#3 恐怖の克服

第10話 恐怖への一歩

 あの時は本当に怖かった……

 目の前の空間にヒビが入り、それが繋がって頑丈な階段が積み木のように崩れた。

 それの下敷きになった生徒が……


 思い出すだけで気分が悪くなって、しゃがんでしまう。

(折角今までのことは明かさないつもりでいたのに……静乃さんにまた嫌われちゃう)

「お兄ちゃん……」

 深城が僕の背中を擦ってくれる。


「やめとくか……」

 舞桜が僕を察して止めてくれる。

「じゃあ俺が一緒に待ってるから……」

 気付いた夏輝がそう言ってくれるけど……

(それじゃだめだ!分かったことが増えたなら、いい加減立ち向かわなきゃ!)


「それはもっとダメだ……!」

 しゃがみながら話す僕の言葉に、皆は硬直する。

「行くなら一緒じゃなきゃダメだ!それに、もう進むって決めたんだ……!」


「分かった。けど少し休んでから行こう?」

 夏輝が焦った僕をなだめてくれる。



 少し休んだ後、僕らは金網と鉄でしっかり固定された外階段を上る。

「うわ、たかっ……」

「こら夏輝……」

「いいんだよ、素直に楽しもう?」

 そうは言うけど手も足もガクガクだった。


 静乃さんは僕の肩を支えて、手すりまでしっかりと指を案内してくれる。

「だいじょーぶ。言ってくれたでしょ?」

 約一ヶ月前に僕が彼女に言った言葉……


(そっか……もっと心に余裕持たなきゃね)

「うん、皆がいるんだもんね……!」

 そうして一歩を踏み出そうとした時、少し下から声がした。


「ま、待ってくれ……!葉月くん!」

 後ろから現れたのは、白衣のまま息を絶え絶えにする柚原院長先生だった。

「せ、先生!?」

 先生は薬局の袋から処方箋と薬を見せてくれる。


「これ……!一時的に運動細胞の発達を抑える試験が終わったんだ。さっきどこでも販売できるように手続きを終わらせた。嫌だったら構わないが、必要だと思ったら使ってくれ……!」

