第9話 オシャレ講座

 お土産コーナーで夏輝は悩んでいた。なので何を選ぶのか聞いてみた。

「七瀬ちゃんに何か買ってくの?」

「うーん。ハンカチかストラップか……」

 可愛いイルカのピンクのハンカチか、同じようなイルカに宝石レプリカの繋がったストラップ。


「どっちも買ったら?」

「そんなことしたら一緒に寝るとか言い出す」

「どっちにせそれは変わらないんじゃない?」


 夏輝の妹、七瀬ちゃんは昔から夏輝にべったりだ。

 彼の自殺を止めたきっかけは舞桜や僕だったかもしれないけど、ずっと見守ってきたのは七瀬ちゃん。

 彼がそれに気付いてからは、もう二度とこんなことしないと僕らにも誓ってくれた。


「相変わらずなの?」

「それは見たら分かるだろ?」

 確かに学校も教室前まで付いていく位だ。


「もしかして……」

「そうだ、風呂までついてくる……」

 聞こうとしたことが伝わる。超嬉しい。

「あぁ、僕には考えらんない……」

「深城ちゃんだったら大惨事だもんな……」

 一緒に風呂なんて……意識するとかそういうレベルじゃない。


「お兄ちゃんとなつきち何してるの?七瀬ちゃんにお土産?」

「そ、そうそう……」

 僕が動揺していると、夏輝が話を振ってくれる。

「深城ちゃんだったらこれどっちがいい?」


「うーん。私ならストラップが嬉しいかな。ねーねーお兄ちゃん!」

 袖を引っ張られる。見てほしいものがあるらしい。

「俺も意見もらったし行くか」


 夏輝も僕達に付いてくる。

「じゃあお兄ちゃんの補佐役で!」

「おう!任せろ!」

 二人ともニヤニヤしている。

(な、なんなの?)


 行った先には髪飾りとシュシュで悩む、舞桜と静乃さんがいた。

 二人とも同じペアを持ってお互いに意見を貰っていた。


「お揃いにするの?」

「ふぇっ!?そ、そうそう」

「う、うん……」

 二人とも恥ずかしそうにしている。

(なんかかわいい)


「シュシュは……舞桜つけないんだっけ?」

「うん……あまり結ぶことないから」

(結んだ姿も見てみたいって言ってやれよ!)

(言っちゃえ言っちゃえ!ほらお兄ちゃん!)

 後ろから小声が聞こえる。


「結んでも似合うと思うよ……」

「どう結ぶの……?」

 後ろの二人の代わりに睨まれる。

「えっと……団子とか?」

「いくつ作ればいいんだ?」


 僕は負けじと提案する。

「サイド……」

「長くなる……」

「お下げ髪は……」

「いいし、あたしはお母さんにはなれないし……」


 胸に手を当てて拗ねちゃった……舞桜は静乃さんに頭を撫でられている。

「でも色んな舞桜が見てみたいなーとは思う」

「ほ、ほんと……?」

「うん、本当だよ」

 させたい髪型がポンポン出てきた理由を伝えた。


「ほらね?買ってあげるからさ!」

 静乃さんもその意見だったらしく、付けることを勧める。

「いや、そういうことなら流石に片方は払うよ……」

 でもあまり気は進まなそうだ。



 水族館を出て、近くのショップエリアまで移動する。

 この六十階の建物……といっても行ける施設は十階程でその上は展望台。そのショップエリアは広範囲に渡り存在する。


「わー!服屋さんいっぱい!」

 深城が元気に駆け出していく。それを舞桜が軽く注意する。

「走ると危ないぞー」


(なるほど……シュシュはこの為に!)

