第12話 新たな一歩

 あれから数日後の十六日。つまり舞桜の誕生日。

 その日は気温低下、そして天気が悪く、風も酷かった。


 そして学校からの帰り道。

『またあとで』

 と夏輝と別れた後に、静乃さんと舞桜で家まで向かっていた。

 僕は彼女達を家族同然位に思い、沈黙もあまり気にしなくなっていた。


「ん?」

 ポツリと手の甲に水滴が落ちる。

「雨?」

「ほんどだ……」

 雨はどんどん量を増していく。


(まずい……これ以上冷えると……)

 最近冬の寒冷化が進み、十二月は特に寒さを増していた。しかも今日は悪天候。

 舞桜も震えていない時は無かった。


「す、スコール!?」

「急ぐわよ!」

 僕が驚いていると、静乃さんが舞桜の肩を支える。舞桜の顔色は悪く青ざめている……


 動けなくなった彼女の右肩を持つ。

「うぅ……」

 声もほぼ出ていないに等しい。


「傘お願い!」

「わかった……!」

 そのまま強くなる雨の中、舞桜を二人で庇いながら家まで駆け込んだ。


「ただいまー」

「お兄ちゃん、雨だいじょ……!?」

 エプロン姿の深城が心配してリビングから来てくれるが、舞桜の顔色の悪さに気付いたのか表情を変える。


「す、すぐお湯沸かすね!」

「お願い……!」

 僕が答えている間、静乃さんは舞桜の靴を脱がせていた。


「あ、僕がやるよ……!静乃さんも顔色悪いよ?」

「大丈夫大丈夫……」

 一応彼女も、カイロを持参する程寒がりだ。様子を見ると、舞桜程では無いが体も震えている。


「ま、舞桜!?」

 お母さんもエプロン姿のまま、廊下に来る。

「静乃ちゃん……お風呂お願いできる?」

「はい……!」

 深城は恐らく料理を手伝っていたのだろう。


「温かいスープ直ぐに作るからね……!」

 去年も同じような事があって、舞桜の家にお邪魔したりはした。

(家族になったんだ僕達……)

 改めて認識を深める。なんか複雑な気持ちだ。


 静乃さんが舞桜の肩を持とうとする。

「あうっ!」

 だけど彼女は足がかじかんでいるのかよろけてしまう。

「ほら、僕が連れてくから。先シャワー浴びてて?」


「うん、ごめんね……」

 彼女は凄く悲しそうな顔をする。

(あぁ……違う、違う!そうじゃない!いやその歌考えてる場合じゃない)

「ほらほら、病は気からだよ?元気出して?充分助かってる……!」

 僕は彼女の手を握って元気付ける。


「あ、ありがと……」

 彼女は顔を赤くする。

(手繋いじゃった……!)


「ねむ、い……」

 舞桜はまともに声を出せていないし、目を閉じようとしている。

(やばっ……!)

「だ、だめ!起きて!」

 僕は彼女の背中を叩きながら、お風呂場まで背負っていく。


「あっ……」

「あっ」

 静乃さんと手が離れてしまう。

(あぁ……その顔見たい)


 無念を晴らすべく脱衣場を越え、深城がいる風呂場のドアを開ける。

『ガチャッ』

「シャワー温かいよー……ってお兄ちゃん!?」


 浴槽のお湯にシャワーを入れて調整する、全裸の深城がいた。幸い後ろ姿だ。

 だが白い肌、みっちりした太ももと胸を見てしまう。

(白い光!)


「きゃっ!?」

 深城は急いで自分の体を隠す。顔を真っ赤にしながら……

 そういや小学校卒業以来、一緒にお風呂なんて入ってなかった。


「ご、ごめん……!ほら、静乃さんも入っちゃって。僕は戻るから……」

 漫画みたいに殴られるわけでもなく、そそくさとその場を退室する。


 そして暖房の効いたリビングで、お母さんの作ってくれた和風スープを飲む。

「温かい?」

「うん……」


 ふと考える。天邪鬼体質なんてものはデタラメなんじゃないかと……

 そう思うのは何故か?精神状態に関係なく明らかに発動にムラがあるからだ。


 現に事故当時。静乃さんと会って不安定とは程遠かった上に、中間歩道に取り残された男の子が心配だったのは、どう考えても大層な願いではない。


 それに初発動時の事、今まで沢山発動して、人を傷付けた記憶……今でも恨まれてるんじゃないかとか考えると、思い出したくもない。


 でもさっきはどうだった?

