第9話 襲撃(特安本部)中編

「【透明化インビジブル】」


自分と間野さんに透明化の魔法をかける。出現した魔方陣は多少ブレながらも魔法を発動する。同時に、体内の魔力が普段より多く持っていかれている事を認識する。


「思ってたより、持ってかれましたね。精度は問題なさそうだけど。長時間の運用は難しいと思います」


「でもー、私が解除できるのはここら辺が限度なんだよー。局長さん、私の性格から勝手に機能解除するに決まってるとか、考えてるっぽいしー。ま、その通りなんだけどねー」


機能。それはこの特安本部内にて常時発動している『異能無効機構』がプログラムの一つ『魔力拡散』である。体内、体外問わず、魔力を構成する素である魔素を識別し、その接合を妨害するものだ。


特安に勤める者はこの機構に対象外として登録されており、影響を受けないようになっているのだが、俺に関しては勿論登録した覚えもなければ、説明を受けた覚えもない。例外として、スキルに関してはいわば『第六感』の様な一感覚の扱いらしく、肉体に深く繋がっている上個々人で差が激しいためか、まだ対策が出来ていないとのこと。


そんな重要な機能を説明されていないという事は、俺はやはり警戒されているのだろう。とはいえ、調べていたとはいえ初対面。しかも、自分たちに敵意を持つ異能力者なのだ。警戒するのは当たり前だ。


「んー。でも、君に協力を持ちかけて尚且つ、私と共に行動する事を黙認してるってことはさー、局長さんもある程度は信用することにしたんじゃないかなー。まぁ、解除できるのはある程度だし、例え全開で来られても制圧できるみたいな自信と君を加えた方が襲撃者の制圧が楽になるからなんだろけどねー」


「・・・確かに、あの人強いですからね」


稲村との戦いを思い返す。鋼鉄のような肉体。認識、反応できない速度、技量での拳撃。そして、異世界で相対した邪神と同等、ともすればそれ以上のプレッシャー。


これだけでも相当だが、恐らく全てでは無いだろう。俺と交戦した際の(交戦と呼べるものだったかはさておき)稲村は明らかに余裕を持っていた。俺の繰り出した一撃を避けずに受けた事からも推測できる。


俺の事を調べたとしても、異世界ヘ行っていた以上、流石にその実力までは分からないはずだ。それを一瞬で見極め、なおかつ、受け切れる。あるいは受けても支障はないだろうと判断した。敵の攻撃を受けるというのは何らかの策あるいは相手と自分に大きな実力差が存在することに違わない。


当時の行動から前者の可能性は限りなく低い。よって、後者であると予想できる。


魔力が拡散されていたとはいえ、まともに喰らってびくともしない。


「間違いなく負けますね。全力で戦えたとしても」


「でしょー。ほんとあの人化け物だよねー。もしかしたらあの人も異世界帰りなのかもー。・・・っとおしゃべりはここまでにして、一先ず仕事しよっかー。時間がかかればかかるほど相手側が有利になっちゃうしー」


「そうですね。・・・でも、どうやって見つけるんですか?俺のスキルでも引っかからない襲撃者なんて」


そもそも、何故、『発見されていない襲撃者』を捜索する事となったのか。


間野さん曰く、ここまでの襲撃者の行動は明らかに目立っており、そのくせ、少数の部隊を局内に送りむという、意図の見えない行動を行っている。


まず、共通の認識として、テロの可能性は限りなく低い。少なからず目立つであろうが、侵入成功している部隊もいるというのに、爆発物等の目立った武器の使用が見止めらず、テロ特有の大きな一撃を与えるというものとは異なるように思える。


正面の連中が引き付け、少数部隊が目的を達成する。これが有力な候補ではあるが、多少の情報を盗むくらいならばここまでの起こす必要性は感じられず、また、侵入部隊の動きから、特安本部の内情が襲撃者側にリークされている可能性があるのだが、それならば余計に隠密作戦の方が成功率が高いと考えられる。


