第三回 第一章_1

 風が季節を運び、首都クレンバレス第七区の薔薇の枝先から新芽が伸びはじめる。太陽の光は日に日に熱を強めて大地に降り注ぐようになった。

 人々が薔薇の成長を楽しみにする中、第七区にあるフォレスター伯爵夫人の屋敷には、うら若き令嬢たちが集まっていた。

 ここでは淑女を育てるために定期的にお茶会が開催されている。どの令嬢たちも色とりどりのドレスで着飾り、美味しい紅茶を楽しみながら会話に花を咲かせる。その際に、伯爵夫人がしっかりと立ち振る舞いを見ていた。

 そんな中、誰よりも注目を浴びる令嬢がいた。

 女性と呼ぶにはまだ早い、あどけなさの残る顔立ち。深緑の双眸はエメラルドのように輝き、まっすぐ伸びた金髪には白真珠の髪留めがよく似合う。淡い菫色のドレスの花の刺繍が、彼女の華やかな見た目を引き立てる。

 フォレスター伯爵夫人にじっと見つめられても彼女は平然とした様子で、優雅にスコーンを口に運ぶ。その姿を見て、伯爵夫人は満足そうに頷いた。

「さすがね。いつ見ても完璧だわ」

「わたくしたちも見習わないと」

 周りが次々と褒め言葉をささやく。その視線の先にいた令嬢──リシュア・ジュノーは謙虚に微笑んでいた。




(せっかくのスコーンなのに味がしない……)

 笑みを浮かべたまま、リシュアは心の中でぼそっと呟いた。マナーは身についたが、フォレスター伯爵夫人の眼力にはいつも圧倒される。

 しかも緊張する理由はそれだけではない。この中でリシュアだけが生粋の貴族ではないのだ。

 ジュノー家はもともと騎士家として名を馳せ、その功績によって男爵家となった。しかし半世紀前から徐々に衰退し、祖父のモーガンがクレンバレス第七区騎士団の団長を務めたことで、細々と生きながらえている。本来ならこのお茶会に呼ばれないが、これも祖父が伯爵夫人と懇意にしていたおかげだった。

(お祖父さまって本当に人望が厚かったのね)

 紅茶で喉を潤しながら、しみじみと感じる。

 すでに伯爵夫人の視線はそれていた。こっそり肩の力を抜くと、周りにいた令嬢たちが身を寄せてくる。

「あの、リシュアさまは薔薇がお好きですか?」

「え? ええ」

 いったいどうしたというのか。首を傾げていると、令嬢たちの瞳がキラリと輝く。

「では薔薇が咲いたら、お屋敷へ来てくださいな。自慢の薔薇園がありますのよ」

「それならわたくしの別荘のほうがいいわ。一面がピンク色に染まって素敵なの」

 お誘いの言葉に、リシュアは彼女たちの思惑に気づいた。

「まあ、それは楽しそうですわね」

 当たり障りなく微笑んでいると、一人の令嬢が切りこんでくる。

「きっとジュリアスさまにも楽しんでもらえますわ」

 リシュアはうっと言葉を詰まらせる。もれなく彼がついてくるとは限らない。

 彼女たちの目的は、クレンバレス第七区騎士団に所属する騎士であり、ジュノー家に身を置くジュリアスだ。

「貴公子と見間違うほどの麗しいお顔立ちなのに、見ました? あの団服姿!」

「よくお似合いよね。お仕事中のジュリアスさまも素敵だわ」

「ああ、わたくしがピンチのときに颯爽と助けてくれないかしら」

「わかりますわ。もしも『助けにきたよ、僕のお姫さま』なんて言われたら」

 一同はきゃっと可愛らしい声をあげる。だがフォレスター伯爵夫人が咳払いをしたため、姿勢を正した。

 黙って聞いていたリシュアは毎度のことながら耳を疑う。彼のどこがいいのか。

(もし『僕』なんて言われたら……むずむずする)

 今年で二十三歳となるジュリアスは未だ独身で、仕事一筋で硬派な姿は、未来の旦那さま候補として高い支持を得ている。

 だがリシュアを通して誘いの声がかかっても、本人からは「悪いけど断ってくれ」と頼まれていた。

(ほんと、外面だけは紳士的なんだから)