 先生のその手は震えて、目の下にはくまが出来ている。


「あ、ありがとうございます……!でも先生……具合大丈夫ですか?」

「あ、あぁ問題ない……はぁ、本当に良かった」

 ふらふらとしながら帰っていく。


「俺、送りましょうか……?」

「いや、いいんだ。下に迎えが来てる……」

 夏輝が支えようとするが、彼女は遠慮している。


「でもだったら下まで……」

 舞桜もそう言うと、先生は少し恥ずかしそうにする。

「その……嫉妬されてしまうかもだから、本当に大丈夫だ……」


 彼女は手すりを頼りに屋内へと戻っていった。確かに金髪の寝癖と思われる所以外は、綺麗な女性だし納得できた。

「先生も恋してんなぁ~」

 夏輝も嬉しそうにそう呟く。


「どんな薬なの?」

 深城が心配そうに顔を覗かせる。嫌だったらいいとも言っていたし、説明を読んで決めようと考えていた。


 一時的に運動細胞の興奮を抑えるサプリメントのようだ。

「薬じゃなくてサプリメント。よく認められたね……きっとあの人凄い先生よ?」

 静乃さんも説明書を読んで感心している。


「そういうの作るって本当に大変らしいもんな……」

「ニュースにもなって、急を争うからかもね……」

 夏輝に続いて僕も感心する。


「水あるか?」

「な、ないや……買ってこなきゃ」

「お兄ちゃん、私のがあるよ」

「あー、ありがとっ……」

「ただとは言ってません」

「ふぇ?」

「それ使うのは本当にこういうときだけって……約束できる?」

「うん、分かったよ。本当に怖い時だけにする」

「よし……!」


 僕は薬を飲んで、皆と上へと上る。

「夜景綺麗だなぁ……」

「そ、そそそうだな……」

 舞桜がそろそろ限界そうだ。静乃さんが持ってきたカイロを、体の色んな場所に貼り付けてもらっている。


「カイロ沢山付けたら水分取らなきゃだめだよ……?」

 僕が注意すると、深城が先程の水を差し出す。ニヤニヤしながら。

 静乃さんも目を点にしている。

「いや……」

 舞桜は顔を赤くして拒否しようとする。


「しずちゃんは何か持ってきた?」

「ううん……」

「ふぇっ!?」

「大丈夫大丈夫、私がさっき飲み直したから」

(よ、良かった……)

 二人とも安堵の息を漏らす。


「ありがと……」

 舞桜が少し飲んで深城に返すと……

「ま、嘘だけど!」

「ふぇっ!?」

 とっくに飲み込んでしまった彼女は顔を真っ赤にする。


「み、深城……」

 さっきから量も減ってなかったし、何となくそんな感じはしていた……

「はい、これで温まったね!」

(鬼畜だ……)



「ここが一番上だな……!」

「夜景綺麗~」

 夏輝が先に着くと、深城は街の夜景に目をキラキラさせている。

「しゃひんとふか!」

 それでも舞桜は凍えている。可愛らしい。


「良い台があるわ!」

 静乃さんが指差す先は、望遠鏡を覗くための段差だった。

「ほんとだ。確かに使えるね」

「あひがと……」

 僕と舞桜がそう言うと、教えてくれた彼女は顔を赤くする。


「ぶらっじゅだくはらねー」

(フラッシュね、可愛い)

 またセルフタイマーで皆と写真を撮る。

「掛け声なんかある?」

「あるぞ……!」

「いやいいわ……私がやる」


 深城の問いに夏輝が自信ありげに答えたが、静乃さんに任せることにした……

「まじかよぉ……」

「ふふっ……」

 深城も二人の様子に笑っている。


「とふよ!」

 舞桜が急いでこちらに戻ってくる。

「ほらほら」

「くっつけくっつけ」

 深城と夏輝がニヤニヤ微笑む。

 なんと舞桜と静乃さんを僕に密着させてきた……


「ちょっ……!」

「恥ずかし……」

「へ、へんなとこさわふなぁ……!」

 密着して二人の柔らかい体が触れる。


「両手に花だな」

「ほらほらしずちゃん!」

「今は寒い?暑い?」

 その掛け声はほんわかしたものだった。


『寒い~』

「暑い~」

『パシャパシャパシャ!』

 セルフタイマーの連写が始まる。

 夏輝だけ違う。こんな極寒の強風が吹いているのに……



 その後は室内で暖まって、五人とも僕の家で夕御飯を食べるという話になっていた。

 というか夏輝の家族、舞桜のお母さんもそこには来ていて家の飾り付けをしていた。


 リビングに戻ると、七瀬ちゃんが夏輝に抱き着く。

「お兄ちゃぁぁん!私も行きたかったぁ!」

「はいはい。今度はお前も連れてってやる。でもその前に……な?」

 夏輝が静乃さんと彼女を交互に見る。


(ま、まさか……あの七瀬ちゃんが……!)

「静乃さん……この前は酷いこと言って、ごめんなさい……」

「い、いいのよ……!ありがとね」

 静乃は七瀬ちゃんの頭を撫でる。そうすると顔を緩め、抱き締め返す。


「ふなっ……!?」

 その手を離して正気に戻った。

「やめろぉぉ……撫でるなぁ……」

 彼女はまた傷付けてしまうという思いから、吹き飛ばす事も出来ないようだ。


 金髪ボブヘアの下ろした髪は、そのまま撫でられ続ける。幸せそうだ……

「おーよしよし、優都君は私が撫でてあげますよぉー」

 舞桜のお母さん……芽愛おばさんが、後ろから僕を抱き締めてきて頭を撫でてくる。


「おばさん……?どしたの?」

「ふふ、もうおばさんって呼ばれるのもお仕舞いね~」

(え?ど、どういうこと!?)


