第12話 後始末とこれから

特安本部への襲撃は、レイの撤退によって幕を閉じた。レイ以外の襲撃者たちは全て、人間に擬態させた自立人形オートマタ―であり、指揮していたと思しき者たちは特別区域内では確認されなかった。


結局、戦闘をせず無傷だった俺は、簡単な回収作業に従事した後、稲村の元へ出向いていた。彼の傍には間野さんが控えている。


聞きたいことは山ほどある。一番はやはり特安とレイらの関係、そして、世界の情勢について。回収作業中や休憩時に頭の中を整理したおかげで、前者に関しては個人的な見解は組みあがっているが、後者は圧倒的に情報が足りない。


何より、今後について相談しなければならないのだ。


「君の言いたいことは分かっている。私としても今回の騒動の処理や君に関する事項の対応であまり時間が無い。まずは君の見解を聞かせてくれ。私が補足する形で疑問に答えよう」


彼の執務室に入ると、稲村は開口一番そう告げた。恐らく、こちらが認識している現

状の把握と、下手に重要な情報は出さず、うまい具合に誘導したいのだろう。


それはこちらも好都合だ。どうせ、真正面から聞いてもはぐらかされるか、部分的にしか答えてくれないだろう。予測ではあるが、こちらの認識がある程度踏み込んでいると分からせ、情報の引き出し度合いを上げる。ものによっては普通に質問する以下の結果になるだろう。一種の賭けだ。


「まずは、特安と襲撃者らの組織の関係です。これは、あくまで一端にすぎない。そうではないですか?」


第一声。稲村の表情に変化は見られない。続きを促すように軽く首を動かすだけ。これに関しては予想がついていた。レイの言葉や、間野さん、片羽対応。何より、襲撃時の両陣営の不可解な行動を見返せばわかる事だ。


「今回の襲撃、最初の疑問を抱いたのは襲撃者たちの目的についてです。その周到さ、奇襲効果の最大限利用に対し、部隊員の質や目的の不明瞭さにおいて、散々悩まされました。ですが、これが、あなた方特安と襲撃者らが繋がっていたのなら話は別です」


「と、言うと?」


「ここでいう繋がっているとは、完全な同盟関係ではなく、一つの目的のために協力しているに近いのでしょう。この微妙な関係性が今回の襲撃事件を複雑なものにしました」


今回の襲撃は、異世界から帰還した俺が目的となっていた。そこに間違いはない。あそこまで騒ぎを起こして、レイを送り込んだのもその表れだ。だが、その行動は同時に疑問を呼び起こす。


「襲撃自体は予想外。いや、何らかのアクションが来ることは見越していたが、強硬手段を使うとは思ってもみなかった。奇襲をもろに受けていた事が何よりの証拠でしょう。今回の案件は特安側からすれば騒ぎを大きくするメリットはなかったはずです。国民だけでなく世界の注目を浴びれば、より動きずらくなりますし、俺と言う帰還者の情報も広まってしまいますから。ですが、その後の意味の無い侵攻、敵部隊のほとんどが自立人形オートマタ―であった事からあなた方は状況の把握と、認識の変換を行います」


襲撃を受け、最初に稲村が俺に出した指示は抽象的ではあったが、襲撃部隊制圧の援助だった。それが、現場を確認したとたんに間野さんとの隠密行動に変換。彼らが状況を把握したのはこのあたりだろう。


「間野さんは襲撃者の目的が俺と関係者の接触であることを察し、襲撃者が信仰していない下層を応接場所と予想して、俺を連れ出しました。あなたがこれを黙認したのは状況を把握した事から、間野さんの意図が読み取れたからではないですか?」


「続けてくれ」


「当時は帰還直後から、予想外の出来事の連続で違和感に気付けないでいました。ですが、改めると間野さんが襲撃者の目的が下層であるとした理由。目的が俺であるのに、襲撃者の本命が下層と言うのは強引が過ぎるのでは?俺が、間野さんに連れられて下層に行かなければ成立しない方式です。なんせ、『異能無効機構』と同じく下層の存在なんて知りえなかったんですから」


「いやー、その時は私も焦っちゃっててさー。もう、とにかく襲撃者の目的を暴かなきゃ――って。秋君が目的なのは何と無く察したからねー。とりあえず、本命が侵入してきそうな下層に目的背負って突撃しよー!!見たいな――――」


