第6話 突然の告白

 連絡を待って一時間。時計はもう七時半を過ぎて夕食を下げてもらっていた時だった。

 気管等の炎症も治まって、昨日から食事も取れるようになってきた。


 看護師さんと入れ替えに静乃さんが病室に入ってきた。

「面会時間はあと三十分ですよー」

 若い女性の看護師さんが彼女に優しく話し掛けていた。


「あ、はい。大丈夫です」

 彼女はそう言うと焦った様子で僕に近付いてきた。

「だ、大丈夫だったの!?」

「私はね……全部、話すわ……」


 そしてライブ後の出来事を全て聞かせてもらった。

「な、夏輝がっ!?」

 僕は反応して体を起こそうとしてしまう。右の胸部に激痛が走る。

「ばっ、ばかっ!安静にしてなさい!」


「今のところは手当ても終わって大丈夫みたい……だけど」

「だけど?」

「舞桜ちゃんがずっと落ち込んでて……」

 舞桜だってそんな無敵って訳じゃない……時にへこむことだってある。


「たまにあるんだ……支えてあげてほしい」

「勿論よ」

 彼女も随分笑うようになった。その笑みのギャップにまたドキドキしてしまう。


「あ、あんまりまじまじと見んな……!」

 彼女は恥ずかしそうな表情でそっぽを向く。

「ご、ごめん」

「…………」

「…………」


 沈黙が数秒流れるが僕が話を切り出した。

「僕からも連絡しておくよ。もう病院からは帰っちゃった?」

「いや、夏輝君の親御さんが一緒に連れて帰ってくれたの……」


 彼女は一瞬暗い顔をする。

 おそらく夏輝の妹に何か言われたのかもしれない……


 僕は下を向いて落ち込む彼女に釘を刺した。

 自分にも言い聞かせるように……

「一人のせいなんて思っちゃだめだよ?手を出してきたあいつらが一番悪いんだから」

「うん、ありがと……」


 確かに罪悪感は無くし切る事が出来なくても、普通に生きられなくなった方が人として負けだ。

(生きていくのに勝ち負けとか恥ってのもおかしい話だけど……)


「どうかしたの?」

「いや、何でもない。あっ……」

 明日の事を言いかけた時。

 舞桜にとっては大切な話なのかもという考えが頭をよぎった。

(これは静乃さんに言って良い事なのかな……?夏輝が伝えてくれた事だけど……)


「?」

 静乃さんは怪訝そうにこちらを見る。

「夏輝も怪我しちゃったし、これからが心配だね……」

「うん……」


(あぁもう……!何で静乃さんを不安がらせてるんだ僕は!)

 内心頭を抱えていると、彼女が真剣な表情で話しかけてきた。


「大切な話があるの……」

「えっ……?」

(大切な話ってまさか……?)

「あいつら、私達の家元というか厄介な親戚みたいな感じなの……」


「そっ……か」

(あーホッとした。そんな事ある訳無いよね……)

 僕はいつからか……知らずに誰かを求めてしまう事を恐れていた。

 事を凄く怖がっていた……


「伯父さんは迎えに来てくれそう?」

「うん、さっき連絡あった。八時前には会社車で来てくれるって……」

「なら良かった……」

 事が事だ……本当に彼女の事が心配だった。


 そしてその後は伯父さんから電話が来た。僕も少し話した後、彼女を送った。

 数十分後、深城からも無事に家に着いたとの連絡もあった。


 大きく安堵の溜め息をつく。

「明日から心配だな……本当に」



 次の日、僕は今日も病院のベッドで横になっていた。

 昼食も終えて数時間、窓に降り注ぐ雨粒を見つめていた。

(あぁ退屈……そろそろ治ってくれないかなぁ)


『コンコン』

 病室をドアをノックする音が聞こえる。

「はーい」

『ガラガラ』

 僕は返事をするとドアは開く。見慣れた長い赤い髪が見える。


「舞桜……」

 覚悟はしていたけど、その姿を見ると驚いてしまう。

 服は制服のまま。昔みたいにびしょ濡れ……なんて事は無かった。


「あのさ、大事な話があるの……」

 彼女の赤く染まる頬から、今がその時だったのだとすぐ気付いた。


「わかった。聞くから座って」

 彼女の真剣な眼差しを見ると身が引き締まった。

(僕が今出来る事は聞いてあげる事だ……!)