 騎士としてたくましく成長しようと、中身は相変わらずだ。彼を怒らせると師匠の孫娘だろうと容赦なく、氷のような冷たい瞳に射貫かれたらひとたまりもない。

 それでも。

 ジュリアスとは縁あって同じ屋根の下で暮らしてきた。十年の月日を共に過ごせば、なんだかんだ言っても心から大切に思う。

(……ジュリアスのほうは、どうなのかな)

 寂しい気持ちに駆られ、リシュアが胸元に触れようとすると。

「……さま、リシュアさま!」

 隣に座っていた令嬢の声にはっとする。

「な、なんでしょう?」

「これを見てくださいな。お父さまがわざわざベルナウ王国から取り寄せてくれたの」

 そういって彼女はハンカチを見せてくれる。蔦のような植物の刺繍が金糸で施され、実や葉っぱなど、細かいところまでこだわりを感じられた。

「どう、綺麗な模様でしょう?」

「ええ。とっても」

 リシュアが見入っていると、彼女はさらに言葉を紡ぐ。

「蔦には誠実や友情、それに永遠や不滅という意味があるの。小物だけではなくて、ドレスの意匠としても素敵かもしれないわ……この模様はきっと流行るわよ!」

 令嬢たちは他国の流行にも敏感で、リシュアの知らない情報や知識をたくさん持っている。頷きながら聞いていると、フォレスター伯爵夫人から「お開き」の声がかかった。

(もうそんな時間なのね)

 肩のこりをほぐすために背筋を伸ばしたくなるが、まだ気を抜くことはできない。

 周囲にいた令嬢たちの瞳が、今度はギラリと光る。

「リシュアさま。もしよろしければ、わたくしの馬車で帰りませんか?」

 誰よりも早く声をかけてきたのは、栗色の髪を結いあげた伯爵家の令嬢だった。

 その瞬間、他の令嬢たちが引きさがる。早い者勝ち。これは彼女たちの暗黙の了解だった。

「ありがとうございます、ノエルさま」

 リシュアはお礼を言いながら、内心で冷や汗をぬぐう。毎回ジュノー家まで送ってくれるのはありがたいが、その理由はジュリアスを一目見ようというものだった。彼はほとんどの時間を騎士団の駐屯所で過ごし、屋敷にいたとしても居留守を使う。会える確率はごくわずかだ。

 彼女たちはそれを知っていてもなお、機会を狙っている。

(……魔性の男どころか、ただの悪い男じゃない)

 ジュリアスに対して毒を吐きつつ、フォレスター伯爵夫人に挨拶をしてから屋敷を出る。すでにお迎えの馬車が並んでいた。

 ノエルのあとに続いて伯爵家の立派な箱馬車に乗りこむと、彼女の対面に座る。

(今日はどうかしら)

 ジュノー家に着くまでの話題といえば、お茶会の出来事やジュリアスのことなのだが、二人だけの密室はちょっと落ち着かない。

 とりあえず微笑んでいると、ノエルの艶やかな唇が開かれる。

「ねえリシュアさま。意中の相手はいますの?」

 直球だなあと思いつつ、大胆な質問にリシュアのほうが恥ずかしくなってきた。

「ど、どうでしょう。ジュリアスのそういった話は耳にしたことがないので」

 するとノエルはぱちぱちと瞬きをする。

「あら。わたくしはリシュアさまのことをお訊きしたのよ?」

「えっ」

 思わずぽかんとしていると、彼女はふわっと笑う。

「ずっと前から気になっていたの。いつもジュリアスさまのお話ばかりだったから」

 改めて訊かれると、すぐには浮かんでこない。

(男性? 男性かあ)

 そろそろお見合い話が舞いこんでもおかしくはない年頃だが、そういった話はまだなかった。

「いまのところ意中の相手はいませんわ」

「なら、好みの男性は?」

「えっと……それもまだ。わからなくて」

 正直に答えると、ノエルは両手を合わせる。

「なら、近々わたくしが主催するお茶会にいらしてくださいな。綺麗に着飾って、美味しい紅茶とお菓子を楽しみながら、お互いの恋愛話をたくさんするの。そのときに、リシュアさまの好みの男性もわかるかもしれませんわ」

