第8話 襲撃(特安本部)前編
「このビルは地上15階地下5階となっている。現状、襲撃者達の総数は分かっていないが、エントランスに大型車両で突っ込み、そのまま侵攻を開始したとのことだ。周辺地域の交通規制及び退避は問題なく行われている」
エレベーターを使い上層部へ向かう中、稲村から状況を知らされる。襲撃を感知してから数分しかたっていないというのに、避難や規制が行われていることに、少々驚きを感じる。
「この辺一帯は政府の特別管理区域に指定されている。この辺りに勤務している者は全て特安と同じ系列の組織に所属しているエージェントや研究者達だ。非常時のマニュアルは全員が把握している」
「・・・確かに、少し考えれば当たり前の事なんですが。というより、そもそもどうしてこんな目立つところに特安本部を設置したんですか?」
「あー、それは所謂牽制ってやつだよー」
横から間野さんが入って来る。
「牽制ですか?」
「うん。山奥みたいな閉鎖的場所じゃなくて、こうゆー開放的な、人目につく場所に設置することで情勢を分かりやすくするんだー。こーすれば、例えば、襲撃を受けたときとかはとにかく目立つ。いくら、国の管理区域とは言っても交通規制をしているだけで、何もでっかい壁で囲んでいるわけじゃない。少し離れた場所には、一般の人々だっているんだ。真正面からドンパチやってれば、気づかないわけがない。秘密裏に襲撃したい連中からすれば、腰が引けてしまうってわけだよー」
「はぁ。でも、それは」
理論は理解できなくもないが納得はいかない。確かに大人数の襲撃はためらわせやすいかもしれないが、少数による作戦やそれこそ目立つことも厭わなかったり、逆にテロの様に目立つことこそが目的であった場合等はどうするのか。そもそも、今まさに襲撃を受けている真っ只中ではないか。
『・・・は後・・隊は・・面を』
途切れ途切れに聞こえる指示を出す声。その声に、意識を目の前の問題へと向けなおす。銃撃音はより激しくなっており、同時に音の発生する範囲が先ほどより広がっている。襲撃者たちはすでに本部の各所に進行している様だった。両〈感知〉スキルにおいても各所で戦闘が発生していることが分かる。
襲撃者達は現在エントランスに一番多く、他は2人ずつのペアで行動しているようだ。ペアは全部で3つ。その全てが上階を目指しており、内一組が既に5階にまで到達している。
稲村の方へ目を向ければ、彼は渋面になりながらも落ち着いており、マイクに向けていくつかの指示を飛ばしている。どうやら彼も把握したようだ。
「思ったより進行が速い。本部の内部構造を把握している可能性がある」
「となるとーどこから漏れたんですかねー。正直候補が多すぎますしー」
「一度洗い直す必要があるな・・・。とはいえ、今は襲撃者達への対処が先だ」
稲村が局員らの方へと向き直る。局員たちは姿勢を正し、一言一句、挙動一つ逃さぬというようにじっと彼を見つめる。
「5階には一小隊を向かわせた。エントランスに戦力が集中してるとは言え、5階にも最低限の警備部隊が存在する。彼らと合わせればそう突破されることは無いだろう。我々の目標は、エントランスの襲撃者だ。どうやら、敵は攻勢から牽制・防御態勢に移行しつつあるらしい。恐らくは、我々の戦力の大部分を引き付けつつ時間稼ぎ及び退路の固守を行おうと考えてるのだろうが・・・」
ふと、あごに手をやり、考え込むように微かに俯いた稲村だったが、明確に聞こえるようになった銃撃音と大きな振動に、すぐに「何でもない」と顔を上げる。
「総員、到着後すぐに戦闘となる。襲撃者が構築している防衛線を突破し、まずは敵が突入の際に使用した大型車の破壊。退路を塞ぎつつ包囲、制圧を行う。これを迅速に終わらせ、直ぐに内部に侵入した者たちの対処へ。以上だ」
エントランスの敵を制圧し、敵の退路を断ちつつその大多数を撃破。それが出来れば奇襲による状況はある程度盛り返せるだろう。だが、本部内深くに侵入している者たちがいる以上、エントランスを制圧できたとしても、主導権はまだ向こうにある。