「ほら!ご飯出来てるから手洗っておいで……!」

 そんな僕らを見ていた、夏輝のお母さんが台所でニコニコしている。

「?」


 僕らも食事を並べるのを手伝っていると、伯父さんも帰ってきた。

 そして夕食を皆で食べる寸前、伯父さんと芽愛おばさんが何か話があるのかそわそわしだす。


「その、君達には黙っていたんだけど……」

「実はね……」

 伯父さんと芽愛おばさんは、余程大事なことなのか話し辛そうにしている。

「もどかしい……早くして」

「こら、七瀬……!」

 夏輝のお父さんも微笑みながら、七瀬ちゃんを注意している。


「え?何の話……?」

「なんか悩み事……?」

「パパ……?どゆこと?」

 どうやら戸惑っているのは僕と舞桜と深城だけみたいだ。

 静乃さんや夏輝の顔色を伺うが、微笑みを絶やさない。


(なになにこわいこわい)

「芽愛と……籍を入れたんだ……!」

「そうなの……!言ってくれてありがと、要さん……」


 僕達三人は硬直した。嘘なのかとかも何も考えられない程、頭が真っ白になる。

「ふぇ?」

「…………」

 驚く僕とは裏腹に、舞桜は無言のまま顔を手で隠して俯く。


「驚いたか?」

「こら!お父さんも口挟まない……!」

 夏輝の両親はいつも通り楽しそうにしている。


「その、僕達二人して恥ずかしくて隠してたんだが……サプライズにした方が良いって」

「私が提案したんだけど、逆に驚かせ過ぎちゃったね……」

 父さんが恥ずかしそうに訳を話すと、静乃さんが少し申し訳なさそうにする。


「最近休日出掛けたりとか、外でご飯食べてくると思ったら……」

 舞桜は俯いたまま、震え声で話す。

「ななちゃん、膝貸して……?」

「ん……深城なら良い」

 深城は七瀬ちゃんに膝枕させてもらってる。


「だ、大丈夫?深城ちゃん……?」

「は、はい……」

 深城は少し具合が悪そうだ……

「俺がソファまで……」

「お兄ちゃんはダメ!私がやる!」

 立ち上がろうとした夏輝を七瀬ちゃんが止める。


「お、おめでとう……い、いつから……?」

 僕は恐る恐るその話を聞こうとする。

「優都達が中学二年位の頃だ。その頃からたまに、ご飯を一緒にすることがあっただろ?」

 確かにそのままここに泊まってなんて事は稀にあった。


「そうだったんだ……とりあえず、おめでとう……」

 舞桜は再度顔を上げるが、目が少し腫れている。

 道理で入院中も芽愛おばさんも結構来てくれた訳だ……


「ほらほら、食べよう!」

「そうね……!積もる話は食べながらしましょ!」

 伯父さんが手で食事を煽り、芽愛おばさんは手を合わせてニコニコしている。


 結局成り行きなんかを聞きながら食事をしていた。そして深城もしばらくすると戻ってきていた。

 ちゃんと受け入れられたのか、その姿は本当に嬉しそうだった。


「パパ、おめでとう……!」

「あぁ!ありがとう……!深城、お前が家庭を支えてくれたおかげで前を向けたよ」

 伯父さんに連られて深城も涙を流している。


「優都君……!これからは本当の意味で両手に花だな……!」

「そ、そうですね……」

 夏輝のお父さんが近付いてきて、ニヤニヤ話しかけてきた。

(さ、流石親子……)


「そういえば伯父さん、部屋はどうするの……?」

 伯父さんの部屋を夫婦の寝室にするとしても……どう考えても、舞桜の部屋は足りない。

 リフォームする程のお金は、無いことは無いかも知れないけど……


「あぁ、昼にダブルベッドが届いて新調しといたんだ。あと……伯父さんはともかく、芽愛さんにおばさんはダメだぞ!ちゃんとお母さんって呼ぶんだ……!」

(用意良いな!)


