第2話 落ちるポイントは皆無
「ねぇガリレオ」
「はい、セレイラ様」
私は馬車の中で、ゲームの攻略対象の1人である自分の側近ガリレオ=ティリダテスに問う。
「ウィリアム殿下は何故私なのかしら?」
「………それは殿下ご本人に聞かれるのが1番かと存じますが」
「……そうなのだけど……難しいわ……」
今思えば、ガリレオがプロポーズしてくる展開は有り得るのかもしれない。
ガリレオは自身の側近だ。いつまで経っても他人行儀で真顔で居られては少々居心地が悪いので、少しだけ好感度を上げたことは否めない。
お陰でまだ堅いものの、少し表情を崩したりしてくれる様になった。
だが。
何度も言うが、ウィリアム=シェナードには全く好感度を上げていないのだ。寧ろマイナスじゃないかと思うくらいに嫌われるように接してきた。いや、嫌われるようにというのは言葉のあやだが、異性として好かれないようにしてきたつもりだ。
考えれば考える程、疑問が沸いてくるので、私は無理矢理頭を振って考えないように、別の事に意識を向ける。
そうこうしているうちに家に戻ってきた。
流石は公爵家。屋敷は立派な造りになっており、敷地内には小さな川や大きな庭園がある。
流石にまだ正式な婚約状は届いていないだろう。
直ぐに父に自分の意向を示さなければならない。
ゲームには出てこないが、セレイラの父、ガストン=エリザベートは、中々の親バカである。
あまり人前では表情を崩さない為、他の貴族からは“氷の公爵”と称されるようだ。美形である為、尚更冷たく感じるのだろう。
しかし、娘のセレイラに対しては別人だ。
ニコニコ、いや、デレデレになるガストンには、“氷の公爵”なんて渾名の要素は何処にも見当たらない。どちらの父も大好きだということは変わらないのだが。
そんな父だから、私の気持ちは最優先に考えてくれるだろう。
屋敷に着いた私は急いで、しかし淑やかに父の部屋に急ぐ。
「お父様、セレイラです。少々お時間宜しいでしょうか」
「あぁ」
父は机の前に座りながら、優しい表情と柔らかな声で入室したセレイラを出迎える。
「セレイラからとは珍しいね。どうしたんだい?」
「ウィリアム殿下から婚約の申し入れがありました」
そう口にした瞬間怒りを露にした父が手にしていた羽ペンをブチりと折る。
ここまでとはと、こうなる事は予想はしていたが、予想以上で私は苦笑いを零す。
「あんの国王の息子が私の大事な娘を選ぶとか大した度胸じゃないか…!いい趣味しているとは思うが……」
「お父様、少々論点がズレております」
父は国王とは学生時代の良き友人の1人だった。
眉間に皺を寄せた父は、何か聞き捨てならない事を先程からブツブツ口にしている。
「………それで、セレイラ。受けるのか?」
「………殿下からのご好意ですので……」
あくまでも殿下からのご好意だから受け入れると強調して返す。プロポーズを嫌でも受けてしまった手前、ドタキャンで断る訳にはいかないのが今最も面倒だ。
「………そうか。では1度受理しよう。辛くなったら言いなさい。お前の気持ちが一番だからな」
「ありがとうございます。では失礼致します」
父の部屋を退出した後、私は1人部屋で自分の何処がいけなかったのかを悶々と考える。
14歳、シェナード魔法学園に入学する所からゲームは始まる。
シェナード魔法学園は14~17歳の間、魔力を保持している者が通うシェナード王国公認の学園だ。
シェナード王国の人間には珍しい、父譲りの艶やかなプラチナブロンドの髪に漆黒の瞳、母譲りの整った容姿の上、膨大な魔力の保持者であったセレイラが学園で目立たない訳が無い。
前世でプレイした時は、「セレイラは主人公だからまぁそうだよね」と当たり前のように流していたが、今となっては重要案件である。
視線が痛いのだ。自分が反論しない事をいい事に、勝手な妬み嫉みの令嬢達の声が嫌という程聞こえてくる。しかし自分は公爵家の人間なので、表立ってやる強者は殆ど居ないが。
「きっとあの方、公爵様に頼んで魔力を増やす危ない薬を手に入れたに違いないわ」
そう皆口々に言うのだ。
魔術を使いこなせるようになった17歳の春、学園内を歩いていると、誰かが遠距離魔法で私を転ばせようと仕組んだ。
淑女が外で転ぶなんて、もっても他で恥となるからだ。
案の定、自分の体は前に倒れる。
ここでウィリアム=シェナードのターンが始まるのだ。
ウィリアムは、転びそうになったセレイラを抱き留め、甘く微笑む。その後のセレイラの行動によって、好感度が変わる。
1.はにかんでお礼を言ってウィリアムの手を握る
2.はにかんでお礼を言って急いで去る
3.赤面して震えて俯く
選択肢はこの3つ。この場合の正解は2番だ。
2番を選んだ場合は、セレイラに一目惚れをしたウィリアムが去ろうとするセレイラの腕をパッと掴み、セレイラは何処も汚れていないのにハンカチを手渡して急いで去ってしまうのだ。
ハンカチを渡した理由は、セレイラに会うための口実作りの為なのだが。
私が選択したのは1番。
ウィリアムは、数多くの令嬢達から言い寄られている為、相手に少しでも恋情を見せられると反射的に拒否してしまうのだ。
それも相手に気が付かれないように、相手が傷つかないように、するりとやって退けるから凄い。だから王子様キャラが確立しているのだ。
実際、ウィリアムの反応はゲーム通りだった。
するりと握った手を離し、「次は気をつけるんだよ」と柔らかな笑みで言ってから去っていく。
やはりどう考えてもウィリアムがセレイラに落ちるポイントは皆無だ。
いいや、過去のことを考えても意味が無い。
取り敢えずゲームのエンドロールの内容を思い出す。
ウィリアムとセレイラの婚約は近々の夜会で発表される事となる。公爵令嬢という地位、ウィリアムに引けを取らない美貌、魔術師も舌を巻く膨大な魔力、と、三拍子が揃っているセレイラは、誰からも反論されず、国民からも大いに祝福されるのだ。
公に発表してしまうと、婚約破棄が安易に出来なくなってしまう。だから、何としてでも夜会の前に婚約破棄まで漕ぎ着けなければならない。
自然と溜息が出る。私はいけない、と自分を叱咤する。
気を抜いてしまえば、確実に婚約破棄のチャンスを逃してしまうと思ったから。それに、アルの事で頭がいっぱいになってしまって涙が出てしまうから。
ゲーム通りに進めたのに、アルが花畑に来なかったのは何かしらのっぴきならない事情があったはず。そう思わないと心が折れそうになるのだ。ゲーム関係なしに私は完全にアル=ユーフォリアという男に恋心を抱いていたのだ。
「軽い失恋ね……」
急に人肌が恋しくなった私は近くにあったクッションを抱き寄せたのだった。
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