 一瞬本気で舞桜に死んでほしくないと願ってしまった。じゃあどうして起こらない……

 そんなことは今までも多々あった。


 柚原先生や研究担当医と何度話しても、完全解決への糸口は中々見つからない。


 僕の煮詰まった気持ちは顔に出ていたのかもしれない。

 お母さんが僕の背中を擦ってくれる。僕はいつの間にか敬語も抜けていた。

「色々思い出すことあるかもしれないけど、お母さんいつでも相談に乗るから……ね?」


「あ、ありがとう……」

「抱き着いてきてもいーのよー?」

 お母さんはエプロン姿のまま、両手を広げる。満面の笑みだ。

(フランクだなぁ……伯父さんもこういうとこに惚れたのかも)


「それって……」

 伯父さんにもしたの?って聞こうとしたら……

「そう!あのラノベのヒロインの台詞よ!」


 こんなフランクでは無い。もっと恥ずかしそうだった。

「いや、絶対言い方違うよ……」

「私アレンジ!」

 ボリューミーな胸を張る。


「濡れちゃうよ?」

「いやーん」

 お母さんは演技臭い感じで胸を隠す。

(もしかして……それも台詞?)


「僕の服びしょびしょだよ?抱き着いたら風邪引くよ?」

「それは一人で充分ねー」

 腕を組んで頬笑む。流石舞桜の母親だ。


「強くないのに無茶ばっかり、大口だって……でもそれに助けられてきたんだけど」

「そうねー。でも、会う前はほんとに泣き虫だったのよ?ママ!ママー!って。それが母さんですって……」


「寂し、かった?」

「夫がいなくなってからそうなの……余計寂しいわー。あたし強くなるからー!なんて」


「でもね?ある日を境に凄く楽しそうにしてたり、辛そうに泣いてたりしてたの……」

(あぁ、きっと僕が……)


 僕と舞桜は喧嘩はする事は無かったけど、どちらかの機嫌を損ねる時はたまにあった。

 好きな相手からだったら尚更……辛いだろう。


「悪いことばかり考えないのー。その時の真似してあげるから!枕に顔埋めて、ゆうとぉ~~!あぁ~~!とかね?」

「そ、そんなこと言ってたの……?」

 なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。こっちが。そしてそんな舞桜はさぞ可愛い。


「お風呂から、優都のバカ!バカ!何で気付いてくんないんだぁ~~!とか……ね?」

 モコモコの着ぐるみパジャマを着せられた舞桜が、リビングに入り口で固まってる。


「ピンクの熊だ」

 深城にいつも言う台詞を舞桜にも伝える。

「かーわいいー!深城ちゃんのかな?」

「…………」

(お、怒ってらっしゃる……)


「行け!キューピーブラザーズ!」

 暖かそうな部屋着を着た深城が、舞桜のフードを被せる。完全にピンクの熊だ。

「ほら、優都。入ってきていいぞ?」

 舞桜は静かな笑みを浮かべる。

(こわいこわいこわい。絶対背中噛まれる)


 こういうときは急いで駆け込むしかない。まず着替えを取りに!

「大丈夫。用意しとくから……」

 部屋に逃げようとしたら、肩をガシリと捕まれる。


「あ、そう……?ならお言葉に甘えて……」

 脱衣場の方まで駆ける。

「待って!おにい……んぶっ!?」

 深城が口を塞がれているのが聞こえる。そして扉を開けた。

『ガチャ』


「なっ!?」

「ふぇっ……?」

 一糸纏わぬ静乃さんが髪をバスタオルで拭いている。ラッキースケベが待ち受けていた。


「…………」

「…………」

 空気が硬直して眩しい。

(光が仕事してる……!)