「下手な芝居を打たなくていい、間野。今は秋君の見解を聞いてるんだ」


あせあせと言い募る間野さんを制し、稲村はどこか面白そうな口調で問いただす。


「ここまでの話は、確かに面白い。だが、君とて先程間野に言った、多少の事実に予測を組み込んだ暴論を話している事は分かるだろう。見解とはえてしてそういうものではあるが。ではなぜ、この見解にたどり着いた。その原動力は?」


「俺が、この見解に至った根幹は、レイとの遭遇にあります。これは、レイと会話した内容ではありません。レイと会い、勧誘を受けたという事実こそが重要なんです」


「レイ、確か贋作と呼ばれる者たちの中でも、最上位に位置する実力者であり、危険因子。君のかつての同期とでも言えばいいか。何故、彼との遭遇が重要なんだい?」


「襲撃者の目的が俺である場合、状況的に最も考えられるのは強硬手段。それこそ、レイに俺を襲わせればいい話です。寧ろ、彼が侵入した経路を辿って、もっと大勢の部隊を投入してもよかった。脆弱だったとはいえ、奇襲による惹きつけは確かに成功していたんですから。まぁ、それを言うならそも、奇襲部隊が旧型の自立人形オートマタ―の時点でおかしいのですが」


「なるほど。つまり君は、襲撃を行ったというのに、本命であるはずの贋作が単体で、しかも対話を求めてきたことに違和感を感じたと」


「はい、この箇所が襲撃事件一番の根幹であり、もう一つの見解である、同じように利害関係で手を結ぶ異能集団は全世界に存在することへの飛躍へと繋がりました。・・・ですが」


「疑問かね」


「ここまで考察しても、根本的な問題が理解できませんでした。襲撃者が何故、襲撃を行ったかについてです」


「それは、君が語っただろう。彼らの目的は勇者である君だと。この事項に関しては君に対して贋作を投入した事からも、我々も同意見だが」


「違います。俺が分からないのは、対話を行うために、何故、わざわざ奇襲してまで襲撃を行ったかについてです」


結局この疑問に尽きる。対話を求めてきたことから、特安と襲撃者の関係性を推察し、襲撃してきたことから、先に挙げた二者以外との利害が原因であり、逆説的に、異能集団は全世界に存在し、様々な利害関係を持っていると考察を飛躍させた。


しかし、考えられるのはここまで。襲撃を敢行した詳細な理由が分からない。何せ、組織の名称すら聞かされていないのだ。ここから先は完全に情報不足の領域である。


「・・・どうやら、ここまでのようだな」


「でも、すごいと思いますよー。予測と想像込みとは言え、少ない情報と初見の環境でここまでの推論を出せるのは―。さすが勇者!!って感じですねー」


固まってしまった俺を尻目に、稲村は嘆息し、間野さんは評価をくれる。しかし、と、数瞬を間野さんとアイコンタクトを交わした稲村は、軽く姿勢を動かすと、改めてこちらを値踏みするように視線を投げかけ、数秒後、口を開く。


「初めに言った通り、君のその疑問に答えようか。今回特安を襲撃した組織―――ヴァルキリアについてだ。なんでも、北欧神話において英雄たちを誘うヴァルキリーを文字っているらしいが。その実態は妄執に取り付かれた老人たちの集団だがね」


「妄執、ですか」


「そこに入る前に、一度君の言った関係というものを伝えておこう。予測通り、この世界には様々な異能組織が存在する。勿論、日本においても、我々特安だけでなく、いくつかの組織――例えば、君の様な異世界から帰還した者達が互いの身と権利を守るために創った一種の組合の様なものから、古来より異能を取り仕切ってきた結社まで。これらは、各々が目的を持ち、対立あるいは協力関係を結んでいる」


ある程度は分かっていた。と言うより、当然のことだ。最低でも、世界中に魔物が術減しているのだから、特安の様な専門の組織位はあると踏んでいた。帰還者達の組合が出来ていたのは驚きだったが。


「そんな状況下で、ある時異能組織にとって、いや、世界にとっての共通の敵が現れる。それが、『未確認事象』だ」


「レイの話していた『滅びの概念』ですか」


「彼らはそう表しているが、一般的には事象は起こっているがその根本がつかめていない事から『未確認事象』と呼ばれている。ヴァルキリアの様に特有の呼び方をする組織もそれなりにいるが」


「『未確認事象』が共通の敵。となると、現在特安とヴァルキリアで結ばれている利害関係は―――」


「『未確認事象』の対応に関する協定だよ。我々だけでなく、各所で結ばれている。基本的に、『未確認事象』に対するプロセスがある程度一致している組織ごとにと言ったところだ」


