬師免許なりを持っている者でなければ入る事が出来ない。鍛練もしつつ、戦争の際には救護等をする裏方メインの騎士団。勿論人数が足りなければ薬ではなく剣を手に戦地に向かうこともある。
次に“黒の騎士団”。ここは一定以上の実力を持つ頭脳明晰な騎士が集まる団で、剣を持って直接戦うのではなく、作戦等を練る方で活躍する。鍛練も欠かさない。
4つ目“金の騎士団”。所謂「近衛騎士団」だ。これは王族の外出等に護衛を担当する騎士団。戦地に赴いたりはしない。
だから、私は“金の騎士団”辺りにアルは所属したのだろうと思っていた。“金の騎士団”も並大抵の実力では入れないが、彼の父親であるユーフォリア侯爵は剣の腕前が“黒の騎士団”レベルだと言われている為、稽古をしていればアルなら“金の騎士団”に入れるだろう。
“金の騎士団”ではなく、もしかしたら“黒の騎士団”かも知れないとも思った。アルは頭が良くまわる、秀才だった。
しかし、それはどれも間違いだった。
アルは“白の騎士団”――別名「死の騎士団」に入ったのだ。
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