 新しい服に合うアクセサリーとなると合点がいく。


「すっかり保護者だな」

 夏輝がにやけながらそう呟く。

「なっ!?」

「そうだね。いつも助かってるよ」

 僕が素直に感謝の言葉を言うと……


「無神経」

 久々に静乃さんに罵られる。

「そうだな、今のは優都の空気読み間違いだ」

 夏輝にまでよくわかんないことを言われる。


「別にそんな空気作れなんて頼んでない……」

 舞桜が恥ずかしがるのでやっと気付いた。

「ま、まぁ確かに深城のお姉さんみたいだね」


「い、いきなりやめろし……」

 恥ずかしがりながら怒られた。


「隙あり!」

「ふにゃあっ!?」

 また深城の舞桜いじりが始まった。

「右ちっぱい、私達ちっぱいだからどんな服も似合うわー。左ちっぱい、いやぁそうかなぁ~舞桜ちゃんはデリケートだしまずはブラ選びからだと僕は思うよ~」

 深城のちっぱい話術が始まった。


「んやめろぉぉ!ひゃっ!?摘んじゃやぁっ……!」

 舞桜は暴れたと思ったら急に矯正を上げる。

「ギャップやば」

 思わず本音が漏れる。


「ほんとね……」

「ちっぱいかわいそっ……」

 ちっぱい芸が好きな夏輝は変な感想を言うがスルーする。



 そんな芸をしながらも屋内のショップへ入る。

「そろそろだな……」

「うん……」

 時間は十一時半。そろそろお腹も減ってきた。

 そして僕らは試着をずっと待たされていた。


「あっ、来たぞーって、おいアレ……」

「ん?って!?」

 試着室から最初に出てきたのは静乃さん。

 だけど明らかに際どい格好をしていた。

 へそ出しの白い長袖シャツに、黒いジャケット。


 そしてジーンズのスカート。小さすぎて見てはいけないものが見えそうだ。

 恥ずかしがりながら、シャツとスカートの裾を手で押さえている。

 そのファッションセンスは舞桜と似ている。


「あんまジロジロ見ないで……」

「は、はい」

「おう……」

(また深城のチョイスか……というかなんでそれを了承したのだろうか)


「ち、違うサイズ探せばよかったのに……」

(そもそも試着する前に……)

「こ、これしかなかったの!しかも私が着たかった組み合わせなの!」

「わ、わかるぞ!俺だってそういうのは疎いから、モテモテなやつに聞いたりだとか……」

「大丈夫。玲には夏輝程の力は無いから……」

「そこ一番気にしてるから!というかお前に言われると、そこはかとなくムカつく……」

「はは……」

「苦笑いしたいのはこっちだ……」

「うふ……あ、ごめんね。面白くて」

「お待たせ~」

 今度は二人同時に来た。

「あれ?深城は着替えなかったの?」

「うーん。あまり合わなくて……」

(舞桜を着せ変えるのに夢中だったんだね……)


「ど、どうかな……」

 白と水色のフリフリのワンピースに、青いカーディガン。

 赤髪はなんと……ロールツインテールになって、白い花のヘアピンを前髪に付けている。


「わっ、すげぇ……」

「すごいかわいい!」

 僕はその可憐な姿に見惚れていた。


「ありがと……ゆ、優都は……?どう?」

「凄い似合ってるよ……めちゃめちゃ可愛い……」

「あ、ありがとう……」

 凄く恥ずかしいけど……その言葉しか出てこない程見惚れていた。


「あ、あんまり見るな……」

「ご、ごめん……」

 あまりに雰囲気が外国のお嬢様みたいな感じで……皆も見惚れて黙り込んでてしまっている。


「ふぅ……巻くのに苦労した甲斐があったね」

「どこで巻いたの……?」

「試着室入る前に、奥のトイレでね!」

 深城は指をグッドの形にして微笑む。

(いやいや、なんてもの持ってきてるんだよ……)


「で!次はしずちゃんの番……ってワーオ」

 深城は静乃さんの方へ向いたと思ったら、低い声を出す。

「そ、そういう反応やめてよぉ……」

「後ろからモロ見えはアカンですな」


「せ、せめて下だけでも……」

 僕が深城に意見すると……

「任せて!もうお兄ちゃんがバチッと来るの決めてあるから!」

(なんで僕基準!?)


「ほ、ほんと!?」

(なんで静乃さんも乗り気なの!?)


 そうして二人が更衣室に消えていくと……

「うぅ……」

 僕らは舞桜の姿にチラチラと見ていた。

「チラチラ見んなぁ……」

 凄い恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。


「だって可愛いんだもん……」

 今度は顔を隠す。

「ほんとだよ……どっかの国のお嬢様みたいだな?」

「そうそう、清楚な感じ似合ってる」


 そしたら手の隙間から目を覗かせて聞いてくる。

「そお……?なら毎日巻いても良いけど……」

「優都が巻きに行ってやれよ。おばちゃんもびっくりするだろな……くくっ」

 夏輝が意地悪そうに笑う。


「や、やめろし……」

「姿変わると威勢も無くなる。凄い可愛い」

 彼女が恥ずかしそうに呟くので、それも褒めちぎる。

「お前は可愛い可愛い言うなぁ……」

 また声が縮んだ。

(可愛い)