 これには再び驚かされた。

(ノエルさまは、私を見てくださっている)

 とても嬉しいことだが、成りあがりの貴族であるリシュアが参加したら、彼女の評判を落としてしまうかもしれない。

 どうしようか悩んでいると、

「わたくしの心配はご無用ですわ。リシュアさまは一人の女性として十分魅力がある方です。だからお誘いしたのよ」

 なにもかも見透かしたような真摯な言葉に、戸惑う。他の令嬢たちに引けを取らないよう努力を重ねてきた。それを褒められるのは素直に喜びたいが。

 令嬢としての魅力よりも、もっと認められたいことがある。

(でも。ノエルさまのような方がいるとわかっただけ、ありがたいことなのかもしれない)

 お礼だけでもしっかりしようと、背筋を伸ばそうとしたとき。

 急に馬車が止まった。

「もう着いたの……?」

 窓から外の景色を眺めて、リシュアは眉を寄せる。まだ帰路の途中だった。しかも角を曲がりきっていない、半端な場所で止まっている。

(なんだか騒がしいわ)

 よく耳を澄ますと、遠くのほうで誰かの叫び声が聞こえた。

 するとリシュアの背後の小窓が開き、伯爵家の馭者が声をかけてくる。

「お嬢さま方、あの、冷静にお聞きください。いま前の馬車が強盗に襲われまして。それで、こちらに気づいたようで」

 彼のほうも動揺しているのか、声が震えていた。お行儀は悪いが、リシュアは「失礼します」と小窓を覗きこむ。

 曲がり角によって見えづらかったが、前の馬車はお茶会で一緒だった令嬢のものだ。犯人は二人で、馭者に襲いかかっていた。

「周囲に人は……いませんよね」

 馬車の混雑を回避するために、住宅街を離れた人通りの少ない道を使っている。

 一応この道も騎士団が見回っているが、強盗は警備の抜け穴をくぐってきたのだろう。周りには誰もいなかった。髪飾りひとつで大金が手に入るのだ。彼らも必死になる。

(そんな気持ち、理解したくもないけれど)

 伯爵家の馬車のほうに来るのも時間の問題だ。

 目を凝らすと、強盗の手には刃物が握られていた。あっと声をあげたときには、一人が馭者に刃物を突きつけ、もう一人が馬車の中に押し入った。そして令嬢の宝飾品を無理やり奪うと、こちらに駆けてくる。

「お、お嬢さま方は決して外に出ないでください!」

 頼りなさそうな馭者の声に、リシュアは覚悟を決める。

(騎士団を待っている時間はない……!)

 勢いよく席を立つと、馬車の扉に手をかける。

「待って! 危ないわ!」

 ノエルに引き留められたが、リシュアは彼女を安心させるよう微笑む。

「大丈夫。私に任せて」

 それだけ伝えると、金髪を揺らしながら飛び出した。

 リシュアが華麗に着地すると、強盗たちと目が合った。彼らは獣のように突進してくるが。

(襲いかかってくるんじゃない、逃げようとしている……!)

 むやみに盗みを働かないということは、手慣れている証拠だ。

 リシュアは道の中央に立ち、彼らをにらみつける。見れば見るほど、いかにも柄の悪そうな男たちだった。

「そこの女、どけっ!」

 突如立ちはだかった令嬢に、強盗たちは刃物を振りかざして威嚇する。

 リシュアは間合いを計りながら、身をかがめてドレスのスカートの中に手を入れた。そして太もものベルトから護身用の短剣を取り出し、構える。

「邪魔をするな!」

 彼らは頭に血が上っているのか、令嬢が短剣を持っていることを不思議に思わないらしい。

 呆れつつ、リシュアは一度だけ深呼吸をする。

 馬車を襲い、馭者を脅して、か弱い令嬢から宝飾品を奪ったのだ。

「悪いけど、それ相応の罰を受けてもらうわよ!」

 強盗たちが刃物を振りあげる。リシュアは軌道を予測して、短剣ではじき返す。思わぬ衝撃に、彼らは驚いて動きを止める。その隙に身を滑らせるように懐に入ると、腕をひねって刃物を地面に落とし、二人まとめて足を引っかける。

