第10話 襲撃(特安本部)後編①
「個体名FB-02、対象との接触に成功したとの事です」
「分かった。では、作戦を最終段階へ」
「了解しました」
間野さんに導かれるまま、数分。
階段を下りた先には巨大な地下空間が広がっていた。
「ここは非常事態の際、大型の避難所として設計されていた場所なんだよー」
「避難所ですか?でもここ、只広いスペースにしか見えないんですが」
「そりゃ、設計・計画されていただけだからねー」
間野さんは点在するコンクリートむき出しの支柱に触れながら、苦笑いしている。
彼女が触れている支柱だけでなく、空間全てが装飾の一つもないコンクリートで構成されており、施設というよりは地下水路に近い。一周回ってこういった雰囲気の方が地下施設のイメージにそっている様にすら感じる。
「実はこの特安本部自体、一種の『砦』として建設されていたんだよねー。近いものを挙げるなら、かつての城と城下町みたいなさー」
「砦、ですか?」
エレベーター内で聞いた話と少し異なる。あの時の話も違和感が拭えなかったが、今の話も少々首を傾げざる負えない。
現在進行形で行われている通り、この施設は外部からの襲撃に会う確率が高い。銃撃戦闘等の危険行為が横行する以上、近場に民間人を配置しておくのは危険が過ぎる。最悪、人質に取られるかもしれない。それに関しては、現状も同じではあるが、一定間隔離しておく方がより安全だろう。エレベーター内で聞いた、牽制という形を取りたいのであれば――効力には疑問が生じるが――尚更、街から離れた、あるいは今の様に『特別区域』の指定等の対応をした方がいいだろう。
何より、機密保持の点においてその防備に穴が開く危険性がより大きくなる。こちらもリスク自体は現在も存在するが、確率の違いは非常に大きい。
「んー少し視点が違うかなー。君の中では今の特安本部の状態が前提条件になってるみたいだけどさー、さっき言った通り『砦』にしようって言う話は、特安本部の在り方が確定する前だったからね。前は重要機密は別に施設を用意するつもりだったんだよー。こんなオープンじゃなくもっと閉鎖的な、秘密基地みたいなのをねー」
「つまり、軍事的なものと事務的なものを分けるつもりだったんですか。確かにそれなら」
ある程度のリスクは軽減できる。勿論、緊急時の施設運用としても機能するだろう。結局リスクというものはついて離れないが、先程まで考えていたものよりははるかにましだ。
「分かったと思うけど、エレベーターで言った目的はこの初期構想からくるやつだったんだよねー。いくつかの地域に同じような支部を立てて・・・国としては公にしたのだから、そのメリットを十分に生かそうとしていたんだ」
公的にするという事は、衆目を気にせずに大々的に動けるようにならなければ、国民の、引いては国の存続が危ないという認識が国の上層部だけでなく国民らにも広まっていたという事だろう。現に、俺が捕縛された作戦の際は周辺住民への協力感謝料の様なものもあったが、それを抜きにしてもきちんと指示に従い範囲から退避していたらしい。この基盤があるのならば、流れに乗って各地に対策を施そうとしたのにも頷ける。
「でもそうはならなかった」
「そうだねー。公にするメリットを持って対策を急速に進めようとしていた国は、公にするデメリットによってたちまち頓挫してしまう事になったんだよー」
「デメリット・・・まさか」
「反対されたんだよー。施設設置の必要性は理解できる、でもうちの近くに何て危険だから嫌だ、って感じでねー」
公にし、国民が必要性を理解すれば、裏でこそこそ進めるよりはるかに大きく動くことが出来る。だが、逆に反対されてしまえば、その性質上、政策進行が滞ってしまう。
個人としては、まだ完全に今の世界情勢を理解したわけではないため何とも言えないが、特安の様な組織が表立って動いている以上、何らかの脅威が目に見える形で表れているのだ。せめて避難所の様な存在位は許容すべきだろう。環境問題におけるそれと同じようなものなのか。
「結局本部まわりを特別区に認定。結果的にその機密性から今みたいな体制になった。ここはその名残ってーわけ」
「なるほど、理解はしました。けど、そもそも、どうしてこんなところに来たんですか?何か価値あるものが全くないっていう点では、確かに意外性があって間野さんの仮説とも条件は合致しますけど・・・」
エントランスにおける大規模な戦線と目的の見えない上階への侵攻。これらすべてを誘導と取るのであれば、本命は残る地下であろうという仮説。
可能性としては高いだろうが・・・
「ん?あー、こんなところに侵攻して何の意味があるのか、かなー」
間野さんはタブレット端末で何かを操作しながら、空返事の様に返す。
