幕間 動き出す歯車

『シュウは疑問に思ったことは無い?』


『なんで勇者は1人だけなのか』


『レイやサバトはそういうものだなんて言ってたけど』


『納得できるわけないでしょ。元から定められていた事ことだから、で』


『選定方法もおかしいよね。資格じゃなくて可能性とか、誰が選んでるんだよって話』


『ここまで話が曖昧だと、勇者しか世界を救えないって部分も懐疑的に見ざる負えないというか』


『あああ、考えることが多すぎる。ねぇ、シュウ。君がもし勇者に為った暁にはこの疑問の検証を―――』






勇者。ある者にとっては救いであり、ある者にとってはカードであり、ある者にとっては家族である存在。


灰色髪の男にとっては忌々しいことこの上ない存在であった。


日本のとある集落に建てられた礼拝堂。その地下室にて、ドロドロに黒く濁った液体を流し込みながら、男は今しがた、仲間への連絡を終える。


そうしてティーカップを机に置き一息ついたところで、スマホが鳴った。


見なくてもわかる。報告確認といつものように独断専行への非難に注意だ。


そんなものはどうでもいいと無視しながら、男は机に放っておいた封筒を開き、中から数枚の紙を取り出す。


それは組織にとっての重要機密。受け取りには4段階、処分には3段階の手順を踏まねばならない代物。


とはいえ、男にとっては殆どが既知の情報にすぎないのだが。ここでの目的は、組織が今回の件についてどれだけ把握しているかの確認にあった。


「想定通りだな」


ものの数秒で読み終えた男は、その書類に、先程まで口にしていた液体をためらいなくぶちまける。


机を含め、その周辺に被害を及ぼすかに思えた液体は、どのような力が働いているのか、紙のみを黒く染め上げ、灰の様に崩れ、消えていった。


明らかに本来の処理手順を踏んでいなかったが、男は気にする素振りを見せない。その意識は既に、資料にあったある青年へと向かっていた。


「雨宮秋、現在の勇者か」


その眼は虚空。あるいはいつかの過去を見つめ、睨んでいた。


「勇者は平時に存在せず、すなわち、勇者の存在こそが異常の証左たりえる」


彼の脳裏に思い浮かぶのは、かつて出会った先代の勇者。彼女のことは今でも鮮明に思い出せる。戦いの記憶、食事の記憶、語り合った記憶、そして何より―――


「教団もあの幽霊共も、結局何も学ばず、性懲りもなく勇者ごっこを再開する始末」


まぁ、創り出されてしまったのならば、とことん活用する腹積もりではあるが。と、彼は首を振る。


ふと、壁にかけられた古時計の針と音が定時を指し示す。


それを確認した男は立ち上がり、地上へと続く扉に手を掛ける。


組織の計画は多少の誤差あれど、順調に進んでいる。だが、不確定要素がまだ残っている。特にクラキの動きは気がかりだ。


なにより、最近になって、一度は大幅に低下していたα-5世界におけるエネルギー反応が、少しづつ上昇してきている。組織はを懸念しているが、男からしてみれば、その程度の危機感なのかと呆れを零してしまう。


「我々は一刻も早く、スタートラインに立たなければならない。その為ならば、滅びの1つや2つ、使い潰すこともわけない」


そこで、彼の足取りがピタリと止まる。


それは、同じ思想を有するアレならば、また違ったことを面白さ重視で提案してくるだろうなと思い立ったからである。

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異世界から帰還した勇者は 雨Ⅸ @amamiyatasuku

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