 そりゃ長い付き合いだし、僕も鈍感じゃない。中学後半の頃にはなんとなく気付いてた……

 でも言い出せなかった。僕の下手な言葉で彼女の気持ちや決意を壊したくなかった。


 僕はそれがいつ来たとしても、どう答えるかなんてあらかた決まっていた。


 彼女は丸椅子に座ると僕の方を向く。

「その……さ。あたし……」

「…………」


「優都、あんたが好きなの……」

「そっ、か……」

 いざその言葉を耳にすると、緊張してしまってうまく喋れない。


(傷付けられないって……言わなきゃ)

「僕は……」

「いいの!答えは、いらない……!分かってるし……」

 彼女は左右の手の平を僕に向けて、答えを拒否した。


 静乃さんが異性として意識したって、舞桜と二人きりになって緊張したって……

 僕はこんなだから……きっと求めてしまうし傷付けてしまう。

「きっとその通り……だと思う。意気地無しでごめん……」


「いいのよ、分かってたし……」

 彼女は少し下を向いて落ち込んでいる。

「ちなみに……好きな人とかっていたの?」

 涙目で僕に聞いてくる。

「そりゃたまに女の子だって意識する事はあるよ。けどまだそういう人はいないかな……」


「そ、そうなんだ……」

 彼女はそう言って安堵の息を漏らした。

(よかったぁ……)


「…………」

「…………」

 再びその病室には沈黙が流れる。ここには僕と舞桜の二人きり。

(あぁー緊張して何話していいのかわかんない……)


 でも僕はいつまでも彼女を苦しめる訳にはいかない。

「僕、頑張るよ……!もっとこれの事について調べてみる。考え直してみるよ!」


「優都……!あ、でもダメ元って考えなきゃだめだからな?」

 彼女の口元から笑みが溢れた。

 不意な微笑みに、僕はまたドキドキしてしまう。

(可愛い……はっ!だめだだめだ……)


「う、うん!そうだね……」

 その日以降、舞桜といる時の気まずいという気持ちが解けたような気がした。


 話を切り替えるように、気になっていた事を聞くことにした。

「昨日は大丈夫だった?」

「…………」


 聞いたが反応が無い。

「舞桜?おーい」

「ん?あーごめん」

 考え込むなんて柄じゃない。


「悩み事?」

「いや、別にそんな重要な事なんかじゃ……」

 彼女は両手を振って強がっている。何かに怖がっているのを我慢しているようにも見えた。


「そんな事無いよ。舞桜は今まで沢山の人を助けて来た。だけど……完璧なんかじゃなくて良いんだよ?」

「優都……」

「あの曲聞いて、そしてその後の電話で、僕思ったんだ。舞桜もきっと不安でいっぱいなんだって」


 どれだけ言っても届かないかもしれない。そもそも間違ってるかもしれない。

 そんな不安を押しきって、彼女へ素直な気持ちを伝える。


「きっとそれは……その責任は僕にもある。だから無理しないで、時には泣いたって……ま、舞桜?」

「うぅっ……ひぐっ」

 彼女は下を向いて涙を流していた。


「あぁっ……!ご、ごめんね?」

 泣いても良いとか言いながら、つい泣かせてしまうと謝ってしまう。

 意外な姿に驚いてしまうように……


 彼女は僕の布団に顔を埋めてしまう。

 恐る恐る彼女の髪を撫でる。失礼だけどなんか可愛くて、撫でたくなってしまった。

「ひゃぅ……!」

 彼女から変な声が漏れた。


「い、嫌だった?」

「ぐすん……嫌じゃない、すき」

 普段はしっかりしてる舞桜の意外な言葉に心拍数は跳ね上がる。

(な、何?その言葉?好きって分かってると凄いキュンとくる……)


 かなり動揺しつつも彼女の赤い髪を撫で続けた。

「あ、あの時……みたいだね?」

「覚え……てるの?」

 彼女は布団に埋まりながらも、顔をこちらに見せて聞いてきた。照れてるのか頬を赤く染めていた。


「勿論」

「そういうのずるい……」

 頬を染めながらも膨らませて、少し怒ったような顔を見せる。めちゃくちゃ可愛かった。

(いやいや、そういうのずるいってば……!)


「か、かわいい……」

 そんな顔で見つめ続けられて、本心が漏れてたのか思わず呟いてしまった。


 勿論、彼女の顔はもっと真っ赤になる。

「ば、ばかっ……!そんなこというなぁ……」

 驚いた彼女はもう一度顔を布団に埋めてしまう。


 そんな姿で布団を握り締める手を見てしまう。

 ひょろっとした手は綺麗で、爪に塗られた薄いマニキュアにドキッとしてしまう。

(これ以上女の子らしいとこ見せられると……あれ?もしかしてもう手遅れなんじゃ……?)


 その時、彼女に対する何かの気持ちが変わりかけた。

(だめだ!しっかりしろ!頑張るって決めたじゃないか!)

 自分の頬をつねって正気に戻した。


『コンコン』

 ノックが鳴る。

「お兄ちゃん入るねー」

 深城が来た。

(まずっ!)