「わ、わかったよ……で、でも舞桜の部屋は?」

「それなんだが……どっちかの家をリフォームしたいとは思ってるんだ。それを三人でよく話し合ってほしくて……」


「あたしはそれはどっちでも構わないです……」

 舞桜は顔を俯けたまま、暗い口調で答える。

「ちょ、ちょっと舞桜?私がちゃんと相談できてれば……ごめんね?舞桜?」

 それを見た芽愛おばさんは謝っている。


 確かにそれを相談されなかったことは、僕も多少は傷付いた。でも深城が嬉しそうなら良いかと思えてしまった。


「違うの……全然怒ってない。むしろ嬉しい……でも、あたし達の事を第一にとかで本当に愛し合ってるのかなって……」

 段々と舞桜の言葉は震えて、涙を溢す。


「確かに僕も優都や深城、舞桜ちゃんや静乃ちゃん、幼い頃から長い付き合いの君達が一番大切だ……!」

 周りがおぉーと声を漏らすも、伯父さんは話を続ける。


「でも同じ位、君のお母さんが大切だ。本当に心から愛してる」

「私もよ!要さん……!」

 芽愛おばさんが伯父さんの腕に抱き付くと、周りはヒューヒューと声を漏らす。


(夏輝のお父さん達、というか大人達ほとんどお酒入ってる……)

 でもお酒入ってないと、こんなこと恥ずかしくて言えないと思う。

(でもよく言ったよ伯父さん……!)

「わかった……」

 舞桜は涙を拭って、首を縦に振る。


(いやいや……話逸らされてません?)

 困っている僕に気付いたのか、伯父さんは舞桜の部屋について話す。

「だから舞桜ちゃんはそれまで静乃ちゃんの部屋でも良いかい?」


「あっ、そっか……あれもダブルだもんね……」

 僕は納得した。というか混乱しすぎてアホだった。


 説明すると、静乃さんの部屋……元伯母さんの部屋はダブルベッドで夫婦の寝室だった。

 だけどその前から伯父さんは、伯母さんを思い出してしまうからと自分の部屋で寝ていた。


 つまりリフォームまでの間、自分の部屋を緊急でダブルベッドに改良したということだ。

(そもそも、あっちの家の選択肢無いじゃん……)


「あたし達の家は……」

「勿論、手離すつもりは無いわ。近々皆で掃除してたら貸しに出そうと思うの」

「あっ、そういえばおば……お母さんって……不動産系の仕事してるんだっけ」

(あぶな、でもすんごい恥ずかしいこれ……)

 二人は僕の様子をクスクスと笑っている。


「あっちの夫婦は幸せそうだなぁ~」

 完全に酔ってる夏輝のお父さんは妻に寄りかかっている。

 夏輝と七瀬ちゃんもそんな父親を見て、恥ずかしそうにしている。


『ピンポーン』

「あぁ、僕が出るよ」

 気を遣って僕が玄関のドアを開ける。

『パァーン!』

 クラッカーが鳴った。


「おめでとー!」

「だからまだ早いって……」

「まったく入るまでは我慢しなさいって……」

 出てきたのは、亜依海と玲と葵さんだった。


「皆……あ、初めまして……」

 葵さんとは会うのは初めてだ。挨拶する。

「初めまして。あんたが舞桜の話してた優都ね……なるほど」

 彼女は顎に手を当てて僕をジロジロ見る。

 確かに水色の地毛に綺麗な顔立ち、どこがとは言わないけどボリューミーだ。


 奥にいる圭祐と目が合う。

「あ」

「あ……」

 目を逸らす。皆も悲しそうに沈黙する。

「な、何この空気……」

 葵さんは知らないはずだ。


 圭祐の母親が入院中なのも、僕の体質が原因であったと……

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