「そんなのー、もうわかってるんじゃないかー。局長さんだって言ってたでしょー。『考えようによってはこれも君に対する説明』って。あの人異常なほど直感が冴えてるくせに不確定な情報で場を混乱させたくないとか言って教えてくれないんだよー。君に私が同行するのを黙認したのにさー」
「じゃあ、やっぱり」
「あ、伏せた方がいいよー。来るから」
「え?」
直後、『何か』に感覚が反応し、反射的に体を地面に伏せる。ちらりと間野さんの方に視線を向ければ、半透明の障壁が何十にも展開されていた。
一瞬遅れて―――
不可視の衝撃、そして巻き起こる爆風をかき分けながら、一人の少年が姿を現す。その風貌はエントランスでも見た襲撃者らと同じ黒を基調とした軍服。目に見える範囲に武器の所持が確認できないことを除けば、彼が襲撃者らと同じ組織に属するものだという事は一目瞭然だった。
だが、それよりも目を引くのが病的なまでの青白い肌と金色に染まった一房を除き、一切の色素が抜けきった白髪、なによりその顔だ。
笑みを浮かべる彼に大きな違和感と既視感を覚える。まるで彼の表情が何かの力となって脳を直接揺さぶって来るかの様に。
衝撃と爆風が収まり静寂が場を支配する。
白髪の少年は歩みを止めると、数瞬その静寂に身を委ねるように目を閉じ、次の瞬間には静かに、されど先程まで浮かべていた物以上の、あくまでも私見ではあるが、満面の笑みを携え、口を開く。
「久しぶり、だね。シュウ」
何気ない一言。しかし、その言葉は掴みかけていた何かを手中に収めるには十分だった。
『世界を救うには勇者が必要なんだ』
『でもそれは誰もが為れるわけじゃない』
『すべての人に勇者に為れる可能性は存在する。でもそのほとんどがゼロと同じ確率しかない』
『ここに集められた人たちは皆、その可能性が0.001%を超える。こんなパーセンテージでも他より可能性が高いって言うんだから勇者になるのがどれほど難しいか、いやでもわかっちゃうよね』
『そんな中、僕とシュウ。僕達だけがその確率が一割を超える存在だ』
『次点で数人、5%を超える子たちが居るけど・・・最も可能性が高いのは間違いなく僕らだ』
『勇者に為れるのはたった一人。多分僕らの内のどちらかになるだろう』
『だからさ、シュウ。約束してほしいんだ』
『もし君が勇者に為ったら。その時は――――』
「・・・レ、イ」
半ば無意識のうちにその名を呟く。脳裏に映し出されるのは『研究所』での記憶。僅か十数秒程度の会話は確かにかつて、目の前の少年と交わしたものと認識できる。
レイは名前を呼ばれたことに呆けた顔をするが、やがて大きく息を付く。
「情報だと記憶は失ってるって聞いてたんだけどね。偽装情報をつかまされたのかな?」
「いや、事実だよ。現に思い出せたのもほんの少しだけだ」
先程脳裏でフラッシュバックしたワンシーン。思い出せたのはそれだけであり、けれども、これまで起きてきた出来事や稲村、レイの話と組み合わせればある程度の予測は出来る。
「そっか。それなら改めてあいさつした方がいいかな」
レイは一歩下がると、胸に手を当て貴族然とした一礼をする。
「初めまして勇者シュウ。選ばれし、今世ただ一人の勇者よ。僕の名はレイ。勇者ではないのにも拘わらず勇者の力を振るう者。贋作の一人」
顔を上げた彼は無表情で、だが、強い意志を持った瞳で、そっとこちらに手を差し伸べる。
「正統なる勇者。僕らと共に世界を救いに行こう」
『ようやく出て来ましたよー、贋作。しかも一番勇者に近い奴ですねー。いやー、データ上は見たことあったですけど、こうしてじかに見ると秋君以上に神聖な威厳がありますねー。どっちが勇者か分からないくらい』
インカムへ雨宮秋に付けていた間野からの連絡が入る。
場所はエントランス。既に襲撃者らの制圧は終了している―――というより敵方が撤収及び破棄したことで終結していた。
『やっぱそっちに行ってた連中は
「考えればすぐにわかる事だ。この程度の作戦に連中が貴重な人員を派遣するわけがない。しかも
『ま、暗黙の了解ってやつが成り立つんですから、コスト削減に励むのは当然でしょー。寧ろ、下手に強いの突っ込んだら作戦失敗で済むかもあやしくなりますからねー』
「どちらにも利があるからこそ成り立った事だ。だからこそ我々はその分の成果はきっちり勝ち取らなければならない」
『りょーかいです。それじゃ、こっちの最優先目標は秋君の確保。次いで、レイ君の捕縛もしくは処理でいいですよねー』
「ああ、こちらはこちらで動く。そちらにも既に一部隊がいつでも対応できるように手配してある。好きに使え」
『わかりましたー。ではまた、後ほどー』
一瞬のノイズと共に戦場に似つかわしくない陽気な声が途切れた。
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