『ガラガラ』

「着替え持ってきたよ……ってわぁっ!?」

 深城は舞桜のこの状態に驚いていた。

「えっ?」

 舞桜は俯いた格好のまま、顔だけを上げた。勿論、半泣き状態のままで。


「ぬふふっ。舞桜ちゃん、遂に打ち明けちゃったんだねぇ……?」

「ふぁわっ……!」

 深城はニヤニヤしながらゆっくりと近付いてくる。舞桜は更に顔を真っ赤にする。


「まーおちゃんっ!」

 深城は着替えの紙袋など放り捨て、舞桜に抱き着いた。

「ふぎゃっ!?」


(はぁ、人の着替えを何だと思って……)

 いつも笑顔で届けてくれるありがたみを感じながら、僕も微笑んでいた。


「はぁ、幸せ~~」

 深城は舞桜の胸に顔を埋めて幸せそうにしている。

(まさか静乃さんにもこんな事してないよね……)


「みーしーろー……!」

 舞桜は少し怒ったような顔で彼女の名前を呼ぶ。

「ひゃっ!?」

 だけどその表情もすぐに消えた。

 深城は舞桜の胸を揉むなり……なんか中心をつついたりしてる。


「お姉ちゃんのちっぱいは私だけの特権ー……!お兄ちゃん羨ましいでしょ?」

「ばっ、ばかっ……!深城!あんたねぇ……ひゃうっ!」


 僕はベッドのスイッチリモコンを取る。

 ベッドをもう少し起こす振りをして、膝を立てた。


 舞桜は堪えるように目を閉じている為、気付いていない。

 深城は……ニヤニヤしながらこちらを見ている。


(バレ……た?まさかね……)

「ど、どうした?というか……そこら辺にしときなよ……舞桜が干上がっちゃうぞ」


「お兄ちゃん……えっちな事考えてたでしょ?」

 ジト目でにやけながら深城はそう言った。

(ど、どうしよう。そんな事ある訳無いなんて言ったら舞桜は間違い無く傷付く……のか?)


 とりあえず黙って目を背ける事にした。

「…………」

「ふふーんそうかそうか……」

 それが深城を焚き付ける事になる事も分かっていた。

(ぼ、僕はどうすれば……!)


「んやっ……!はぁ、んあっ……!やっ、だめだってぇ……」

 舞桜は艶を帯びた嬌声を上げている。つまり深城は指だけでかなり凄い事をしてるだろう。


「はぁ……舞桜が嫌がってる。やりすぎだよ……」

 呆れながら従妹の暴走をなだめようとする。


「だってぇ、こんなに可愛いのに……」

 深城は悔しそうな表情をしている。

 手を止めたのか舞桜も上がった息を整えている。


「可愛いのは分かったからもうやめましょう……深城も良い子なんだからお兄ちゃんの言うことをきいてください」

「はぁい……ごめんね?舞桜ちゃん……」

 落ち着かせるようにそう言うと深城も反省の色を示す。


 深城は昔から親しい仲へのスキンシップが激しい。

 だからいつも舞桜や夏輝が困る前に止めさせている。


「はぁはぁ……まあ深城だしいいんだけどさぁ……もう少し勘弁してちょうだい」

 深城は可愛い妹と思われてるから大体は許してくれる。でも!それで調子には乗らないようにといつも言っていた。


 二人は落ち着いて座ったが、やっぱり気まずくなってしまう。

 そして舞桜は、僕の立て膝を見るなりにそわそわしだした。


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる……」

「うん……」

 彼女は凄く恥ずかしそうにしていた。そんな姿を見ると僕まで恥ずかしくなる。


『ガラガラ』

「いってらっしゃい」

 深城は病室を出る舞桜にそう言うと、こちらの膝部分を一瞥いちべつする。そしてニヤニヤしている。


「な、なんだよぉ……!」

「いやー別にぃ~」

(ウ、ウザい……!その気付いてますけど気にしてませんよ的な反応、凄くウザい……!)


「舞桜ちゃんがトイレ行ったのってもしかしたら……アレかもしれないね?」

 深城は普段誰にも優しいけど、僕の前では容赦無い。


「アレってなに……?」

「そりゃあアレだよ。お兄ちゃん……」

 普通に聞き返すが、このにやけかたからして完全に僕の事をからかっている。


 くだらないスキンシップでからかってるつもりなんだろう。くだらない話をするのは楽しいから良いけど多少困ったりもする……


 きっと僕が何かを考えすぎないように、落ち込みすぎないように……楽しみつつ気遣ってくれてるんだと思う。


「お兄ちゃん……エッチな事考えたでしょ」

「考えてません」

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