少数というのは単純に戦力から見れば小さいかもしれないが、潜入という観点から言えば、見つかりにくい・逃げやすいという利点が出てくる。本来であれば、防衛側には地の利というものが存在するが、襲撃者らが本部の内部構造を把握している可能性がある以上、条件的にこちらが厳しい。
何より厄介なのは「情報」の差だ。
こちらはまだ、襲撃してきた組織の目的が分かっていない。候補として情報・物品の奪取があるが、それであればここまで派手にやる必要があるのかという疑問が想起される。
無論、襲撃により混乱したすきを狙い、といった可能性はあるがそれすなわち、そうでもしなければ奪えない代物であるという事になる。
そこまで重要な物ならば、稲村らもすぐに気づき対策を講じるはずだが、現在行われているのは、襲撃者に対する迎撃のみであり、これは襲撃者の侵攻しているエリアに、該当するものが無いのではないか。完全に後手に回っているというのもあり得るが。
では、本部の破壊。あるいはテロ目的か。それならばもっと大人数で。何より爆弾等の破壊兵器を使うのではないだろうか。今現在、敵がそういった兵器を使ったという連絡もなく、使われた様子もない。
襲撃者たちの目標の不透明さ。情報の不足。奇襲というディスアドバンテージ。
この状況において俺の最適解は。
鈍い振動と共にエレベーターが停止し、低い唸り声をあげながら、そのドアがゆっくりと開いていく。同時に、煙と共に普通に暮らしていれば滅多にかぐことの無い――俺にとってはなじみ深い――匂いが漂ってくる。
物体が破壊され、燃え、そして、それらを行う事で起こる匂い。争いの場。
「行動開始」
稲村の静かな、だが確かに耳に届く声が発せられる。同時に、局員たちは局長と共に姿勢を低くしつつ突入を開始する。その中には渚の姿もあった。
「さーて、私達も一仕事しましょーか」
間野さんに肩を叩かれ、俺は意識が持ってかれていた事に気付く。
「ダメでしょー、戦場でぼーっとしたらー。君の気持ちもわかるけどさー」
「すいません。でも、そう言う間野さんも・・・」
「私はへーきだよ。油断してないし」
油断してないからなんだ、と思うが、彼女の言う通りここは戦場である。明らかに緊張感が無さ過ぎた。やはり、色んな事が起こったせいなのか・・・。
「ともかく、一仕事とは?」
「ふふっ。それは君だって気づいてるだろー」
間野さんはその豊満な胸を張りつつ、戦場に似合わない、楽しそうな声色で答える。
「サーチアンドデストロイ。すなわち、まだ発見されていない侵入者、および侵入経路の発見・破壊だよ」
「第一陣の状況は?」
老人がそばにいる武装した男に問いかける。その装備の重厚さもさることながら、纏う雰囲気、体つきから歴戦の猛者と思しきその男は、その腕を振るえば瞬く間に打倒せるであろう老人に対し、異常なほどの緊張感と敬意を内包した声で答える。
「はっ、全部隊完璧に作戦を遂行しております。また、特安の行動も、事前の予想通りに主力をエントランスへ。残る部隊を各侵入部隊にあてております」
「・・・目標は?」
「こちらも計画通りです。個人的な遊撃に移行した模様」
「よろしい。では、作戦を次の段階へ」
老人は計画通りに進んでいることに対し、歓喜も、安堵もすることなく次の一手を告げる。
彼が視線を向けた先には襲撃部隊と同じ服装をした、しかし、目に見える場所に武器は何一つ身に着けていない一人の少年が立っていた。体格は細く、少々病的とも見えるやせ型。何より目を引くのはその髪色だろう。
ほとんどが白一色でありながら、前髪の一部分のみ金色に染められている。それらが全て地毛であり、そうなった経緯を知る者は『組織』の上層部においても老人を含め、僅か一握りだけだ。
老人は少年から視線を放すと、傍で待機していた男に命令を下す。
「贋作を投入しろ」
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