第2話 帰還
ゆっくりと目を開く。シミ一つ見えない真っ白な天井が視界に入る。
妙に重い体を起こし隣を見る。
「スゥ……………」
「……またお前か」
俺の寝間着の裾を強く握りしめながら寝息をたてる猫耳少女ーークロノがいた。
綺麗な水色の髪にぷにぷにとした頬。そして猫耳。
可愛い。
頬をつねったり体を揺すって見るが中々起きない。否、この程度で彼女が起きない事など分かっている。
なんせこの世界に来てから約2年。城の一室であろうが洞窟であろうが森のなかであろうがほぼ毎朝、気付けば彼女は隣で寝ていたのだから。彼女が朝にかなり弱いのは把握していた。
なので、艶やかな毛並みの耳を軽くつまむ。
「にゃっ!?」
クロノが毛布をはね除け飛び上がり空中で一回転して俺の太股の上に乗っかった。
「おはよう、クロノ」
「この起こし方はダメって言ってるのに」
「嫌ならすぐに起きるか、俺のベットに潜り込まないようにするんだな」
「むぅ、ご主人様の意地悪」
頬を膨らませながらもスリスリと額を擦り付けてくる。
可愛い。
頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細める。
可愛い。
そんな感じでクロノを愛でていると部屋の扉がノックされる。
「おはようございます勇者様、ミエルです」
「ああ、どうぞ入ってください」
許可を出すと金髪のメイドさんが入ってくる。彼女ーーミエルは「失礼します」とお辞儀をした後、俺にじゃれついているクロノに呆れたような視線を向ける。
「また貴方は勇者様の寝台に忍び込んで………」
「ご主人様は構わないと言っている。だからミエルには関係ない」
「まぁ出会ってからずっとだからな。別に何かされてるわけでもないし」
「ですが……」
「もしかしてミエル羨ましいの?」
「なっ………!」
顔を真っ赤にするミエル。
「だったらミエルも明日から一緒に寝ればいい。そうすればこうして毎朝早起きして、いちいちご主人様の部屋に来る必要も無くなる」
「そ、そ、そういう問題じゃありません!!」
二人が言い合うのを見ながらーーミエルが一方的に叫んでるだけにも見えるがーーこの慣れ親しんだ光景ともしばらく別れると考えるとかなり寂しく感じていた。
何故なら俺は今日帰るからだ。元いた世界へ。
2年前、目を覚ますと俺は勇者としてこの世界に召喚されていた。この世界を破壊しようと目論む邪神を倒してくれとの事。異世界系好きな者なら一度は夢見るであろう(俺の見解ではあるが)異世界召喚である。
だが、この時の俺には少々厄介な問題が発生していた。召喚される前の記憶、正確には召喚前の3年間の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。
原因は今でも分からないが向こうに残してきたたった一人の家族である妹ーー渚の事も相まって「元の世界へ帰る方法は分からない」と言われたときはかなり荒れていた。
しかし、邪神が時空を超える神具を持っているかもしれない事とこの世界の現状。そして人々に涙ながらに頭を下げられては断る事も出来ず。
ひとまず、行動しよう。
そう考え邪神との戦いに身を投じた。
あれから2年後、獣人族のクロノやメイドのミエル、その他大勢の人々と協力しついに邪神を倒す事が出来た。
邪神は時空を超える神具を持ってはいなかったが世界を渡る術を持っていた。
邪神との戦いの後、世界の復旧を手伝いながらも研究を重ねついに元の世界へ戻る為の魔法を完成させた。
ただ、この魔法にはいくつかの欠点がある。
1つは消費魔力の多さだ。持ち運び等の利便性を考え魔法を手のひらサイズの結晶に込め、発動の際は魔力を込める必要があるのだがいかんせん時空を超える魔法な為チート能力を持つ俺でも3ヶ月程かけなければ発動する事が出来ない。今後改良する予定である。
2つ目は一度の魔法で一人しか飛べない点だ。こちらも今後改良予定だが今回は俺一人でいくこととなった。
勿論、こちらの世界にも戻って来るつもりだ。
出発の時刻ーーー
出発場所である王国の城の前には沢山の人が詰めかけていた。何か嬉しいやら恥ずかしいやら。
王様が俺の前にやって来る。
「勇者シュウよ。そなたには随分と世話になった。改めて礼を申す。ありがとう」
「いえ、俺には俺の目的があってやった事なんですから、お礼をしてもらうなんておそれ多いです」
「シュウ殿は相変わらずだな」
そうしてがっしりと握手をかわす。
王様が下がると今度はクロノにミエル、この国の王女であるルシアがやって来た。
「シュウ様、どうかお元気で」
「勇者様は変に抜けている所がおありなので気を付けて行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい、ご主人様」
「3ヶ月後には一度戻って来る予定だから次は一緒に地球へ行こう。渚にも紹介したいし」
その後も様々な人々が声をかけてくれた。
一通り挨拶が済み俺は魔法具を起動する。白い光が輝き足元に魔方陣が浮かぶ。
「じゃあ、行ってきます!」
「「「行ってらっしゃい!!!」」」
視界を白い光が埋め尽くした。
「………ここは」
目を開くとそこは見慣れた住宅街の一角。既に夜の様で辺りは暗いが間違いない。俺がよく通っていた道だ。
つまり………
「来たんだ……帰って、帰ってこれたんだーー!!」
余りの嬉しさに思わず叫んでしまってから慌てて口を押さえる。
こちらの世界で俺がどのような扱いをされているのかよく分からない上に、周りに迷惑だ。
俺は内心で込み上げてくるものを何とか押さえ込みながら記憶にある道順を辿って家に向かう。
自分の家はあるのか、渚は大丈夫なのか、友人達はどうしているのだろうか。不安や期待が入り交じる。
しばらくしてーーー
「あった………」
記憶の通りの場所に家は佇んでいた。妹が家にいるのか明かりが灯っている。
俺は震える手でチャイムを押す。
『はい』
インターホンから渚の声が、成長した為か少し冷たい声が響く。
「あの、俺なんだけど………」
『………』
プツンと切られてしまった。
「…………」
何とも言えない気持ちになる。
すると足音が近づく音がした。ドアに顔を向けるとカチャリと鍵が開けられる。
(ヤバイ。まだ心の準備が)
渚と再会したら何て言おうか、どんな顔で言おうか等様々な事を考えていたというのに、いざその時となると頭が真っ白になってどうすればいいのか分からなくなる。
(と、取り敢えず笑顔で、ただいまって言おう)
ついにドアが開き渚が現れる。俺は万感の思いと共に
「ただい」
体を思いっきりのけ反らせる。突然起こった予想外の出来事に対して体が反応した。
妹の持っていた拳銃から弾が発射された。
その事実を認識するのに0.4秒。その事実を受け止めるのにたっぷり5秒。
その隙に新たに2つの弾丸が発射される。
「っ!」
即座に回避行動に移る。1つは完全に避けきったがもう1つが右腕を掠める。
微かな痛みに顔をしかめつつ、それ以上に渚が銃を所持しそれを発砲してきたという事実に頭がごちゃごちゃになる。
そんな俺を他所に全身を黒い服で統一した渚は俺に銃口を向けながらトランシーバーを取りだし告げた。
「特安所属雨宮渚。対象を捕捉。これより作戦を遂行します」
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