第6話 既視感
見知らぬ女性とベットの上で裸同士。
字面だけなら事案である。
いや、事実明らかに事案どころか、事件なのだが。
・・・思考がまとまってない。一度落ち着こう。深呼吸だ。
とりあえず周囲を確認するべく、寝息を立てている不審者を起こさないように、そっとベット脱出。外出時に着用していた服はベット横の入れ物に丁寧にたたまれてあった。
ささっと服を着て、部屋の中を探索していく。スキル【気配遮断】や強化された五感のおかげで、スムーズに工程をこなしていけた。
部屋は本来、非常に広いはずなのだろうが、敷き詰められた家具や玩具、何らかの設備に加え、そこら中に散乱した未開封の菓子が目立つせいか、狭く感じる。
外部へ繋がる扉や窓は見つからない。クローゼットやら大きな人形の裏に隠れているという事もなく、この部屋は四方を壁で区切られた、完全な密室のようだ。
しかし、入ってこれたのなら、外に繋がる何らかの設備か装置があるはずだ。残念ながら、ウェディングドレスの女性に腕をつかまれ、黒い穴を通った以降の記憶が無いから、よくわからないのだが。
抵抗する意思はあったような気もする。ただ、あの時はウェディングドレスのことで頭がいっぱいだった。
寝起きだからか、やけにぼやけている脳に魔力を通し、強制的に思考を回し始める。まず、この部屋は特安本部他管理区内の建物ではない可能性が高い。各感知能力に探査や壁に魔力を伝わせた結果、壁の先には何もないことが理解できた。
特安特有の対異能対策という線も考えられたが、何故、このような行為に及んだのかが全く見えない為却下した。特安にとって、勇者である俺はあくまで目的遂行の手段Aにすぎないのは分かっている。それでも、現状の立ち位置は、『無くてもいいが、あった方がメリットが大きい』ぐらいのはずだ。他組織との重要な交渉カードである以上、こんなところで敵対するような真似はしてこないだろう。
であれば、誘拐したのは別組織。先日の襲撃以降おとなしかったヴァルキリアによる奇襲か、揉めている天蒐院、THOFか。
「・・・行き止まりだな」
考え事をしているうちにに部屋の探索は完了した。ここがどこかも、部屋を出るための手がかりも見つからなかった。魔法か拳で壁を壊してもいいが、その先がどこか分からない為、あくまで最終手段としたい。空間魔法なら何とかなるかもだが、専用の結晶は異世界と地球間を渡る術式として固定化してある上、この空間が妙に不安定、というより、逐一座標が書き換わっており、即席の術式では対応が難しい。
「こうなる事なら、簡易的な空間魔法の開発を優先するべきだったな」
愚痴っても仕方ないことだが、魔神を討伐し世界を渡るすべを発見した時の俺は、とんでもなく浮かれ、事を急いていたのだろう。今思えば、地球へ戻る術式特化で研究するのではなく、一歩ずつ積み重ねていくべきだったかも――――
「ねえ」
突然、後ろから肩を叩かれる。
驚きを噛み殺しながら、防御姿勢を取りつつ回避をしようと―――
「いや、ぼくも悪かったって。あんな反応するとは思わなかったんだよ」
気付けば、テーブルをはさみ談笑していた。目の前の女性はウェディングドレスと同じ色をした、真白のもこもこのルームウェアに着替えており、俺の手には湯飲みが握られている。
「え?」
違和感を感じると同時に、現実が津波のごとく襲い来る。
具体的には、お茶を零した。
「熱っ!?」
「わわわ!大丈夫?」
慌てて女性が駆け寄ってきて、手にしたタオルで濡れた箇所を拭ってくれる。
「ほんと大丈夫?やけどとか、痛いとかは無い?」
「あ、うん・・・」
状況をつかみきれずにいるものの、とりあえず返事をする。反射的に声が漏れてしまっただけで、この程度の熱さは、素の身体機能でも問題はない。
実際に彼女がズボンを捲って確認をしたが、傷一つ無かった。
大丈夫だよと、彼女からタオルを借り受け、床にこぼれたお茶をふき取っていく。
そんな中、無事を確認できたにも関わらず、心配そうにちらちらと俺を見る女性。改めてよく見ると、どこか既視感を感じる。
真白のウェアとは真反対の黒くしっとりとした髪。どこかエキゾチックな雰囲気を漂わせる褐色の肌。くりくりとした大きい瞳。
一体どこでかを思い出す前に、席に戻った彼女は大きなため息をついた。
「やっぱり、君みたいに力を持った相手にはすぐ耐性を持たれちゃうのか。まったく、君らがすごすぎるのか、ぼくが弱すぎるのか・・・」
どんよりと落ち込んだ様子の彼女。やはり、強く引っ掛かりを感じる。独り言を聞く当たり、彼女がウェディングドレスの女性なのだろうが、あの時に顔が見えたわけでは無い。
であれば、異世界に召喚される前。それこそ、レイと同じように、プロジェクト関係者。
「おーい、おい。聞いてるー?もしかして、能力の副作用ー?」
「ん、ああ、ごめん」
どうやら、また考え込んでいたようだ。どこか初めて会った気がしない彼女相手だからだろうか。
「・・・平気?使っておいてなんだけど、ぼくの能力を喰らった弊害だったり?」
「いや、そういう訳じゃない。何と言うか、癖みたいなものだよ」
「癖?・・・そうだっけ」
入れ替わるように考え込みだした彼女には申し訳ないが、そろそろ、こちらも色々と確認していきたい。
最初は勿論。
「考え中悪いけど、君は何者?」
「え、あ、あー」
俺の問いに驚きと同時に、何か回答を得たようなしぐさをした彼女は、咳ばらいを一つ。椅子から立ち上がって姿勢を正し、こちらをじっと見据える。
「こんにちは、勇者シュウ。この世界に存在しなければならない勇者よ。ぼくの名前はクラキ。ストレリチアにおける正統なる勇者と共に歩む者。真作の一人」
彼女の表情はにこやかな、だが、どこか真意の見えない瞳で、そっとこちらに手を差し伸べる。
「正統なる勇者。ぼくらと共に世界を救いに行こう」
同じ言葉のはずなのに、全く違うものに聞こえた。
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