「おまたせー!」

「おかえり……ってそれは!」

 ベージュの童貞を殺す以下略のセーターに、黒いジーンズ。ポニーテールだった髪は下ろしている。

「へへっ、お兄ちゃんはやっぱり反応すると思ったよ……」


 背中は丸腰だし、肩も見え隠れする。しかも黒いジーンズが大人のお姉さんって感じを引き出している。

「わぁ……背中ががら空きで肩も見え見え」

「ま、舞桜ちゃんもジロジロ見ないでぇ……!」

 舞桜が後ろに回り込んで間近で見ている。


「エロかっこいいな……」

 夏輝は素直すぎる感想を漏らすので、僕はまともに答える。

「そうだね……大人っぽい」


 静乃さんの表情が少し嬉しそうになる。

「ほ、ほんと……?」

「うん、いつもより大人っぽい……」

「あ、ありがと……」

 静乃さんも顔を赤らめて手で隠す。



 結局二人はその服を買おうとする。勿論屋内でも寒いので着替え直させました。

「あ、静乃さん。僕が払っちゃうよ」

「あ、そうね。ありがと」

 伯父さんから今日の為にと預かっていた財布を、ショルダーバッグから取り出す。


「ま、まじか……!」

「伯父さん太っ腹だなぁ……」

 夏輝に続いて、舞桜も驚いている。


「舞桜……」

 僕は一人で買おうとする舞桜に話しかける。

「い、いいから……私はライブの取り分があるし……」


「ほらほらそこは気持ちだろー?」

「ほんとは奢られたいんでしょー?」

 夏輝と深城が舞桜の気持ちを揺さぶる。


「じゃ、行けなかったライブ代……それで良いでしょ?」

 舞桜は優しく微笑む。

「本当にそれだけで良いの?」

「言ったろ?大事なのは気持ちだって!もう怪我すんじゃないわよ?」

「うん!」



 その後は折角だし二人はそれに着替えた。結局カーディガンや防寒具を上から羽織るので、気持ち的な意味しかないけど。


 そして僕らは七階のレストランエリアへ向かう。

 昼食は皆のことも考え、そこにあるファミリーレストランで済ませた。

 結局店員さんや客も、二人の姿をチラチラと見ていたけど……


「ふー、食った食った」

 夏輝はポンポンとお腹を叩くが、全く膨らんでるようには見えない。


 だけど二、三人前は軽く食べていた。

「あんたはいつも食べ過ぎ」

 舞桜も呆れているが二番目に食べていたのは彼女だ。

「舞桜だって……」

「あんたはいつも食べなさすぎ……」


「さて……これからどうしよっか?どこか行きたいとこある?」

 静乃さんが僕にどこか行きたいとこを聞いてくれる。昔とは大違いだ。

「えーっとね!まずは洋服とーアクセサリーとーあとはー」


「あとは?」

 深城がノリノリに答えてくれるので聞いてみる。

「展望台!」

 皆は呆れた表情をしているけど、僕的には楽しく提案してくれる方が行きたくなる。


「展望台かぁー、久しぶりだな」

「それで終わり?」

「うん。だって、また来れるよね……?」

 確かに僕は深城のことを、元気なだけとばかり思っていた。


 でもその声は一瞬掠れて、瞳には堪える涙が潤んでいる。

「!?」

 皆も驚いた表情を見せる。

(これだけ僕は深城の事を、皆の事を不安にさせてたんだ……)


 改めて自分は幸せなんだ。こんな体質だったからこそ支え会えているんだと。

「うん、また来れるよ……!大人になったらたまたまになっちゃうかもしれないけど、必ず来れるよ……!」


「あぅ……ほんど?」

 僕のその言葉を聞くと、深城は涙を抑えきれなくなった。

「うん、ほんとだよ……!絶対忘れない」


 僕はそのまま深城を抱き締める。僕の肩に顔を埋めて泣き続けている。

「ほんどに?うぅっぐ……わずれない……?」

(昔から僕のことになると泣き虫だなぁ)


「こいつが忘れても、あたしが思い出させる……!何度だって!」

「私も深城ちゃんのこと、一人になんてさせないわ……」

「何かあったら俺が守ってやるからな……!」

 皆して僕らを抱き締める。


(そんなこと言われたら……)