「プロセス・・・『未確認事象』への対抗手段の種類ってことですか」


「ああ、我々とヴァルキリアであれば、勇者たる君。あくまで一致している方法はだがね」


一致しているという事は、特安には勇者以外の対抗手段が存在する可能性がある。確かに、間野さんが開発した銃弾や本部内に存在する『異能無効機構』等を見れば、独自で開発した兵器を所持している事は想像に難くない。


「さて、君が疑問視していたヴァルキリアの襲撃理由だが、私の予測が正しければ原因はここにある」


「原因ですか」


「君の疑問に答えると言いながら予測となってしまうのは申し訳ないが、この事項に関しては前々から我々とヴァルキリア、そして同じ協定を結ぶ組織において重大な問題となっていたからね。ほぼ確実だ」


稲村が目線を送るといつの間にやらタブレットを持っていた間野さんがその画面をこちらへ見せてくる。


「これは、会議資料ですか」


「そうだねー。ヴァルキリアの問題と関連する独善的行動に対する対策会議とでもいうのかなー。ヴァルキリアを除いた三団体が参加してるよー」


画面に表示された資料には、ヴァルキリアが目的のために、協定を無視しての行動。挙句、協定の名を勝手に持ち出し、他団体・協定に干渉していることに対する、制裁内容が挙げられていた。


所々、機密保持のためか【編集済み】の表示がなされているが、概要に加え、参加している団体の名称は把握できた。


特安、天蒐院てんしゅういん、THOF《トゥーフ》。天蒐院は稲村が話していた日本古来より異能を管理してきた団体であり、THOFは欧州に拠点を置く異能宗教団体のようだ。


「つまり、ヴァルキリアを含めた四団体が勇者を『未確認事象』への対抗手段の一つとして考えているってことですか」


「内実はそれぞれ異なるがね。我々特安と天蒐院は一つの対抗策であると同時に日本国民であるのも理由の一つだ。特に天蒐院は他国の異能は己に害を及ぼさない限り、殆ど興味を示さないが、日本の異能に関しては異常な執着を見せている。我々には、勇者計画は管轄であり、関係者たる渚君を組織に引き入れているのもある。THOFに関しては、名前通り、宗教目的だ。詳細は明かしてこないが、独断行動を繰り返すヴァルキリアに比べれば何倍も協力的だとも」


「では、ヴァルキリアの独断行為とは?」


先程から聞いているに、ヴァルキリアの行動は相当自己本位のもののようだ。組織としては、自己本位になるのは当然とも言えるが、自ら組した協定から外れたものとは、それほどまでに勇者を求めているのか。


「今回の襲撃の様なものだ。勇者を手に入れるためなら、あらゆる手段を使う。だが、他団体と明確に敵対はしないよう対策を取る。襲撃で自立人形オートマタ―の使用、対話を狙ったのもその方針が原因と考えられる」


「敵対しないようにって・・・今回の件は十分敵対理由になるでしょうに」


「まーヴァルキリアは世界で唯一『未確認事象』の根幹を捉えている組織だからねー。それに、色んなとこに情報や技術の断片を提供してることもあって、彼らを経由しての交渉とか、利点が結構あるしー。連中もそこがわかってるからそれを踏まえて、線引きしてるしさー。こっちも協定内での制裁って形でしか打てないんだよー」


「何より、協定内の他団体と違い、彼らにとって勇者は組織の存在意義そのものだ。彼らからすれば是が非に手に入れたい。故に、全面敵対ぎりぎりまで行動する。詳細に関しては連中の内にしかないが」


「だから、妄執に取り付かれた、ですか」


勇者に固執する集団。計画を遂行した組織の一つであるのだから固執するのも納得は出来る。だが、勇者を生み出す、たとえ失敗したとしてもレイの様な実力者を創り出せるならば、他の対抗手段などいくらでもできると思うのだが。


「君が、特安に来た以上、彼らとの衝突は増えることになる。天蒐院はある程度協力してくれると考えているが、THOFは今後どう動くか読み切れない。そこでだ。正式に君との間にいくつかの決まり事を定めようと思うが、どうかね」


「なぎちゃんもいるし、待遇は保証するよー。任務には従事してもらう事になるけど、そこまで忙しいわけでもないしー。君の記憶の件や、降りかかってくる厄介ごとを払うのもお手伝いするよー」


二人が特安に入ることを勧めてくる。稲村に至っては俺が入ること前提の話をしている。いや、レイのと話した時から特安に身を寄せることは決めていたのだが。大きいのは、やはり、渚が居る事だ。日本の組織であり、国公認で勇者計画について調査しているのも要因だ。なにより、ここで断って、次に家族と出会え、協力的な組織に属する等と言う可能性は無い。