 彼らはバランスを崩し、重なるように地面に伏せた。ドレスが汚れるのもかまわずその背中に乗り、逃げられないようにする。

「あの! 彼らを拘束できるような縄はありますか!」

 リシュアの呼びかけに馭者たちは反応しない。二人の強盗やノエルまでも呆然としていた。

 いち早く正気に戻ったのは伯爵家の馭者だった。すぐに馬車から縄を持ってきてくれる。強盗たちを縛り終えると、リシュアは襲われた令嬢のもとへ向かう。

「もう大丈夫よ」

 彼女に怪我はなかったが、顔色が悪かった。捕縛したときの一部始終を見ていたのか、リシュアに対して信じられないという視線を向けてくる。

「大丈夫ですの!?」

 そこにノエルが駆けつける。

 襲われた令嬢は気が抜けたのか、ノエルに抱き着いた。その姿を見て、リシュアはもの寂しくなりながらも、一安心する。

(やっぱり知っていても、目の当たりにすると驚いてしまうわよね)

 リシュアはただの男爵令嬢ではない。

 祖父の厳しい稽古に九年間も耐え抜き、中身だけは立派な騎士に育っていた。

 フォレスター伯爵夫人はそれを知った上でリシュアをお茶会に招いてくれ、令嬢たちもジュリアス目当てという思惑がありながらも優しく接してくれた。彼女たちの猛攻をかわすのは大変だったが、同年代の女の子と話すのは純粋に楽しかった。

 今回の出来事で、リシュアの異質さが浮き彫りになった。ノエルたちの困惑した表情を見るに、もうお茶会への誘いは来ないだろう。

(それでも、悪事を見過ごすことなんてできない)

 リシュアは未だ騎士になる夢を諦めていなかった。




(すぐに騎士団が見回りに来ればいいのだけど)

 セレティシア王国にとって騎士団は、国の自衛や犯罪を取り締まるための国家組織であり、十年前のガリシア戦争のときは王国軍の指揮を任された。

 動きやすさを重視した濃紺の団服で、胸元の徽章には王国を象徴する鷲が翼を広げている。各騎士団の区別がつくように、徽章の縁取りの色と星の数がそれぞれ違い、クレンバレス第七区騎士団の場合は白い縁取りに七つの星だった。

 団服姿で街を見回る姿はよく目立ち、犯罪の抑止に繋がっている。老若男女問わず尊敬の視線が集まり、国中の少年が憧れを抱く職種だった。

 リシュアは辺りをきょろきょろと見回す。

 被害者の令嬢には、ノエルが付き添ってくれる。捕まえた強盗は、馭者たちが責任を持って騎士団に引き渡すと言ってくれた。

(よし、私はここを離れたほうがいいわね)

 この場にいることが騎士団に知られたら、まずい。

 ジュノー家の屋敷まで、歩いて帰れる距離だ。ドレスのスカートについた砂埃を払いながら一歩踏み出すと。

「どうかしましたか!?」

 背後から、野太い声と複数の足音が聞こえた。

 リシュアはうわっと顔をしかめ、急いで近くの物陰に隠れる。レンガ造りの壁から様子をうかがうと、がたいのいい男たちが馬車の周りを取り囲んでいた。

(あれは……第一部隊の隊員じゃない!)

 いま一番会いたくない部隊が来るとは。

 彼らは二人の強盗を確保すると、被害者の令嬢や馭者たちから事情聴取をしはじめる。

(……さっきから姿が見えないけど、もしかして来ていない?)

 一息つくと、体を覆うような影ができていることに気づく。

 背筋が凍るような威圧を感じ、リシュアは恐ろしさのあまり身がすくむ。逃げたい。ものすごく逃げたいが。ここで逃げきったところで、屋敷に帰れば嫌でも顔を合わせる。

 そう考えれば、いま振り返ったほうが絶対にいい。

(でも怖いものは怖い!)

