第11話 襲撃(特安本部)後編②

「この世界は現在、滅亡の危機に瀕している」


「ただこの現象は物理的な――恐怖の大王とか、強大な魔法の様なものではない。間接的に物理的影響を及ぼしてはいるけれど、大元はあくまでも概念、空想の集合体とでも呼ぶべきかな。狂信者らの間では神の降臨であると騒がれているけど、あながち間違いってわけでもない」


「ともかく、その『滅びの概念』がこの世界に迫りつつある。影響は各所に現れている」


「全世界で確認される異常気象、現象、事象。そして何より・・・」


レイがそっと虚空に手をかざす。幾多もの魔方陣が空中に描かれ長方形の枠をかたどり、複数の映像を映し始める。


そこに映し出されたものは、熊や象と言った動物に似た体系をしながらも明らかに異様な気配を纏った存在。どれもが真っ黒な全身に赤い紋様が施されている。


俺はこの獣たちと同質の存在を見かけた事がある。そう、異世界で戦った魔物たちだ。実際に会っていないから詳細こそ分からないが、彼らの纏う黒と赤のオーラは間違いなく同じであると断言できる。


「その様子だと、やはり君にとっては既知の存在だったみたいだね。僕たちの推測通りだ」


レイは薄く微笑みながら、魔物たちらしき映像が映し出された枠を手元へと移動させる。


「君の考察通り、これらは魔物だよ。『滅びの概念』がかかわった事で生まれた産物。正確には、さっき上げた異常現象も含めて、『概念』が『人々の願い』を受け止めて生み出したものなんだけどね」


「願いを受けて生み出した・・・」


引っ掛かる。俺が異世界で出会った魔物たちは全て邪神が創り出したものだった。レイ曰く、こちらにおける魔物は『滅びの概念』とやらが願いを受けて生み出したものだという。


まだ彼の言葉が真実だとは限らないが、魔物が出没するのならば特安の設置理由にさらなる強化が入る。今まで誤魔化されていた部分に、魔物の存在はパシリと当てはまるものだ。


では、真実と仮定しよう。であるならば。異世界とこの世界の現象が似通っていると考えられるならば。


もしや『滅びの概念』とは・・・


「邪神と同系列・・・いや、と言うより、邪神もまた、人々の願いによって生み出された存在?」


「正解。その辺りは実物観測による証明が出来ていないけれど、発生源に関してはある程度めどが立っているからね」


「発生源?」


邪神らの生まれてくる場所。滅びの概念だのとんでもないモノが作られる場所だ。それこそ、地獄などでも言うのだろうか。


俺の表情からここ一番の反応を見出したからか、レイの口に浮ぶ―――もはや常態とかした―――笑みが深くなる。


「ようやく、本気で食いついてくれたみたいだね。しかしながら、申し訳無い。ここから先は僕の手をとって貰ってから出ないと話せない」


「それは一体、どういう」


「一つは、君に対するカードとして有効活用する為。ここから先は君の失った記憶、何より、君の存在意義を解き明かすモノだ。こんなところで話していい代物じゃない」


俺の記憶や過去について。これに関しては特安の稲村や間野さんらも伝えると言っていた。稲村に至ってはこの戦いこそが説明になるとも。現状、どちらの組織も疑わしい以上、渚の所属する点で特安と協力する方が理にかなっているが。


「君は、特安がそう簡単に真実を語ると思うかい」


「・・・確かに、特安は重要事項に関していくつも隠している。だが、俺にとっての最優先は現状の解明と渚の安全。過去に関して気にならないわけじゃないが、後々語られるのであれば、特安の方が利点が大きい」


「君の考えは理解したよ、シュウ。なら、こういうのはどうだい」


レイの周囲に新たな映像が浮かび上がる。中では少年が二人。多数の白衣を着た大人に囲まれて、全身に機材を取り付けられている。


「俺とお前の過去・・・」


「感づいていたとは思うけど、僕の所属する組織はかつて君を勇者へと昇華させた計画を主導していた一つだ。特安が手に入れている以上に正確かつ多量の情報を君に渡せる準備がある」


続けてレイは先程以上の緻密さを備えた魔方陣を二つ、俺と自分の目の前に構築する。術式を確認すれば、使用されている文字列や細かな差異はあれど、文字列の法則からとある魔法を思い浮かべる。