「俺の身分保障と情報提供、調査協力に加えて二つ。一つは、渚の身の安全です。渚を危険な目に合わせないでください」


「ふむ。渚君の安全は無論保障するが、彼女自身が力を求めている節がある。渚君の意思を捻じ曲げてまでは確約できない」


「・・・わかりました。渚とは自分で話をします。それで、二つ目ですが」


「異世界転移の開発のために研究室を利用させろー、でしょー」


間野さんが当然の様にびしっと指を差してくる。


「そうですけど・・・よくわかりましたね」


彼女にこの世界に帰還した方法を話しただろうか。特安本部に来た時に読まれたのか。


「当然だよー。だって君の帰還は私が補足したものだったんだよー。だから、特安部隊を前もって配置できたんだしー」


そう言えば、そうだった。だが、どうやって?もしや、世界の時間の流れの差?確かに、大まかな流れはあっていたが、数日単位で計算したことは無かった。この部分は今後、術式の改善に利用できるはずだ。完成したとして、クロノ達を呼ぶかは別だが。


「まーその辺も今度研究室案内するついでに教えてあげるよー。なんたって私は研究部門リーダーだからねー」


豊かな胸を張り、ムフフんと自慢げに鼻を鳴らす。何とも子供ぽく可愛らしいがその実態がとんでもない人であることは、この短い期間で何となく理解できた。聞いていなかったが、レイの侵入時、展開していた壁も実に興味深い。ともかく、頼りになるはずだ。


「では、今後、妹ともどもよろしくお願いします」






「それでは、予定通り頼む。間野君」


「了解しましたー」


秋が去った後、間野と稲村は今後の勇者運用について相談していた。前々から立てていた計画通り進行している現状、確認程度ではあるが。


「研究室に入るという事は必然的に君との交流も増えていく。君の異能をより効率的に発揮できるという事だ」


「いやー、秋君には悪いですけどねー。まー世界の為、特安の為、利用されてもらいましょー。関係自体はwin-winですしー」


「前半に関しては思っていないだろう。いや、思ってはいるが優先順位が下なだけか」


「ほんと、局長さんは鋭いですねー。でも、そんな低いわけじゃないですよー。秋君に協力するってのは本気ですし―」


武装集団の本部、局長室内に似合わない陽気で間延びした笑い声が響く。だが、彼女の顔にはまるで興味深い実験対象を――蛇が蛙を見るような目をしていた。


「秋君も気づいていないようだったしな。全く、恐ろしい限りだよ。君の異能――印象操作は」






そこは暗闇に包まれた場所。座っているものが存在しない円卓の一角にて、一人の老人がアンティーク調の椅子に座っていた。傍には贋作と呼ばれる少年が付き添っている。他の椅子に座る者の姿は見えない。だが、贋作は確かにそこに存在する何かを感じ取っていた。


死者の集まり。贋作はかつてこの光景を総称した少女を思い出し、改めて共感と同意を示す。態度には出さないが。


事実、彼らは死者と言って差し支えない。目の前の老人とて同じだ。あくまで広報・交渉役として肉体を持っているだけ。彼らは、勇者が覚醒したあの日から一変した。最初こうなったのは一種の事故だったのだ。それがいつの間にか―――


「揃ったようだな。では、作戦報告を行う」


老人が『何か』に向かって呼びかける。言葉はない。彼らは声を発する器官が無いのだから。


だが、老人は満足そうに頷く。彼には聞こえているのだろう。


「勇者をこちらに引き入れることは叶わなかったが、彼が本物である事、接触できたことは収穫だ。最低限の目的は果たせた。教団連中が動く前に達成できたのは実に喜ばしい。連中は『花嫁』等と言う、面妖なものを擁立している。あれに惑わされる前に、雨宮秋の記憶の断片を呼び起こすことが出来た」


そうだ。シュウとの接触と呼び起こし。今回の必須目的はこなせた。彼の妹がいる以上、こちらにつくことは難しい。承認してくれれば、協定や他とのつながりを駆使して特安から引き出せたのだが。連中は勇者以外の手段を確立しつつある。難しいだろうが、不可能ではなかっただろう。


思考の海から戻ると、老人は彼らからの指摘や意見を受けたのだろう。何度か相槌をうちつつ、現状の確認や共有を行っている。


「では、そのように」


やがて、結論が出たのだろう。老人は満足そうに、終幕を宣言した。


レイは彼らを眺めつつ、改めてシュウのを誓う。彼には、ヴァルキリアの目的とは別の約束があるのだから。

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