「し、ししし……」

「ごめん、ね……?」

 微笑みながら謝る。

「しめぇぇぇぇ!!」

 その叫びは死ねと閉めろが混ざっていた。

「は、はいぃ!」

『バタン!』


「もっかい入ったら見れるよ?」

 ピンクの熊が廊下の向こうで微笑んでいた。



 その日は舞桜の誕生日だった事もあって部屋に戻るのが遅くなった。

 夜、自分の部屋に戻ると……

「なんだこれ……」

 見知らぬ姉ハーレム同人誌が机上に置いてある。妹ものも母ものもある……

「お母さんの仕業か……」


 横にはノートの切れ端の置き書きが三枚ある。

『お兄ちゃん最低!』

『優都のバカ!』

『きらい。そんなことしてたのしい?』


(な、最後の一個……!?刺さる……)

 筆跡はそれぞれ違う上に、一番最後のは静乃さんので間違いなかった。勉強を教えてもらった時に見たからだ。


「とりあえずベッドの下に……」

(いやいや僕は何考えてるんだ!十六だぞ!?)

 しっかり今からお母さんに返そう。


「えっ、でもこれを渡すってことは……」

 母もののタイトルを見る。

『ママのえっちな性欲管理』

(いやいや!違かったらアウトでしょ!?)


「優都くーん?入るねー?」

(来た!?)

 三冊の本を部屋着のパーカーの中に隠す。


『ガチャ』

「プレゼント、どうだった?」

 ニヤニヤと微笑むお母さん。

「はぁ……勘弁してくださいよ」



 それから数日が経ち、冬休みに入った。

 あの次の日、三人に事情を話すとちゃんと口を聞いてくれるようにはなった。

 でも……舞桜と静乃さんとは恥ずかしい雰囲気のままだ。


 しかも家が同じだし……先に帰ろうにも三人とも勇気が出ないという状況だった。

 夏輝も途中まではいるし、いないうちにイジられることは間違いないだろう。


「ずっと聞きたかったんだけど何でこうなってんの?」

 夏輝が僕に聞く。僕に聞かれても正直よくわからない。

「そ、それはまぁ……ね?」

「まぁじゃわからん……」


「色々と恥ずかしい被害が連鎖した……って感じかな?」

「お三方青春してますね~~じゃあスケベの一つや二つ……」

 夏輝は二人にギロリと睨まれる。

「な、なんでもないですぅ……」


 もう明日がクリスマスイブということで、なんか二人はピリピリ……というか警戒されている。

「クリスマスにまたパーティやんだろ?」


「あー、うん。やると思う。この前みたいな感じで」

 それとは別に、家族ぐるみで僕の家にまた集まるらしい。


「なんか七瀬が葵さん来るの?って気にしてたぜ?」

 夏輝が舞桜にそう話しかける。

(嫌がってたのに意外……)


「あー、じゃ誘ってみるわ」

「他の皆も……来る?」

 僕も恐る恐る彼女に聞く。

「いや、それぞれの家族で……」

 彼女の言葉が詰まった。圭祐の家族は母親しかいない……

「誘ってはみるけど……無理かも」


「仲直り……出来ないの?」

 静乃さんが僕に聞いてくる。

「元に戻っても……圭祐はそう簡単に割り切れないと思う……」

「お前と似てるもんな……」

 舞桜の言う通り、考え方自体は似てるかもしれない。


「玲と俺だって似てるだろ?」

「いや、案外似てないよ」

「へ?」

「あんた程大雑把でイジってこないわ……」

 ま、まぁ確かに……玲は元気そうでも物凄く真面目で頭も良い。


「こ、これって誉められてる……?」

「そこまでポジティブにも捉えない」

 僕も納得した意見を述べる。でも静乃さんが寂しそうだからその話はそこまでにした。



 その後は夏輝とも別れて、家に帰る。

 部屋のベッドに寝転がって考え込んでいた。


「はぁ……」

 柚原先生の話によると、未だに僕以外の能力発現者はいないらしい。

「あの人に相談してみようかな……」


 スマートフォンを取り出して葵さんに電話をかけようとする……

(いやいや、人に頼りすぎるのはダメ)

