第二章

幕間 ある時の異世界

勇者シュウが彼の世界への帰還してからはや三日。王女であるルシアはメイド兼護衛のミエルと共に膨大な量の執務をこなしていた。


彼女は現在、国王に次ぐ政治権力を握っていた。国王がほぼ隠居状態であることを踏まえれば国のトップと言って差し支えない。決して彼女が望んで着いた地位ではないが。


シュウと邪神との戦いにおいて、王国内における、邪神の息のかかったあるいは人形と化していた者たちを処罰、治療に回した結果、汚職や権力の奪い合いの温床となっていた貴族連の解体に成功したものの、代わりに行政大きな穴が生まれてしまった。


そこでシュウから聞いた、「民衆から代表を募り議会を設立」を実行。何とか軌道に乗りつつあるが、法の大幅な改定等、まだまだ問題は山積みであり、最終的に王女であり、今や国民からの人気がとんでもない、ルシアに権力と共に責務が押し寄せてくる事となっていた。


ルシアとて、国の復興の一助として頑張れることは実に喜ばしく、やりがいがある。


とはいえ、やりがいがあるから疲れないわけではない。現に彼女は三徹目であり、その表情にはいつもの笑みは無く、かといって怒りや疲れの表情は見えない。無だ。表情を浮かべる事さえ、今の彼女とって不必要なエネルギー消費と切り捨てられていた。部屋に居るのが昔からともにいるミエルだけだからこそ可能としているのだが。


「ルシア様、もうお休みになられた方が」


「それは出来ないわ。今、王国は悪しきを排し、新たな国へと生まれ変わろうとしている。そんな中で、象徴たるべき私が休むわけにはいかないでしょう」


何度も繰り返されてきたやり取り。ミエルはルシアの思いを理解していた。実務的にも彼女に権力が集中している以上、ルシアが目を通し、許可を出さなければ進まない計画が山ほどある。新たな王国として動いている以上、些細な瑕疵も見過ごせない。そのミスを許容できるほどの余裕は今の王国に無いのだ。


何より、この王国を救ったのはルシアの思い人。無駄にしたくない、そんな思いが彼女の柱となると共に、鎖となってしばりつけているのだろう。


彼を思うという点ではミエルも同義であるが、ルシアとはまた別の視点を持っていた。


確かに彼はこちらの世界に帰って来るだろう。だが、こちらの世界に落ち着くのはまた別の話だ。元から帰還を望み、その思いは二年たっても変わらなかった。果たしてこの思いの強さを覆すことは、そも、覆すこと自体正しいのか。彼の世界で生きるとして、外面も内面も縛られた王女が選択できるのか。


彼女の現状を踏まえて、すぐにでも改善を始めた方が良い。ミエルは改めて、確認する。最優先するべきは、主たるルシア。





「入っていい?」


軽いノックと聞きなれた声。


ルシアの許可を取り、ミエルが扉を開けると猫耳に晴れ渡った空のような水色髪。クロノがちょこんと立っていた。


「おかえりなさい、クロノ。元気そうで何よりね」


「ルシアは顔色が悪い。今すぐに休んだ方が良い」


笑顔を浮かべたルシアにスパッといい切るクロノ。口調こそ普段通りだが、その瞳は心配そうに揺れている。クロノの視線は目は口よりものを言うを体現したもの。ルシアの思い人も瞳には幾度も陥落している。


ルシアはどこか気まずそうに視線を逸らすが、クロノは目を離さない。沈黙が続く中、ミエルが口を開く。


「ルシア様。どんな理由があろうとも、貴方様が倒れられたら元も子もありません。休日をつくるとは言わずとも、休憩時間と睡眠時間は取るべきです。効率面を考えてもそちらの方が有効かと」


迷うルシアに、ここぞとばかりに畳みかけるミエル。普段であれば、この段階までいく事が出来ないのだ。クロノはまた、しばらくすれば王国を離れる以上、彼女が滞在しているうちにルーティンとして定着させなければならない。


「・・・わかったわ。出来る限り努力しましょう」


「努力じゃダメ。実行して」


結局、ルシアは折れた。ミエルは久々に達成感に満たされつつ、後でクロノの大好物をおごろうと決める。


「そう言えばクロノ。何か用件があるのではないの?」


場の空気を換えるように、ルシアはクロノに声を掛ける。


「うん。びっくり案件だよ」


「びっくり案件?」


クロノの言葉遣いはどこか独特だが、びっくり案件なるものに心当たりは無かった。


「こっち来て」


二人が思考する間に、クロノは部屋の外の何かを呼び出していた。


「んー!」


声が聞こえたかと思うと、クロノの後ろから一人の少女が現れた。まだ小さく、見た目からおそらく三歳から四歳。市民層に流通している服装をしており、只の幼子にしか見えない。


その髪色を除いて。


ルシアとミエルは同時に息を飲む。少女の持つ虹色の髪。彼女らには見覚えがあった。かつて世界を滅ぼさんとした邪神。


「クロノ、その子は」


尋ねるルシアの表情は平静を装っているが、その声はどこか震えていた。驚きもあるが、彼女の持つトラウマも原因だろう。ミエルの方は驚きこそしたが、ルシア程、恐怖もしていない。


「邪神との決戦の跡地を調べてたら、見つけた」


クロノの言葉は端的。その表情に焦りや負の面が見えないところから、火急ので問題があるわけではなさそうだが。


対して、幼子は興味深そうに室内を見回してしたが、ルシアに目が留まると嬉しそうに駆け寄っていく。


「ママ!!」


「「え、えっ?えーっ!?」」


ルシアとミエルの叫び声が木霊する中、クロノは一人、少女を見つめていた。

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