 迷っているあいだに、影はどんどん大きくなる。もう腹をくくるしかない。

「こ、こんにちは、ジュリアス」

「やあリシュア。こんなところでなにをしているんだ?」

 わずかな抵抗として顔だけ振り返ると、にっこりと微笑むジュリアスと目が合った。切れ長な瞳は氷のように鋭く、相当怒っている証拠だ。

「お茶会の帰りなの」

「なるほど、ここにいる理由はつくな。だがおかしいな。君はいつも馬車に乗って帰るのに。今日は誘われなかったのか?」

「ええ。残念ながらね」

 バクバクと跳ねる心臓の音が、ジュリアスに聞こえていないか心配になる。彼はじっとリシュアを見つめて、腕を組む。

「そうだ、君に訊きたいことがあるんだが。あそこに馬車が見えるだろう? どうも強盗に襲われたようなんだ。なにか知らないか?」

「言われてみれば騒ぎの声が聞こえたような……」

 自分が強盗を捕まえましたとは言えない。とぼけていると、リシュアの右腕になにかが這う。手袋をしたジュリアスの手だった。そのまま腕を掴まれて、ひっぱられる。

「ちょっとなにするの?」

「ドレスの袖口が汚れている。これは……砂埃だな」

 鋭い洞察力に、リシュアの表情はこわばる。短剣を取るためにしゃがんだとき、袖口が石畳をかすっていた。

 ジュリアスの瞳がすっと細くなる。

「なにをしたら砂埃がつくんだろうなあ?」

 殺気に似た、どす黒いオーラがジュリアスの背後からにじみ出た。リシュアは口元を引きつらせて少しずつ後退するが、彼はおかまいなしに距離を詰めてくる。

「な、なんで近づいてくるのよ!」

「君が逃げるからだ」

 リシュアの背中にレンガ造りの壁がぴたりと張りついた。右頬のすぐそばにダンッと、ジュリアスのたくましい腕が置かれる。心なしか、レンガの粉末が舞った気がした。

 端整な顔がぐっと近づき、青い瞳を彩る長いまつ毛まで見える。形のいい眉はつりあがり、薄い唇から吐息が漏れる。

「どうやら君にお話を聞く必要があるようだ。なにがあったか話してくれるよな?」

 周りに誰もいないからか、優しさなんて微塵もない。

 試しに胸板を押してみたがびくともしなかった。きっと日が暮れるまで黙っていても、このままなのだろう。

「……わかったわよ」

 有無を言わせない圧力に、リシュアはいままでの経緯を話した。

 黙って耳を傾けていたジュリアスだったが、段々と表情を険しくする。

「また騎士の真似事をしたのか!」

「真似事じゃないわ! 馬車を飛び出さなければ、怪我人がいるかどうかわからなかったし、強盗も逃していたかもしれない! 目の前であんなことが起きれば見過ごせないじゃない!」

「だからってスカートの中に短剣を仕込んでいる令嬢がどこにいる!」

「スカートにちょうど隠れて便利じゃない!」

「どこのスパイを目指しているんだ君は!」

 怒声が脳天に響き、首をすくめる。

 さらにジュリアスの小言は止まらない。リシュアは相槌を打ちながら受け止める。

(麗しいお顔立ちって、この形相が?)

 改めて彼の顔を観察するが、貴公子のきの字も見当たらない。

「おい聞いているのか」

 底冷えするような声に、リシュアは黙って背筋を伸ばす。

「わかっていると思うが、説教はここで終わりじゃないからな」

 ジュリアスに背中を押されて、リシュアはおとなしく従う。彼は第一部隊の隊長のため、部下たちと合流すると指示を出す。

 ちょうど事情聴取を終えたらしく、彼らはリシュアの姿を見るとなにかを察する。きっと到着したのが第一部隊ではなくても、こうなったはずだ。

「さあ行こうか」

 リシュアを待ち受けているのは、ジュリアスよりももっと怖い、クレンバレス第七区で一番恐ろしい怪物だ。

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