「契約魔法」


「その通り、君はここに触れるだけでいい。そうすれば、契約は成立する」


「いやに性急だな」


唐突な提案。先ほどから、レイ側にはつかないと言っているというのに、この押しつけ。なれば、まだほかに、何らかの切り札があるのか。急いでいるのもあるだろう。レイが侵入して、少なくない時間がたっている。上階から微かに聞こえていた音が消えたあたり、制圧は完了しているはずだ。間野さんがこそこそ連絡を取っていたし、特安の部隊がここに来るのそう遠くない。


ここは時間を稼ぎつつ、情報を引き出していこう。


「条件は?」


「君に関する情報は資料、映像は勿論、実際に研究に携わった者への質疑応答も許可しよう。その上、君の妹、渚さんの安全、情報も確保しよう。勿論君に関してもだ」


「は?」


「驚いたかい。突然、予想外の条件を出されて。君が特安に残る大きな要因は渚さんの有無だろうからね。こちらも出そうじゃないか。これで、条件は五分五分、寧ろ、こちらの方が上になったんじゃないか?」


「・・・力ずくで確保しに行くってことか?」


不可能だろう。なんせ、ここは特安の本拠地。奇襲のアドバンテージは既につぶれ、逃走経路の確保すら危うい。何より、邪神と同等以上と考えられる稲村が居るのだ。レイの実力は分からないが、稲村以上の脅威は感じない。


恐らく、ハッタリの類。ならば、なぜ今ここで。


「その様子だと、やはり何も聞かされていないか。特安と僕らの関係性も」


「特安との関係性・・・まて、今回の襲撃は」


頭の中を、濃密な帰還一日目の記憶が鮮明に流れ出す。


ずっと感じていた違和感。特に襲撃からの特安と敵組織の行動はあまりにも不自然すぎた。


「・・・このまま、君が正解にたどり着くまで付き合ってもよかったけど、どうやら時間みたいだね」


レイの言葉に思考回路から引き戻される。同時に、巨大な炸裂音が背後の壁から鳴り響いた。


「さっき言い忘れていたけれど、僕が長居できない理由の二つ目はこれ。約束の時間があるんだよ」


瞬間、レイへ向けて無数の銃弾が襲い来る。


たちまち砂煙を発生させ、レイの姿は視認できなくなった。


「おーい、秋君!助けに来たよー!」


戦場に似つかわしくない、間延びした声。張りつめすぎて今にも爆発しそうだった気が幾らか緩む。彼女の背には生物的な何かが銃身に絡みついた機関銃を構える特安職員達。そして、一人装飾の多い軍服を着た女性が赤みがかった髪をなびかせ、部隊の先頭に仁王立ちしている。


「ふん。予定通り、餌につられてノコノコ出てきたか」


彼女はちらりとこちらを見たが直ぐに目を放し、じっと砂煙の先をにらみつける。


「こちらとしては予定外ですよ。まさか、あなたがいるとは。北海道で起こったスタンピード鎮圧に向かったのではないのですか。片羽カタバネヌク」


視界が晴れると、そこには雨のごとく降り注いだはずの銃弾の姿は見えず、レイ自身にも傷一つついていなかった。ただ、彼の纏う服には引っかかれたような跡が多数見受けられた。


「威力自体はそこまででもないけれど。なるほど、魔力そのものを撃ち抜く弾丸ですか」


「仕留められはしなかったか。だが、まぁ、いいじゃないか。奇抜で似合ってるぞ」


「あなたの価値観は肌に合わないようです。・・・仕方ありません。ここは引きましょう」


「ハハッ、逃がすとでも?」


片羽の合図で、特安の職員たちがその機関銃(生物を添えて)を構える。


「では逆にお聞きしますが、それで僕を捉えられるとも?そも、あなたが武装していない時点で、本気で無いのは丸わかりでしょうに」


レイはあからさまに不機嫌に表情を歪めた片羽を尻目に、こちらへと視線を戻す。


「それじゃあ、また」


一言残し、彼は侵入してきた粉砕した壁の向こうへと去っていく。


俺は何も言えず、片羽や間野さんも、彼を追うものはいなかった。

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