第1話 プロローグ
「ようやく、我らが大願が果たされようとしている」
天井から吊るされたシャンデリアによって煌々と照らされた室内。THOFに所属する信者たちから『聖堂』と称されるそこでは、今まさに、一人の男が熱弁を振るっていた。
壇上に立ち、一際輝かしいローブと装飾品に身を包んだ彼は、眼下で熱気をもってひしめき合う信者たちに向かって大声で宣言する。
「次の満月が上る時、我ら人類に救済が訪れるのだ!!」
途端に声にならない絶叫が、聖堂を揺らす。信者たちによる歓喜の声だが、体を異様に捻じ曲げながら金切り声を挙げるさまは、傍から見れば気が狂った変質者としか思えない。
だが、壇上の男を含め、その異質さを指摘するものはこの場に存在しない。
寧ろ男は、その光景を何処か悦楽に浸るような目で眺めながら、さも教師が生徒たちの成長に感極まるように何度も頷いている。
やがて信者たちが落ち着きを取り戻し始めると、見計らっていたように男は壇上から手拍子を一つ。その音一つで、信者たちの注目は再び男へと戻る。
「然るに我々はすぐにでも行動を起こさなければならない。儀式の準備は他の同志らが担当してくれる。我々の使命はかの勇者をお迎えに上がる事だ」
先程までの喧騒が嘘だったように、信者たちはじっと男の話に耳を傾ける。否、待っているのだ。男の言葉を。
「これより、我々は『聖戦』の最終章へと身を投じる。神とストレリチアの加護があらんことを!!」
「「「神とストレリチアの加護があらんことを!!!」」」
宣誓と同時に信者たちは一瞬にして聖堂から消え去る。不可思議な現象。異能によるものであれば、能力者が多数存在することに。素の身体能力であれば、それは超人と言って差し支えないだろう。
ひとり聖堂に残った男は、周囲に誰もいないことを確認すると身に纏っていた荘厳なローブを脱ぎ捨てる。輝きを放っていたそれは光の粒子となって消え去る。
「全く持って愚かしいな」
男の声は聖堂に響くことは無い。かと言って小さいわけではなく、その姿は自問自答を繰り返すアンドロイドとも取れた。
彼が軽く頭を振れば、美しい金色が消え去り灰色の、彼本来の髪が姿を見せる。
「勇者に頼る、か。信者連中だけならばいいが、上層部の一部も本気で信じているとは。先代勇者を忘れたのか」
身に着けた飾り物を外しては投げ、外しては捨てる。最後に残ったのは、首にかけられた幾何学をあしらったペンダントのみ。来ていた服さえも脱ぎ去った男は、その引き締まった肉体美を晒しながら、壇上から降り立つ。
音は響かない。
「とはいえ、利点もある。一先ず、誘導は行った。今回の件は諸々を片付けるいい機会だ」
男はほくそ笑むと、それっきり一言も発することなく聖堂を後にする。残ったのは、消えかかった腕輪とただ広がる荒野のみ。
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