 父さんが僕によく言い聞かせてくれた言葉……


 昔の事を思い出していると、眠くなってきてしまったようだ。

 暖房の効いた部屋でそのまま寝てしまった。



「優都……?」

「大丈夫……?優都?」

 僕は熱を出しているのか、父さんと母さんに心配そうに見つめられている。

「おにーちゃん?」

 妹の渚は不思議そうに僕を見つめている。

「うん……」


 夢であるなんて気付く事もなく、差し出す母さんの手を握る。

「気をしっかり持ってくれ……」

「パパ?私達が不安になったらダメ……優都?皆あなたの事が大好きで宝物だからね?」

 母さんは不安になる父さんをも、優しい微笑みで支えてくれる。


「わたしもー!おにーちゃん、たからもの!だいすき!」

「あぁ、お前の事が一番だ。本当に大切なんだ……!」

 この言葉は父さんにも実際にかけられた言葉だ。まるで落ち込む僕に訴えかけてくるかのように、支えてくれるように心に響く。


 初めて聞く言葉の方が衝撃が強くて心に響く。なんてことはない。

 二度目三度目の方がよっぽど心を締め付ける。


 そして目を開けば、今の僕が黒い空間に立たされていた。

 突然、足枷が両足に付いて重りが付けられる。


「だから……何があっても立ち向かって?私達の自慢の息子だから」

 優しくも強かった母さんの口癖。まるで今の僕を察しているかのように……


「お前には既に大切な人がいる……!だから……頑張れるだろ?」

 父さんの泣きそうになっている声が、小さな光から……前の方から聞こえる。


「お兄ちゃん?どんなに辛くても頑張るお兄ちゃんが一番好き……!」

 あの時の姿の渚が後ろから抱き締めてくれる。


「お兄ちゃんのこと何があっても嫌いになんかならないから……」

 もしかして僕は心の奥底で……

 ここまでしてくれる渚に、許されない事をしたとか考えていた……


 だから静乃さんや……舞桜と夏輝と一緒にいる事に、罪悪感を持っていたのかもしれない。

(僕は馬鹿なのか……!何で今まで気付かなかったんだ……)


「ほら!深城ちゃんが……舞桜と夏輝だって。あとお兄ちゃんを心配する大切な人が待ってるよ!」

 渚が背中を押す時には足枷など外れていた。

 僕は白い光へと走って、手を伸ばす。



「はぁっ!?」

「わっ!?だ、大丈夫……?」

 目を開けると潤んだ視界が見える。そして聞こえるのは静乃さんの声。


「怖い夢……?」

 心配そうに僕の顔を覗く。彼女は僕を膝枕してくれていた。


「ううん。僕は、恨まれてなんか……無かったんだ……」

 言葉と共に涙が溢れる。それを手の甲で拭う。


「そっか……」

 彼女は僕の頭を撫でてくれる。そしてそのまま話し続ける。

「私も同じ気持ちだった……」

「同じ……?」


「あなたにありがとうって言われるまで……ずっと私があなた達の幸せを奪ったんだって……」

「そんなことない……!確かに悲しかったけど、静乃さんが生きてくれてて本当に……!」


 静乃さんは優しく僕に微笑む。

「うん、あなたが教えてくれたもんね?」

「うん……それに、なんでこんなことが起きたのか……全部分かった」


「ほんと!?」

 彼女は凄く嬉しそうにする。まるで自分の事のように。

「ちょっと辛いから、耐えてね?」

「うん……」

 でも彼女にとっては辛い話だから、真剣な顔で話す。


「あの時、僕の本当の妹は、母さんと父さんが来ることを凄い楽しみにしてたんだ。願うとか全然関係なかった。多分事故の時も、あの子とその母親を重ねて……妹に対する罪悪感を一人で抱え込んでた」

 話してる途中で彼女は少し悲しそうな顔を見せる。


 でも僕は……原因が分かったことが本当に嬉くて、彼女の頬を撫でた。

「そっか……教えてくれてありがと……!」

 彼女は僕へ笑顔を見せる。その方がずっと綺麗だ……

「膝枕のおかげかも、ありがと……夢で教えてくれたんだ。渚が……」


「ううん……だって辛そうにしてたから……」


「あのさ……大事な話があるんだ」

「ん?良いよ。あなたの話、もっと聞かせて……?」

 その純真無垢さが愛おしい。


「その……そうじゃ、なくて……」

「ん?」


 そろそろ本当に生きててくれて嬉しかった理由を、伝えなきゃならない……!

(僕はもっと胸を張れ!)


「僕は……」

「どしたの?」

 聞き返される。だけど逃げない。

「静乃さんが……」

「ふぇ……!?」

 察したのか静乃さんの顔は赤くなる。僕も真っ赤になっているだろう。

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