 空気に流されて心が溢れる。



 その後は深城が落ち着くまで、近くの室内ベンチで休んでいた。

「ごめんね、時間減らしちゃった……」

「いいんだよ。こういう時間も大切でしょ?」

 深城はこくりと頷く。


「じゃ、洋服見て綺麗な景色見に行くか……!」

「舞桜の凍える姿付きだな」

「あっ……」

 舞桜が張り切って立ち上がるが、夏輝の一言で硬直する。


「気付いてなかったんだ……」

「戻ったらまた温かい物飲んで一息入れよっか……?」

 静乃さんが心配してくれるが、彼女は強がる。

「ま、まぁ中は暖かいし……?」


「風邪引くよ?」

「それも見越してなんだろ?優都に泊まり込みで面倒見て貰おうぜ?」

(夏輝はまた余計なことを……)


「やっぱり行く……」

「えっ……信頼低くない?」

 僕はその返答に驚く。

「襲われそう……」

 舞桜は両手で腕を掴んで、体を隠す。


「ひ、ひどい……」

「わ、悪かったって……」

 舞桜が謝ってくれるが、深城が後ろでニヤニヤしている。

「ほらちっぱい揉ませてくれるって」

「なっ!?やめなさっ……ひゃぅ……!」


 赤髪ロールツインテお嬢様の、そういう表情は刺さるものがあった。

 でも僕は平常を崩さず、率直な意見を述べる。

「ロールツインテ崩れるよ?」


「うぐぅ……」

 深城は大人しく引き下がる。

「ありがと……」

「おぉ……」

「流石兄ね……」

 舞桜に続き、二人も圧巻の様子だ。



 その後はショップに行き、深城の服も似合うものを選ぶ。

「大人っぽ~い」

「うぅ……」

 胸元が見えてしまう灰色のブイネックセーターに、黒と白の花柄スカート。

 確かに色っぽくて、彼女は胸元を気にしている。


「や、やっぱり恥ずかしい……」

 確かにまるで奥さんかのような格好でもある。

「じゃあ、違うのも見てみる?」

「うん……」



「うん。いーかも……!」

 それは白いセーターワンピースにベージュのコート。絶対足元は寒い。

 そしてそのワンピース、胸のせいで上がってるのか太ももがよく見えてしまう。

 さっきより肌の露出が多い気が……


「どう?お兄ちゃん?」

「良いと思う。かわいい」

「鬼だ……」

「鬼だな……」

「鬼ね……」


「た、タイツなんか穿いたら良さ増すんじゃないか?」

「タイツはなんかエロくなるからやだ。あれ!可愛いしましまのニーソ履いてみたい!」

 彼女は黒と白のしましまニーソを指差すが、基準が分からない。


「確かに落ち着いた感じだし、黒と白は悪くないかもね……」

 一応真剣な意見を答えてあげる。

「違う!あれ!」

「え?」


 黒と薄いピンクだった。

「まとまりが……」

「いーの!」



 そして夕暮れ時、展望台のエレベーターを上った。広がるのは町に沈む夕焼け。

(屋内じゃん。心配しなくても大丈夫そう)

「きれい~」

「きれいだな……」

「絶景ね……!」


 皆が驚いた声を漏らす中、舞桜は何かを思い出したような素振りを見せる。

「あ、そうだ!写真撮ろ!」

 彼女は一眼レフのカメラを取り出す。彼女のお父さんが亡くなる前に買ってくれたらしい。


「バックには最高ね」

「でも逆光……」

 明らかに夕陽をバックにするには無理がある。

「考えがある……!任せて!」

 彼女は近くのお店の人に頼んで、椅子を貸してもらっていた。


「すごーい!」

「タイマーでもこんなよく撮れるのか……!」

 静乃さんや夏輝も驚いている。


 撮った写真は二つ、夕陽をバックにしたのは後ろ姿で楽しそうにする僕達。

 もう一つは窓側に設置したカメラから、夕陽に照らされながらも戯れる僕達。


 その後も満足がいくまで撮りまくった。

「何枚か撮れたかな……!」

「見せて見せて~」

 深城が彼女の手元を覗き込む。


「きれい~!楽しそうだし完璧だよ!」

 嬉しそうにはしゃいでいる。良かった……

「舞桜、ありがとね!」

「そ、そんな大したことはしてない……」


「じゃあ、上に行こ!」

「え、上あるの……?」

「あぁ、階段になってるんだ」

「階段……?」

 僕はふと嫌な記憶を思い出す。


 中学の頃、天邪鬼体質もとい運動細胞?のせいで、上ろうとした階段の先が崩落したことがあったからだ……

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