ともなれば、混乱という一種の混沌状態でなければ奪取出来ないモノ、あるいは目的となるが前者に該当するモノは、現在侵入を許している箇所には見受けられないとのこと。


これらの事情を勘案し、間野さんは一つの推論を指摘した。


「これさー。秋君、君を狙ってるんじゃないかなー」


「俺を・・・ですか?」


「タイミングもそうだけどさー。今、特安本部で大騒ぎを起こさなければいけない理由がそれ以外思いつかないんだよねー。機密情報や物品等の奪取にしては、事前準備の割に、動きに無駄が多い。テロにしては、効果的な行動をしているとは言えない。どれをとっても中途半端なんだよねー」


今回の襲撃一番の謎。襲撃者達の目的。これが、不明であるがため、こうして後手に回っているのだ。


「ですけど、どうして俺を狙って?消去法、にしては少し雑すぎるような」


「まぁ、これも推論のうちの一つだからねー。違うかもしれない。でも、可能性は高いと思うし、違ったとしてもこの状況、割れている敵部隊は囮と考えてもいいと思うんだよねー。さっきも言ったけど色々、杜撰だし。上に侵入部隊が向かったならば、真逆の地下に敵の狙いがあるんじゃないかなー」


間野さんの話は通っている。異なる場所に意識を引き付け、本命を達成する。単純ではあるが、効果は高く、また、応用や工夫もしやすい。上の部隊を囮とし、地下で人知れず目的を達成する。理論としては間違っていない。


ただ、引っかかるのは、現在判明している部隊が囮だとするのならば、少し、分かりやすいのではないだろうか。いや、どちらにせよ、戦力を削ぐことは出来るし、現に俺と間野さん以外はそれらの対応に向かっている。


規模、位置、状態。全て不明な相手。もしかすれば、この「存在しているかもしれない」という予想さえ、相手に誘導されたのではと勘ぐってしまう。だが、そんなことを考え出せばキリがない。


稲村らが加わったことで、正面の襲撃者はあと数分もすれば排除できるだろう。そうなれば、襲撃者たちが望んで作り出している状況は崩壊する。さすがにこちらが有利とまでは言えないが、風向きがこちらに向いてくるのは必然である。


故に、時間は襲撃者らにとっては敵である。とはいえ、襲撃者らが目的を果たす前に制圧しなければいけないため、現状、時間がこちらの味方でもない。罠の確認を怠るつもりはないが、迷っている暇もない。


可能性が高いのであれば、賭けてみる価値がある。


間野さんは俺を非常階段へ、先導する。


「それじゃ、一先ず。下層まで行ってみよーか」






―――特安本部 エントランス


騒音と硝煙がその場を支配している。敵が構築しつつある簡易的な防衛ラインに突入すると同時に、後方から煙幕と援護射撃が行われる。後ろから飛んでくる弾は全て弱装弾であり、その目的は敵の無力化である。対して前から襲い来るものは全て実弾。こちらを殺すつもりで打ち込んできていた。


特安は特別に武装をに許可された組織の一つである。だが、同時に自衛隊などと同じく、むしろ、もっと厳しい武装制限が存在する。


『任務においての抹殺対象、あるいは、管轄下における事象によって、国民に命の危機が迫った場合にのみ使用可能。訓練時は指定された場所において使用可』


局長は、元々はこんな制限はほとんどなかったと言っていた事から、公的組織となったが故の弊害の一つだろう。さすがに緊急時は略式化されているものの、通常任務における、権限範囲外での武装使用のためにいちいち許可を取らなければならないのは億劫である。


とはいえ、公的な組織である以上、社会的秩序の厳守は必須であるし、秩序の守れない武装組織など、暴徒集団と何ら変わりない。秩序があるからこそ、非常時において暴力装置として正確に機能できるのだから。


敵との武装の違いから、特安の武装関連における基本事項を思い返してみると、やはりあの拘束作戦は例外中の例外だったのだろう。


そんなことを考えつつ、雨宮渚わたしは煙の向こうから放たれる鉛玉を時に回避、時に手元のコンバットナイフで反らし、生み出した隙間に滑り込みながら突き進んでいく。ナイフを弾に当てるたびにわずかながら押し返されてしまうのはやはり、否めない。今後、筋力の増加は必須だろう。


目覚める以前の記憶を忘却する代わりに修得した、『リミッター解除』を今以上の出力で行えば、それほど気になるものではないのだろう。だが、このリミッター解除は引き出せる力の上限を開放するだけであり、肉体そのものが強くなるわけではない。現状、二割程度の出力でなお、負荷で五分以上は持たないのだ。全力で行えば、肉体そのものがはじけ飛んでしまう。拘束作戦においてもそれが原因で早々に下げられた。


「・・・っ」


弾切れか、あれほど続いていた銃撃が止む。そのわずかな隙をつくため、意識を効率よく制圧するためのものへと切り替える。鋭敏となった感覚が敵の気配を捉え、同時に意識する間もなく、肉体が銃を構え、込められた弱装弾を放つ。


撃ち抜くには足りないが、無力化するには十分な一撃。


苦悶の声と倒れた音から、命中した事を認識しつつ次の目標へ。


既に各所では、突入部隊による襲撃者らの無力化が進んでおり、エントランスへ来たときはあれほど響き渡っていた銃声が、半分程度にまで減っている。


突入から三分も経っていないが、ここまで速いのはやはり局長自ら参戦している事が大きく影響しているのだろう。


少しずつ明瞭になっていく視界の端では、一つ瞬きをする間に三人が局長の手によって無力化されていた。これでも彼の全力には程遠いというのだから、自らとの差を実感させられる。


ふと、そんな局長と交戦したらしい、あの青年の事を思い浮かべる。青年本人や局長らの説明曰く私の兄だというのだが・・・。やはり思い出せない。なんとなく『何かを忘れている』事は分かるのだが。


前々から知らされてはいたものの、実際に会うと現実味が無く、どうしても警戒心が勝ってしまう。何より彼自身、異世界に召喚される前の三年間の記憶が無いとのことだ。ただの人違いでは?なんて考えも浮かんでしまう。


「・・・今は、いいか」


今は、目の前のことに集中するべきだろう。勿論、考え事をしている間にも体はプログラムを実行する機械の様に敵の無力化を行っているのだが。


・・・やはり、少しおかしい。いくら、雨宮秋の出現によって多少心が乱れているとはいえ、命の危険がある戦場においてここまで戦闘に関係の無いこと思考するほど集中出来ないことはあっただろうか。


いや、余裕を持てる者はその限りではないのだろう。特安の中でも古参の一人であるどこぞの部隊長なんかは、戦場の中にあっても常に笑顔を忘れず、どこからか持ってきたバーを齧っている始末だ。


だが、自分はそうではない。昔は戦場に出るというだけで震えが止まらなかったし、今も実践となれば、目の前の戦闘の事で頭がいっぱいになってしまう。おかげで、戦闘にのみ集中できるのは利点といえるのだが。


そんな自分が戦闘中に無駄な思考を行える余裕を?自らの成長によるものならいいのだが、今回のはそうではない。


「敵が、弱すぎる?」


銃撃戦に関しては数的な物もあったが、こちらと互角以上。突入の際の迎撃もかなりの厚さだった。それこそ訓練された兵が、指揮官の指揮によって行う統制射撃の様に。


問題は近接戦だ。突入に成功した後の接近戦においては敵の反撃は微弱であり、対応は杜撰であった。


個人的な意見ではあるが、確かに遠距離戦に比べ、近距離戦では技術の差が生死に直結するため、苦手とする者もいる。だがそれは、あくまで訓練初期の初心者の話だ。ある程度訓練を積めば一定のラインまで達することは出来る。


あまりにも、偏りのある実力。ここまで大掛かりな戦闘を仕掛けておきながら、特安の防衛線を一部突破し侵攻に成功しておきながら、明らかにわかる違和感。


その計画の綿密さに反比例するような、兵の杜撰さ。いや、それよりも。


「兵の扱い方、というか投入の仕方が雑?まるで捨て駒の様な」


見え隠れしていた何かをつかみかける感覚。その時―――


「うわっ!!」


巨大な炸裂音。一瞬遅れて強い振動が襲い来る。すぐに周りに目をやりつつ、震源を探る。


「これは、地下、か?」







―――特安本部 下層第■層


それは不可視の衝撃と共に現れた。


初めての対面なはずなのに、どこか懐かしさを覚える彼。


「久しぶり、だね。シュウ」


白と違和感を覚える一つの金を内包した少年は、静かに微笑みかけてきた。













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